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出発信仰!  作者: もちもち物質
第二章:アイドルとは神である
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大きな神霊樹の下で*9

 澪達は、ゴロツキ達にいくらかの硬貨を口止め料として渡して、『次にこうしたことをしていたらその時はもう容赦しません』『私達、数日内にまたここ通るからよろしく。その時に噂の1つでも聞いたら探し出してボコボコにするから』と脅してから彼らを野に帰した。

 ……そうしてまた、セグレードに向けて馬車を走らせる、のだが。

「セグレードへ向かう、もしくはセグレードから来る馬車を襲え、ってことだよねえ、多分……」

「そう、だと思いますが……うーん、一体、何のために……?」

 御者台の澪と、幌からひょこと顔を出したナビスとで、どうにも拭えない疑問のようなものについて話す。

 ……ゴロツキ達の言葉を信じるならば、彼らに指示した何者かの意図は『金目のものを奪え』というような金銭目的ではないように感じられた。

 あくまでも馬車を襲うことが目的だった、というような。それも『しっかりした造りの馬車』に絞って狙った以上、何かがあるのだろうが……。

「まあ、魔物の襲撃とかじゃない何かがある、ってことだよねえ」

「魔物ではなく人間による何か、でしょうねえ……」

 2人は顔を見合わせて、それからため息を吐いた。

 つくづく、嫌な予感がするのである。




 さて。嫌な予感はしていても、セグレードには神霊樹を心待ちにする人々が居る。澪とナビスは予定通りに馬車を走らせて、そうしておやつ時、セグレードに到着した。

「おー……小さな町、ってかんじだ」

「街並みがなんとなく可愛らしいですね」

 セグレードは、素朴な町であった。煉瓦敷きの道はなんとなく暖かな色合いであったし、道行く人々の様子も、華美なところは無くとも清潔で、そしてささやかながら幸せそうにしている。漆喰で塗られた家屋も、道の脇に植えられた冬の花も、やはりどこか素朴で可愛らしい印象だ。

 ……少しだけ、ポルタナに似た雰囲気、かもしれない。そんな雰囲気の町であるので、澪もナビスも、なんとなくこのセグレードの町を気に入った。

「えーと、じゃあギルド行ってみよっか」

「はい!その後にはあのパン屋さんに寄ってみませんか?なんだかとてもいい匂いで……」

「あっほんとだ!……なんでパン屋さんの匂いって、こういう幸せな匂いなんだろうねえ」

「なんででしょうねえ……」

 2人はパン屋さん談義などしつつ、セグレードの街並みを行く。前もってメルカッタのギルドで教えてもらっていた通り、道を真っ直ぐ行けばすぐ、セグレードのギルドに到着した。


 かろろん、とドアベルを鳴らしてギルドに入り、カウンターで用件を話す。『神霊樹の件で来た聖女である』という旨を伝え、メルカッタの所長からの紹介状を見せれば、受付嬢は大慌てで所長室まで澪とナビスを案内してくれた。

 そして、来客中であるがこちらの方が緊急である、と判断した受付嬢によって、澪とナビスはそのまま部屋に通される。……すると、そこには深刻そうな顔で話し合う数名の人々が居た。

 彼らは入ってきた澪とナビスに気が付くと、ふと、不思議そうにこちらを見てくる。

「あ、あの、私達はメルカッタのギルドの所長さんの紹介で参りました。ポルタナの聖女ナビスと、勇者のミオ様です」

 ナビスが早速、彼らに近づいて紹介状を渡し、自己紹介する。ついでに紹介に与った澪も一礼しておいた。第一印象は大事だ。できるだけ、明るく、そして信用のおける勇者らしく見えるように、澪は背筋を伸ばして彼らに笑いかける。

「メルカッタの……というと、まさか、神霊樹を!?」

「はい。神霊樹の実を持って参りました」

 席を立って驚く彼らに更に笑いかけて、ナビスは懐から取り出した金のどんぐりを見せる。すると、彼らは『おお……!』と感嘆の声を上げて目を輝かせた。

「ってことで、よければもう、植えちゃおうと思うんですけれど……その前に」

 さて。そこで澪は、ギルドの面々の前に立って、先にこちらの疑問を解消させてもらうことにした。

「最近、このあたりって治安悪かったり、します?もしかしてそういう話、してました?」




「成程、野盗が居たのですか……」

 ということで、まずは澪達から、道で出会ったゴロツキ達の話をすることにした。セグレードのギルドの面々に全く心当たりがなかったとしても、知らせておくに越したことは無いだろう。

「もしかして、皆さんはそれらにお困りなのではないかと思ったのですが……その、入ってきた時、何か悩んでおられるご様子でしたので」

「いや、まあ……そう、ですね……」

 だが、ナビスが尋ねてみるも、ギルドの面々の答えはなんとも歯切れが悪い。

「……他にも何か、悩みがあるのですか?」

「あるなら、私達が助けになれるかも。ねえ、もしよかったら、話してみてくれませんか?」

 澪も揃って、ギルドの面々に話してみる。すると、ギルドの面々は顔を見合わせて……それから、頷いて話し始めた。

「実は……この町に、治療を必要としている方がいらっしゃいまして」


 治療を必要とする人が居る、ということなら話は早い。澪もナビスも慌て始める。

「それならすぐに治療を!幸い、私は癒しの術が得意です。きっと助けになれます!その方は、どちらに?」

「あ、ああ、お待ちください、聖女様。その……」

 だが、ギルドの面々の、やはり煮え切らない様子に澪とナビスも落ち着く。……どうも、まだ何かあるらしい。

「その方は……聖女様の治療を、拒んでおいでなのです」

「へ?」

 それは一体どういうことだろう、と澪とナビスが顔を見合わせていると、ギルドの面々は深々とため息を吐いた。

「こんな世界に神など居ない、だから神の力などに頼りたくない、と……」

「まあ……」

 それはまた、厄介な患者が居たものである。宗教上の理由で治療を拒んでいいことってないと思うけどなあ、と澪は思う。生きてこその信仰だろうと澪は思うので。だが、まあ、そのあたりは人それぞれ、なのかもしれない。

「それで、皆様、ご思案を?」

「ええ……ですが、そう治療を拒んでおられたのも、昏睡状態になる前のこと。その方はもう長らく昏睡状態で、目を覚ましても夢うつつの状態なので……」

「あー……寝てる間にこっそり治療しちゃえ、みたいな?」

「はい。そういうことです」

 ギルドの面々のため息に合わせて、澪とナビスも天井を仰ぐ。

 ……厄介な場面に、立ち会ってしまったようである。




 さて。その厄介な患者の治療はさておき、ひとまず神霊樹を植えてしまうことにした。患者をどうするかにかかわらず、神霊樹は植えておいた方がいいだろうと思われる。

 ギルドの裏手の土を耕して、そこに神霊樹の実を埋めて、綺麗な水を注ぐ。それからナビスが祈りの歌を歌い、澪が祈りのラッパを吹き鳴らす。……すると、ぴょこ、と元気に神霊樹の芽が出てきた。もう3回程見ている光景であるが、この飛び出してくる芽が何ともかわいい。

「ああ、後は良い水と祈りさえ届ければ、神霊樹は育ってくれるのでしたね?」

「はい。信仰の強さによっては、とてつもない速さで育ちますので……あら、もう育っていますね」

 なんと、セグレードの人々の信仰心は強いらしい。神霊樹は、ぴょこ、と生えた芽が更に、にょき、と伸びて、ぽん、と葉が更に2枚ほどついた状態になった。とんでもない速さである。澪としては、『ちょっとかわいいけど、若干キモいかもしれない……』という感想にならざるを得ない。

「おお、頼もしいですなあ。後は、葉を採れるくらいに育ってもらえればよいのですが……」

 だが、セグレードのギルドの面々は、そう言って縋るように神霊樹の芽を見つめている。

「葉を?……というと、あの、もしや神霊樹を望まれるのも、先程のお話の方の為、ですか?」

「はい。神霊樹の葉は良い薬になりますので……それに、このセグレードは聖女無き町ですので。魔物が活性化するようなことも最近起きているようですし……そのためにも、神霊樹が育ってくれると、大変にありがたいのです」

 神霊樹の葉がよい薬になる、というのはコニナ村の村長さんからも聞いているが、どうやら、そういう用途も期待しての神霊樹の植樹であるらしい。

 つまり、彼らがそれだけ、『治療を拒否する町民』に困っているということなのだろうが……。


 さて。

 神霊樹を植えてしまえば、残る問題はいよいよ、1つだけとなる。

「……ナビス。どうする?」

 如何にも厄介そうな患者を、治療するか否か。澪はその意見をナビスに聞いてみると……。

「私は治療を引き受けたいと思います」

 きっぱりとそう返ってきたので『おっ、いいぞいいぞ!』と嬉しくなる。

「恨まれることがあったとしても……その、選択肢は、あった方がよいと、思うのです」

 ナビスには、ナビスの信念がある。相手に嫌がられても相手を救おうとする類の、ある種、傲慢でお節介な信念だ。

 ……澪は、ナビスのそんなところが好きだ。何故なら、澪もまた、傲慢でお節介焼きな面を多分に持っている人間なので。

「だよねえ。まあ、どーしてもダメだったら聖女モルテに助けてもらお」

「あっ、そうですね!そうしましょう!」

 まあ、いざとなったら、人類には『死』がある。どうしようもなかったらそのときは『死』に救済してもらえる!という前向きに後ろ向きな考えの元、澪とナビスは厄介な町民の治療を、改めてギルドの面々に申し出ることにしたのだった。

 ……こんな思い切り方に使っていると、聖女モルテには怒られそうな気もするが。だがまあ、彼女は全人類の最後の希望なので……。




 ……そして、夕方。

「こちらです。今は眠っているとのことですので、お静かに……」

 澪とナビスは、こっそりと、ギルドの地下室へ案内された。どうやら、ここに隔離してある患者らしい。理由を聞いたら、『もし目覚めてすぐ、聖女の治療なんて要らない!と暴れられたら困るので……』と、目を逸らしながら教えてくれた。そんなヤバい患者なのぉ?と澪は慄いた。

 かつかつ、と石の階段を下りていって、その先の小さな一室に通されると……。

「……ザ・病人、ってかんじ」

「ですねえ……」

 そこには、1人の人が寝かされていた。ベッドは上質なもののようだが、その上に眠るその人は、正に『ザ・病人』である。

 すっかり痩せさらばえて骨の目立つ顔に、ぱさついた髪。潤いを失った皮膚。そんな具合なので齢もよく分からないが、とりあえず、澪やナビスより年下ということは間違いなく無いであろう男性である。

「では……治療を」

 そんな病人を前にして、ナビスは杖を構え、目を閉じて、祈る。

 ……かつて、片腕を失ったシベッドにそうしていたように祈ると、すぐに室内は金色の光に満たされた。

「おお……」

「なんと清らかな……」

 金色の光は神々しくありながらも温かい。そしてどこまでも清らかで、心地よい。

 そんな光が病人へ注がれていくと……ふっ、と、病人から黒い影が立ち上って消えたように見えた。

「どうやら、ある程度は治療できたようです」

 やがて、ナビスは術を終えて、そう、笑顔で告げた。もしかすると、澪に見えた先程の黒い影は、死の片鱗、だったのかもしれない。……だとすると、聖女モルテにやっぱり怒られるかなあ、と澪は思いつつ、まあ、とりあえず、考えるのをやめておくことにした。

 何せ……。

「う……?」

 目の前で、厄介な病人が、うっすらと目を開いていたので。


「ささ、退室を」

「はい。分かりました」

「うん!ありがと!」

 ……ということで、澪とナビスはギルドの所長さん達の背後にサッと隠されながら、ササッと退室することにしたのだった。

 厄介ごとには、気づかれないに限る!

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[良い点] 聖女モルテ「えぇ……」
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