大きな神霊樹の下で*8
結局、澪とナビスは協議の結果、『セグレードに行く』ということに決めた。
……まあ、澪もこうなるような気はしていたのだ。ナビスのことだから、『もし本当に運命の歯車が動き、それによって私に何かが起こるとしても、それでも、私がセグレードへ行けばセグレードを少し安全にすることができます。行かないわけには参りません』と言ってくるのは当然のことだった。
そしてそもそも……。
「そもそも、近づく、というのは、距離が、ということでしょうか……?」
「……まあ、広義では?」
まあ、幾らメルカッタよりは王都に近い町とはいえ、王がほいほいと気軽に散歩に出かけられる距離でもない。セグレードは小さな町で、王がそうそう訪れるとも思えない。そもそも王は高齢で、そうは気軽に動けない体調だと聞く。
ならばそうは問題もないだろう、ということで、2人は思い切って、それでいて慎重に、セグレードへと出かけることにした。
メルカッタからセグレードへ向かう道は、2つある。
1つは、メルカッタから宿場を経由しつつ王都に向かい、王都を経由してセグレードへ向かう道。もう1つは、ジャルディンなどの町を経由しながら、王都から離れた方から進んでいく道だ。
……これについて、澪とナビスは相談の結果、後者の道を選択した。
王都にはなんとなく近寄りたくないし、何より、ジャルディンに興味があった。
ジャルディンは聖女パディエーラの故郷だ。果物の栽培が有名な町と聞く。今は冬なので季節外れかもしれないが、果物の加工品などは置いてあるかもしれない。澪とナビスは『果物……果物……』とにこにこしながら、ジャルディンを楽しみにしているのである!
さて。そうして翌日から、澪とナビスの旅路が始まった。
「えーと、メルカッタを朝に出れば、宿場を飛ばしてジャルディンまで1日で……いけそうなんだよね」
「ええ。夕方の到着になってしまいそうではありますが。メルカッタからジャルディンまでは道も整備されていますし、ドラゴンタイヤの馬車なら速度を出せますので」
本来なら、メルカッタからジャルディンまでは、2日に分けて行く道程だ。そのための宿場も、間にある。
だが、速度を出せるならその限りではない。幸い、こちらにはドラゴンタイヤの馬車があり、速度を出してもそこまで乗り心地が悪くならないのだ。どんどんスピードを出して進んでいけば、メルカッタからジャルディンまでを1日で進むことも可能なのである。
「……パディにドラゴンタイヤの馬車、プレゼントしたいなあ」
「そうですねえ……うーん、神霊樹の植樹の次は、聖女の移動を助ける事業、というのはどうでしょうか。聖女が動きやすくなれば、各地に聖女を派遣しやすくなりますし」
「あー!それいい!すごくいい!丁度新しいドラゴンの腸、手に入ったし!」
「龍の腸でもタイヤができるかはブラウニーと相談、ですねえ」
さて。澪とナビスはそんな話をしながら、なかなかの速度で道を進んでいく。馬としても、きちんと整備されたドラゴンタイヤの馬車は牽きやすいらしく、2頭立てでも十分に元気である。
……ということで、夕方、予定通りにジャルディンへ到着した澪とナビスは、早速宿を探してそこに入る。
続いて、宿の隣の食堂に入って……早速、お目当ての果物を味わうことになった。
「わー、美味しい!これ美味しいねえ!お肉にも果物って合う!」
「甘酸っぱさがなんともいいですねえ」
今、澪とナビスが食べているのは、山鳥のソテーに果物のソースを掛けたもの。ジューシーな肉の旨味に甘酸っぱい果物のソースが不思議と合う。そう。ジャルディンは果物が多い土地。よって、料理にも果物が使われる例が多いのだ。
「ポルタナでも柑橘類を味付けに使う例はありますが……ベリーのソースがお肉に合うというのは初めて知りました」
「これいいよねえ。いいよねえ。鯨のお肉にも合いそうだよねえ。えへへへ……」
澪とナビスは2人で『これも美味しい!あれも美味しい!地元でも再現してみたい!』とあれこれ話しながら、デザートのフルーツタルトまでしっかり食べていく。
2人があまりに美味しそうに食べるから、ということで地元の人が『これも食べてごらん』と分けてくれた柑橘のケーキもまた美味しくて、2人はすっかり満腹で満足で、宿へと戻ることになったのである。
そうして翌朝。
澪とナビスは1つのベッドの中でほぼ同時に目を覚まし、お互いになんとなくベッドから出難く、もそもそやって……それからようやく、意を決してベッドを出た。
「ジャルディンは暖かいと聞いていましたが、流石に冬は寒いですね」
「ね!さっむ!うっわ、さっむ!」
寒い寒い、と2人は慌てながら身支度を整えて、なんとか宿を出る。
朝食は昨日の食堂に入って摂る。リンゴと人参の温かいポタージュと、干しブドウや干し杏が入ったパンを食べて、『やっぱり果物だねえ』と2人でにこにこしながら美味しく食べた。
ドライフルーツ入りのパンはきっとブラウニー達が好きだろうと思われるので、帰りに買って帰ってやろうと相談しつつ、2人は早速、馬車に乗り込んでいよいよセグレードへと向かう。
寒さこそ厳しいものの、天気は良い。風もそう強くない。なので、御者台に居る澪も、そこまで酷く寒くはない。時折、手袋の手を揉んで指先を温めてやったり、馬の尻にそっと触ってみて『あったか……』とやったりする程度だ。
馬車は今日も良い速度で進んでいる。これならセグレードへもそう遠くなく着くだろうと思われる。
……と、いうところで。
ひひん、と馬が嘶いて、その歩みを止める。御者台に居た澪は、どうどう、と馬を落ち着けてやり……。
「ここを通りたかったら有り金全部置いてきな!」
……そんな台詞を吐く男達を目の前にして、とりあえず、ナイフを抜いておくことにした。
「勇者と聖女に勝とうなんて早い早い」
そうして澪は、ゴロツキ達を伸し終わった。
ゴロツキとの戦いは、ドラゴンと比べると大分楽だ。尤も、ドラゴンとやりあうよりずっと細かな動きが必要になるので、そういった難しさはあったが……だが、ナビスから神の力を分けてもらった澪からしてみれば、大した敵ではない。
「くそ……勇者、に、聖女……だと?」
ゴロツキ達が慄いている間に、ナビスが颯爽と馬車から降りてくる。そうして、既に伸されているゴロツキ達を見て『まあ』と目を瞬かせると、早速、彼らの治療を始めた。
「な、なんだ……?」
「私は聖女ナビス。あなた達の為そうとしたこと、決して正しい行いではありませんが、だからといって、怪我をした人々を捨ておくのは私の信条に反しますので」
「そういう訳だから、怪我してたらこっち来て。順番ね」
澪が抗戦した時、当然ながら、相手を斬りつけることもあった。……人相手に戦うのは、あまり気分の良くないことではあったが、躊躇していてはナビスに被害が及ぶかもしれなかった以上、遠慮はしていられなかったのだ。
そして、澪にやられたゴロツキ達は、ナビスに治療されながらぽかんとしている。
「他人を襲わねばならないほど、ジャルディンは困窮しているのですか?」
ナビスがそう尋ねると、ようやくゴロツキはまともに反応するようになる。
「いや……俺達は、ジャルディンのモンじゃねえ」
「あら。では、どこから?」
「……それは言えねえ」
だが、まともに話すようになっても、どうも要領を得ない。ジャルディンの民ではないようだが、だとすると、一体どこから来たのか。……そして、それを、何故言えないのだろう。
少し考えて、澪は、にや、と笑った。
「別に、あなた達とか、あなた達の『依頼主』をどうこうしようってわけじゃないから安心してよ。でも、ジャルディンは友達の故郷でさ。私達もお世話になってるから、こんなところに居た理由は教えてもらいたいんだけど……どうかな。別に、『依頼主』が誰かは、言わなくていいから」
ね、と澪が迫ると、ゴロツキ達は戸惑いながら顔を見合わせ、そして、誰からともなく頷き合って、澪に向き合った。
「ここを通る馬車の内、しっかりした造りの馬車は全部襲うように言われてたんだよ」
返ってきた言葉にナビスは驚愕していたが、澪としては概ね、想定の範囲内だ。
「一週間くらい前からだ。急遽入った依頼だったんで、金払いも良くて……」
「あー、そういうかんじかあ。……つまり、特定の誰かを狙え、とか、特定の誰かを殺せたらもっとお金貰える、とか、そういう話じゃないんだね?」
「まあ……」
「特には……」
顔を見合わせるゴロツキ達を見て、澪とナビスは、さてどうしたものかなあ、とこちらもまた顔を見合わせる。
どうやら、ちょっと厄介なことになっているらしい。
恐らく、ジャルディンではなく……セグレードが。




