大きな神霊樹の下で*7
「はい」
「神霊樹の実です。どうぞ」
「ええっ!?」
ということで、澪とナビスは神霊樹の実を差し出した。
「えっ、えっ、あの、これ……えっ?」
「神霊樹の実。植えて、綺麗な水と信仰心を与えておくと育つよ」
「な、何故……?まさか、未来を予知する力をお持ちで……?」
ギルドの所長さんは大変な混乱ぶりであった。まあ、このスピード解決だ。混乱も已む無しである。
ということで、ギルドの面々が落ち着いてから、澪とナビスは話し始める。
「実は、私達、メルカッタに神霊樹を植えさせてもらえないかな、ってことで相談に来たんだよね」
「そこに先程のお話でしたから、私達もびっくりしました」
澪とナビスは互いに顔を見合わせて、『びっくりしたね』『びっくりでしたね』と頷き合う。
「そ、そうだったのですか……しかし、何故、そのような」
「うーん、まあ、次にまた魔物が活性化したら嫌だよね、ってことで、できる対策はやっておこう、っていう」
「私達もできる限りはメルカッタを守りたいと思っていますが、常にメルカッタに居られる訳でもありません。ポルタナにコニナ村、それにレギナ……私の行動範囲も広がってしまいましたから、有事の際、私がどこに居るかも分からないのです」
前回の魔物の活性化の時には、澪もナビスもすぐメルカッタに駆けつけることができた。だが、常にそうとは限らない。
そう伝えれば、メルカッタのギルドの面々は、皆、『そうだよなあ』と頷いてくれた。
「それに、神霊樹があれば、魔除けになります。大規模な魔除けがあれば、魔物が町に近づきにくくなりますから……」
「それで、神霊樹があるところにちょっと相談して、実を分けてもらったの。だから、メルカッタに1つ、植えたいね、って」
そういう話です、と澪とナビスが締め括ると、ギルドの所長は、なるほどー、と唸り、それから大きく頷いた。
「そういうことならば、是非、メルカッタに神霊樹を植えてください。あなた方に植えて頂けたとなれば、町の者達も喜ぶでしょう」
所長がそう言うと、周りのギルドの戦士達もにこにこと頷いてくれる。一応、歓迎されているようだ。……だが、澪とナビスとしては、やはり若干、不安である
「あー、で、それなんだけど……ほんとに植えちゃって、大丈夫?」
「魔除けや聖女に対して、反発を覚える方もいらっしゃるのではないでしょうか」
前回の魔物討伐の際の、戦士崩れ達の反応を見ている限り、信仰心というものを神霊樹に与えることができるのか、少々不安である。そうでなくとも、神霊樹が苗木の内に誰かが折ってしまったり、火を付けたりすることは可能なのだ。
何かを作り育てることよりも、それを踏み躙って壊すことの方が遥かに簡単なのである。それを思うと、どうにも、不安が拭えない。
……だが。
「そりゃ、居ないとは言えねえよ。でもよ、だとしても、町を守らなくていい理由にはならないだろ?」
戦士が1人、そう言って苦笑する。
「それに、ある程度はそういう連中も減ってきたところだ。俺達だって、奴らをどうにかしなきゃ、ってのはずっと思ってたからな」
「ポルタナ街道ができたことで、他の町からも『街道を作りたい』という打診を受けておりますので、その整備に人手が要ります。ですので、そこに職の斡旋を行ったり……それから、攻略済みのダンジョンを改修して施設として利用できないか、やっているところでして……」
……どうやら、メルカッタはメルカッタで、澪やナビスの助けなど無くとも上手くやれているらしい。
それはそうだったなあ、と澪は思う。
澪やナビスが感じた居心地の悪さを、メルカッタに住まう当事者が何も感じないわけはないのだ。
そして、居心地の悪さがあったなら、それを取り払うべく、彼らは動ける。彼らは、常に誰かに助けてもらわなければならない存在では、ないのだ。
「神霊樹を良く思わない者が居たとして、彼らをどうにかするのは我々の仕事ですから。ナビス様やミオさんのお手を煩わせることではありませんよ」
「そ、そっかー……うん、そうだよね」
澪は、ナビスを見る。するとナビスも澪を見て、嬉しそうに頷いてくれた。澪もそれに頷き返して、それから所長に向き直る。
「ありがと。そういうことならお願いするね。……でも、私達にもできることがあるなら、それは手伝わせて。ね?」
そうして、神霊樹の植樹が始まった。
「ここが丁度、空いていますから」
「成程……確かに、場所としては丁度いいように思いますね」
案内されたのは、ギルドの庭だ。ほっこりと耕された土が良い色をしている。
「ギルドはメルカッタの真ん中らへんにあるもんね。ここなら、神霊樹の恩恵を町全体が受けられるかな」
ギルドの位置は、メルカッタの比較的中心近くにある。よって、ここに植えた神霊樹の恩恵は、メルカッタの町全体が受けられる、ということになるだろう。実に理想的な立地だ。
「それに、ギルドの敷地内に生えてる神霊樹なら、もし害をなそうとする不届き者が居たとしても俺達が警備できるしな!」
「そういうわけだ。安心して神霊樹を植えてくれよ!」
神霊樹を良く思わない人が居たとしても、ギルドの面々が守ってくれる。神霊樹を人から守れるのは、人なのだ。
「分かりました。では……」
そうして、ナビスが庭にそっと膝をついて、柔らかな土に金のどんぐりを埋める。
「どうか、この町を、世界を、お守りください。そして、ここに暮らす人々が皆、幸せでありますように……」
ナビスが祈る傍らで、澪がそっと、水を注ぐ。『おっきく育てよー』とのんびり心の中で唱えつつ。
そして、ギルドの面々は、神霊樹の植樹という珍しいイベントを眺めつつ、『これで平和になるといいなあ』『それにしても祈るナビス様の美しさといったら!』などとにこやかに囁き合い、にこにこと金のどんぐりの行方を眺める。
……すると。
「うわ」
「あら、早いですね」
ぴょこん、と、土から双葉が飛び出した。
……どうやら、信仰心は十分であったらしい!
ということで、無事、メルカッタには神霊樹が生えることになった。
ぴょこんと飛び出たかわいい芽を、ギルドの面々はありがたがりつつ可愛がっている。ここの人達と神霊樹は、守り守られる関係になっていくのだろう。
ひとまずこれで、メルカッタの防衛については一定の水準以上となる。魔物が活性化しても、一つ、安心の材料ができたのだから、澪とナビスはこれを大いに喜んだ。
「ありがとうございます、ナビス様、ミオさん」
「いいえ、私達がしたことは、ほんの始まりの部分だけですから」
「そうそう。これから神霊樹をすくすく育てるためにも、しっかり祈ってあげてね。お水も忘れずに!」
勿論、神霊樹が芽吹いたからといって、それで終わりではない。これから先、メルカッタの人々は、この神霊樹を育てていかなければならないのだ。
神霊樹に信仰を与え、綺麗な水を与えて……そうして、神霊樹が大きく大きくなった時、メルカッタは聖女無くしてもなんとかなる程度の魔除けの力を手に入れられるのだ。
まあ、何にせよ、これで1つ安心の材料が増えたことに変わりはない。澪とナビスがにこにこしていると……。
「あの……ナビス様、ミオさん。厚かましいようなのですが、実は、もう1つお願いがあるのです」
ギルドの所長さんが、そう言っておずおずとやってきた。
「え?お願い?」
まだあるのかぁ、と澪が首を傾げていると、所長は気まずげに、そっと封書を一通、取り出した。
「こちらをご覧ください。セグレードのギルドから届いた問い合わせの手紙です」
セグレードのギルド、というと……一体何のことだろうか。澪は『なんだろ』とナビスを見てみるが、ナビスはそっと封書を受け取って、既にその中を見ていた。澪も横から覗き込んでみると、澪にもある程度、その内容が読み取れた。
……簡単に読み解いていくと、『最近、魔物の活性化以外にもきな臭い動きがみられる。だがこの町は色々あって聖女を置くことができないので、代わりに神霊樹を植えたい。もし伝手があったら紹介してほしい』というような内容であるらしいと分かる。
「えーと……」
「ああ、ミオ様はセグレードをご存じありませんでしたね。ええと……メルカッタから王都カステルミアへ向かう方面にある小さな町です」
ナビスの説明を聞いて、澪はようやく理解が進む。
「王都近くの町なのに、聖女居ないの?……あ、王都近くだから聖女が居ないのかな」
「そうですね。詳しい事情は知りませんが、セグレードはメルカッタ同様、聖女の居ない町です。有事の際には王都から派兵してもらって、魔物の襲撃などを対処していると聞いています」
「ほえー……そういう町、案外多いのかあ」
澪からしてみると、『聖女って各町に1人ずつは居た方がいいんじゃないの?』と思うのだが、実際、聖女が居ない町もそれなりにあるようだ。このメルカッタ然り、手紙を出してきたセグレード然り。
「……というか、今までよく神霊樹も聖女もナシにやってきたよねえ」
「ああー、まあ、その、我々のメルカッタもそうですが、大都市が隣にある町は防衛機能もある程度、おこぼれを貰えますので……」
澪が首を傾げていると、ギルドの所長さんがそう言って何とも言えない顔をした。……メルカッタはレギナの防衛力を当て込んでいる都市だが、レギナの聖女達がレギナで手いっぱいになったら滅びかねない町でもある。最近魔物の活性化を体験したこともあり、思うところは色々とあるのだろう。
「まあ……神霊樹を望まれる方がいらっしゃるのなら、私は聖女として、セグレードへ神霊樹を植えに行こうと思います。幸い、まだ神霊樹の実はありますので」
「おお!ナビス様、ありがとうございます!セグレードのギルド長もきっと喜びます!ありがとうございます!」
思うところが無いわけではないが、それはそれとして、澪もナビスも、次の神霊樹を植える先が見つかって願ったり叶ったりではある。セグレードという町も、神霊樹を植えることで少しでも安全になったらいい。
……だが。
ギルドを出て、少し歩いて……そこで、澪はナビスに、聞いてみた。
「あのさ、ナビス。本当にセグレード、行くの?」
「へ?え、あの、いけませんか?」
ナビスが困惑気味に首を傾げるのを見て『この反応かあ』と若干心配になりつつ、澪は気づいていないらしいナビスに教えておくことにする。
「セグレードって、王都の方にあるんでしょ?」
「ええ、まあ……」
「……聖女モルテが言ってたよね。『王に近づくと運命の歯車が動く』みたいなこと」
澪がそこまで言うと、ナビスは『ああ、そういえば!』とようやく思い出したらしい。
「……王都の方に行くと、距離的には王に近づいちゃうけど、大丈夫?」




