【SS】風鈴のきらきら
夏のはじまり、海の匂いがふわっと届く小さな町に——
ふうかという女の子が住んでいました。
縁側に、夏になるとひとつだけ下がる風鈴――
それは、おばあちゃんがくれた風鈴です。
光にかざすと、ガラスの中で星のかけらみたいな“きらきら”が揺れるのです。
ふうかは縁側で、その風鈴を眺めるのが大好きでした。
「みほちゃんにひどいこと言っちゃった……。
本当は、あんなつもりじゃなかったのに」
ふうかはその日、かなしい気持ちで風鈴を眺めていました。
「嫌われちゃったかな。謝りたいけど、こわい」
涙が一粒、落ちました。
すると、ふしぎな音が聞こえました。
――ちりん。
いつもより、少しだけ高い風鈴の音。
「……風、吹いてないのに?」
そっと手を伸ばすと、風鈴の中の“きらきら”が、
まるで小さな光の妖精みたいに舞い上がり、空へとふわり飛んでいきました。
「ま、待って!」
”きらきら”を追いかけると、
光は海沿いの大きな柳の木の前で止まりました。
すると――
「合い言葉は?」
声がしました。
柳の葉にちょこんと座っていたのは、小さな風の妖精。
髪がそよそよとゆれ、目が星みたいに輝いています。
「……合い言葉?」
妖精はくすりと笑いました。
「きらきらを見つけた子だけが知っている、ひみつの合い言葉だよ」
ふうかはしばらく考えて、ふっと笑いました。
「だいじょうぶ」
妖精の目がぱあっと明るくなりました。
「正解!」
風がふわっと吹き、木々が星の雨みたいに光りました。
妖精が教えてくれます。
「いま『だいじょうぶ』って言ったとき、
おばあちゃんを思い出して、胸があったかくなったでしょ?
それが、だれかを思うやさしい気持ちだよ」
ふうかは頷きました。
「きらきらが、やさしい気持ち?」
妖精がふうかの指をそっと握り、小さな光を渡しました。
「そう。これが心の”きらきら”。
だれかに届けたくなったら、風が”きらきら”を運んでくれるよ」
風鈴の音が――ちりん、と優しく響きました。
目を開くと、そこは縁側。
妖精も光も消えて、空には夕焼けが漂っています。
風鈴の中に、小さな星がひとつ増えていました。
ふうかはそっとつぶやきます。
「だいじょうぶ」
それは、かなしいとき、
おばあちゃんが頭をなでて言ってくれた、魔法の言葉。
胸のつっかえはもう消えていました。
「おばあちゃん。みほちゃんにちゃんと謝るね」
――ちりん。
風鈴が鳴ると、小さな“きらきら”がひとつ、風に乗って夕空に溶けていきました。
――おしまい。




