第四話 気がかりな事件
結婚式の日取りを決めてから一カ月ほどが過ぎ、モノトリス王国ではいつしか汗ばむ日が増えてきていた。
「ユウヤじゃないか! 何カ月ぶりだよ」
声をかけてきたのはローガン、かつてトマム鉱山で発生した崩落事故で鉱夫を救助に向かう際、馬車に同乗させてくれた男である。世紀末っぽいやんちゃな風貌は相変わらずで、両腕にいくつものマンガ肉が彫られている男だ。
場所はポーラが働く職業紹介所にほど近いカナル停留所。グルール鉱山からの送迎馬車を降りたところでばったり、というタイミングだった。
優弥はめっきり鉱山に行かなくなってしまったので、ひとまず仕事を辞めようと挨拶に行ってきたのである。だが結局来るのは月に一度でも半年に一度でも構わないから、名前だけでも残しておいてほしいと請われ退職には至らなかった。
「ユウヤだって!?」
「ユウヤ!」
「ユウヤ、元気だったか?」
ローガンに声をかけられたお陰で、その辺の露店を見ていた懐かしい面々が集まってくる。
両肩に薔薇の刺青を入れているイーサン。
背中に飛び立つ鳩の大群の刺青のダニエル。
ワイアット自身は天使と宣っているが、幼女にしか見えない彫り物を背負っている。
「四人とも久しぶり。仕事終わったところか?」
「いや、戦争の心配が遠のいたから傭兵はいらないってんで俺らは今無職なんだ」
レイブンクロー大帝国が魔法国アルタミラに敗北したことにより、モノトリス王国にも善悪様々な影響が出ていた。
ひとまず戦争の心配がなくなったのは喜ぶべきことだろう。しかしその裏で彼らのような傭兵が仕事を失って収入源が断たれたのは、別の新たな問題を抱えることになる。盗賊などに成り下がることだ。
「傭兵やってたのか」
「言ってなかったか?」
「聞いた覚えはないな」
「そうか。それよりソフィアちゃんだっけ、どうしてる?」
「ああ、婚約したよ」
「は?」
「婚約した」
「待て待て待て、あの娘いくつだっけ?」
「来月、八月の十二日で十六歳になる」
「ユウヤは?」
「二十八歳だ」
「羨まし……じゃなくて、年離れ過ぎだろ」
「俺もそう思うんだけどさ。一応ソフィアは成人してるんだし、三十年後は五十八と四十六だから問題ないだろ?」
「そりゃそうだが……ソフィアちゃん、めちゃくちゃ可愛かったよな」
「今でもめちゃくちゃ可愛いぞ」
「あはは、ごっそさん」
お互い時間はあるし積もる話もあるということで、このままロレール亭の酒場で飲むことにした。ちょうどビアンカが働いているはずである。
ただ、仕事中の彼女に伝言を頼むわけにはいかず、彼は自分で家まで往復してソフィアに飲んで帰ることを伝えてきた。
「あ、ユウヤ様、今日はどうなさったんですか?」
「ビアンカ、その衣装、似合うね」
「えっ!? あ、ありがとうございます」
ディアンドル、ワイン用のぶどう踏みでよく見るドイツのある地方の民族衣装っぽい格好で、髪を白いナプキンでまとめている。日本で初めて見た時に可愛いと思ったが、元が可愛いビアンカが着ると余計にそれが際立っていた。
(ソフィアやポーラにも着せてみたいな)
「久しぶりに仲間と会ったから、ここで飲もうって話になってさ。席空いてる?」
「はい、ご案内しますね」
席に着いてからも、ビアンカを追う四人の視線に気づいて苦笑い。
「お前ら、鼻の下伸ばしてんじゃねえよ」
「ユウヤ、あの娘知り合いなのか?」
「ビアンカか? うちの敷地にあるロレール亭の寮に住んでるぞ。ソフィアたちとも仲がいい」
「ま、まさか彼女とも婚約を!?」
「いや、ビアンカとはそういう仲じゃないから」
「そ、そうか、よかった」
「何がだよ」
「お待たせしました!」
この世界にもビールがある。ビアンカはそのジョッキ五つを器用に運んでテーブルに置いた。その後ろから女将のシモンが大皿に乗った料理を持ってくる。
「兄さん、久しぶりじゃないか」
「おう。相変わらず儲かってるみたいだな」
「まあね。ゆっくりしてっておくれ」
酒場が開いたばかりなので店内にはまだ空席があったが、それも徐々に埋まりつつあった。
「今日は俺の奢りだ。好きなだけ飲み食いしてくれ」
「いいのか、ユウヤ!?」
「「「いいのか!?」」」
「遠慮はいらないぞ」
「悪いな。無職だとさすがにキツくてよ、情けないが甘えさせてもらう」
「ローガンの言う通りだ。それにしても俺は嬉しいぜ!」
「うん? 何がだ? イーサン」
「ユウヤが俺たちを仲間だって言ってくれたことさ」
「なんだ、そんなことか。当然だろ、一緒にトマム鉱山まで行ったんだから」
「「「「ユウヤ!」」」」
「それはそうと、仕事が見つからないんじゃ大変だろうな」
「傭兵は荒くれ者が多いんで、世間からはあんまりよく思われてねえからよ」
「王都の貴族様の邸で雇ってもらえねえかと訪ねても、門前払いが関の山なんだ」
「そうか……」
「職業紹介所も同じでさ、傭兵不可って仕事ばかりなんだよな」
「あるのはせいぜい訳の分からない事件の情報収集だったり人探しだったりとか……」
「しかも成功報酬のみ。つまりは後払いってヤツだ」
「訳の分からない事件ってなんだ?」
彼らの現状を聞いていると自分まで気が滅入りそうだったので、話の方向性を変えようと大して気にもならなかったワードについて投げかけてみた。
「ああ、人骨が大量に棄てられていたって事件だよ」
「人骨?」
「それも子供のな。骨の大きさからいってだいたいは十歳未満らしいぜ」
「なんだ、それ?」
「獣か魔物の歯形も付いていたってんだけど、自然に襲われたならきれいにまとまってるわけねえだろ?」
「まとまってたのか?」
「ああ。だから警備隊が捜査してるんだが、なかなか手がかりが見つけられないらしい」
ふとエビィリンの姿が頭を過ったが、里親に引き取られたのだから問題ないはずだ。そう思っても、彼はどこか引っかかるものを感じずにはいられなかった。
そんな時、追加注文のために空になったジョッキを振りながら、ワイアットがあくまで聞いた話だと前置きして言う。
「ターナーって男爵家が怪しいらしいぞ」
「ターナー?」
「証拠はないみたいだけど、このところ頻繁に子供が邸に連れてこられているそうだ」
「それだけじゃ怪しいとは言えないだろ」
「孤児を引き取って育ててるとかなら、なかなか出来た貴族様じゃねえか」
「まあな。俺も詳しくは聞いてない。それだけだ」
エビィリンが引き取られたのはバリトン夫妻だから、やはり関係はなさそうだ。だがどうしても気になった彼は、ローガンに仕事の話を持ちかけた。
「なあローガン、それ調べてみるつもりはないか?」
「どういうことだ?」
「ターナーって男爵のことをだよ。危険を冒す必要はないが、可能な限りでいいから調べてほしい。もちろん金は出す」
言うと彼らの前に金貨十枚を置いた。
「ユウヤ?」
「足りなければ言ってくれ。もし男爵の白黒が判明したら、成功報酬としてさらに一人金貨十枚を出そう」
「お、お前、なんでこんな金持ってるんだよ?」
「それが俺の今の現状だ」
四人は大喜びで彼の依頼を引き受けた。優弥自身で調べてもよかったのだが、彼は彼でやることが出来たのだ。それはエビィリンが無事でいることの確認、つまりバリトン夫妻についての調査である。
取り越し苦労に終われるならそれで構わない。ただ、たとえエビィリンは無事だったとしても、もし発見された子供の骨が殺人によるものだったとしたら、彼は放っておくつもりはなかった。
(子供が受けた苦しみ、子を失った親の気持ちはその身に痛みとして刻んでやる)




