第三話 ジューンブライド
「ユウヤさん! どうして昨夜は来なかったんですか?」
翌朝、転送ゲートを潜ってアルタミール領主邸にやってきた優弥に気づいて、ソフィアが頬を膨らませた。どうやら彼が来なかったせいで、寂しい想いをしていたようだ。
彼は一言謝ってから、エビィリンのことを話した。
「そうだったんですか……」
「ユウヤ、可愛がってたもんね」
「お別れ会に参加出来なかったのが悔やまれてさ」
「ユウヤさん、元気出して下さい。私たちも一緒にエビィリンちゃんの幸せをお祈りしますから」
「そうよユウヤ。それにそんな顔してるって知ったらエビィリンも悲しむわよ」
「そうだな。ありがとう、二人とも」
朝食を済ませた優弥は、ウォーレンから話があると言われて執務室に向かった。ソフィアとポーラも同席してほしいとのことのことだったので、ソファには三人がウォーレンに向き合う形で座っている。
茶を淹れてくれたメイドを下がらせてから、領主代行が切り出したのはこんな話だった。
「そろそろ結婚式の日取りを決めさせて頂きたいのですが」
「「「結婚式?」」」
「閣下とお二方はご婚約されているのですよね?」
「そうだが」
「それともどこか別の場所でご予定がおありで?」
「いや、まだ先だと思ってて後回しにしてた」
「ちょっとユウヤ、それは酷くない?」
「そうですよユウヤさん、私はいつかなってずっと切り出されるのを楽しみに待ってたんですから!」
「妻と娘があんなことになってから一年経って喪が明けたわけだし、決して考えてなかったわけじゃないんだよ。ただ、明けたとは言っても形式のことだからね。気持ちの整理がまだというか……」
「確かにそれは分からなくはないわ。ユウヤにとって大切な家族だったんだから。でもソフィアはまだ若いからいいけど、私はもう二十歳を過ぎてるの。赤ちゃんだって早く欲しいのよ」
「私もユウヤさんの気持ちを考えると申し訳ないんですけど、やっぱり早くお嫁さんになりたいなって思ってしまうんです」
「二人とも、そういうことはウォーレンの前では……」
「コホン。私は構いませんよ、閣下。事情はお聞きしておりますが、女性を長く待たせるのはよろしくないとだけ申し上げておきましょう」
「「ウォーレンさん!」」
「ウォーレン、彼女たちを味方につけて何を企んでるんだ?」
「企んでるなどと人聞きの悪い。私はただお嬢様方のことを思って申し上げているのです」
「俺のことは?」
「オッサンには好かれたくないと伺いましたので、これっぽっちも」
飄々と答えるウォーレンに、ソフィアもポーラも堪えきれず笑い出していた。
「で? いきなり日取りを決めろと言った理由を聞こうか」
「大帝国皇帝陛下より問い合わせがあったからです」
「アスから?」
「はい。式には是非出席させてほしいと」
「おいおい、伯爵とは言っても俺は他国の貴族だぞ。王族の結婚式ならまだしも、わざわざ皇帝が出席するなんて意味が分からん」
「ティベリア魔王陛下もご出席なされるおつもりにございます」
「はあ?」
「凄いですユウヤさん! 貴族様は怖いですけど、あのお二人が来て下さるなら嬉しいです!」
「そうなるとモノトリスの国王陛下も呼ぶの?」
「アイツは呼ばん!」
秒での即答だった。
「皇帝陛下と魔王陛下がご出席なされるのですから、準備にも相当の時間をかけなければなりません」
「うっ……まあ、そうだろうな」
「近隣の領主に知らせる必要がございますし、領民にも布令を出して、最低でも式の当日と合わせて三日は祝日となさるのがよろしいでしょう」
「待て、いくら領主の結婚式だからって、勝手に祝日にするとかアリなのか?」
「魔法国アルタミラでは一般的な習わしとなっておりますので、かなりアリ寄りのアリかと」
(翻訳スキル、バグってねえか?)
なお、無礼講でバカ騒ぎ出来る休日とするのは、領民のストレス解消にも繋がるため魔王も推奨していた。これをやる領地とやらない領地では、領民の忠誠度に雲泥の差があるらしい。
「ウォーレンさん、その準備ってどれくらいの期間が必要なんですか?」
「最低でも半年。可能なら一年は欲しいところです」
「そんなにですか?」
ソフィアが不思議そうな表情を浮かべる。
「皇帝陛下がお見えになられるので、周辺領だけではなく帝国全土から問い合わせがくると思われます」
「はあ……」
「それらを吟味し、招待客を絞り込んで招待状を送り終えるまでに二、三カ月」
「でしたら一年も必要ないのではありませんか?」
「ソフィア様、準備が必要なのは我々だけではないのですよ」
「あ、そうですね! 招待される側も準備が必要ですもんね!」
まず祝い品の選定、これは皇帝は元より他領に示しをつける意味合いも兼ねているので慎重にならざるを得ない。次に招待客本人の日程の調整やら護衛を含む従者の確保、アルタミールに来るまでの間に通る領地への根回しなど、やるべきことは枚挙に暇がないのだ。
「一年欲しいなら、来年の六月の最初の木曜日はどうだろう」
「木曜日となさる根拠をお聞かせ下さい」
「前後合わせて三日間を祝日にするんだろう? 木曜日の前後だと水曜日と金曜日だが、その後は週末の土日だから全部で五連休になるからだよ」
「なるほど。我が国では日曜日に式を執り行い、翌日の月曜日が祝日になるというのが一般的なのですが、閣下の案も面白いですね」
「それだと結局祝日として増えるのは月曜日だけじゃないか」
「ええ。ですから最低でも、と申し上げたのです。多くの場合はさらに前日の金曜日も祝日とするようです」
「それを早く言えよ」
優弥としても式を挙げるのが木曜日というのは中途半端に感じていたのだが、これなら日曜日にしてもよさそうだ。
「じゃ、六月の最初の日曜日にしよう。祝日は式の前々日の金曜日と翌日の月曜日。ソフィアとポーラはそれでいいかな?」
「はい」
「いいわよ」
「楽しみです!」
「私も! やっとユウヤのお嫁さんになれるのね!」
「二人とも待たせて済まない。そういうことでウォーレン、準備を進めてくれ」
「かしこまりました」
この後どうして最短の半年後、十二月ではなく一年後の六月に決めたことについてソフィアが尋ねてきた。
「まず十二月は真冬で、こっちの寒さはモノトリスの比じゃないらしいからだよ。三月とか四月になっても、季節は春とは言えまだかなり寒いっていうしね」
「なるほど。それなら納得しました」
「だけど実はもう一つ理由があるんだ」
「何ですか?」
「俺の元いた世界のとある地域では、六月に結婚することをジューンブライドって言ってね」
「じゅーんぶらいど?」
「その月に結婚式を行うと、一生幸せな結婚生活を送れるとの言い伝えがあるんだよ」
「素敵です!」
「それは素敵な言い伝えね!」
「興味深い伝承ですな。由来は何ですか?」
「うーん、正確には覚えてないけどいくつか説があるらしい。俺が聞いたのは女性や子供、家庭を最高位の女神が守ってくれるってことだけど、詳しくは分からん」
「女神様が由来なんて神秘的ですね」
「うん。だからジューンブライドには六月の花嫁って意味もあるんだ」
「じゃ、私たちはその六月の花嫁として、女神様に守られるってことなのね」
「その女神様のお名前は?」
「ちょっと待ってくれ。確か……ユノ……だったかな」
「ユノ様!」
その後執務室は、ジューンブライドと女神ユノの話で盛り上がるのだった。
古代ローマの最高位女神ユノはアルファベットでJunoと表記し、英語の六月(June)の元になっているそうです。
諸説あるのかどうかは分かりません。ごめんなさい。




