第十話 皇帝トバイアス・レイブンクロー
「不届き者は捕らえた?」
馬車が停車すると、中からこれまたとんでもなく豪華な衣装を身に纏った少年が姿を現した。むろんその周囲は数人の騎士に囲まれている。どう見ても少年が《《やんごとなき》》身分であることが分かった。
「陛下!」
(陛下?)
少年を囲んでいる騎士以外の騎士たちが一斉に跪く。それに片手を軽く挙げて応えてから、少年は先頭の騎士に歩み寄った。
「説明して」
「はっ! 矢を放ったのはその者たちかと。女は彼らに殺されそうになっていると申しております!」
「そう。女の人は助けた方がいい?」
「真相が不明故、ひとまず男たちと引き離すのみでよろしいかと」
「じゃそうして」
「はっ!」
騎士数人がタニアとルークたちの間に入って彼女を抱え距離を取らせる。
「で、一人は死んでるみたいだけど、その人はどうして腕がなくなってるの?」
「我々が来た時にはすでにあの状態でしたので」
「まだ死んではいないんだよね?」
「おそらくは」
優弥に腕をやられた男は、その時すでに痛みで失神していた。そこにルークが訝しげな表情で問う。
「あの……そちらの少年はどなたですか?」
「無礼者! 陛下に向かって……」
「ああ、いいよ。僕の名はトバイアス、この国の皇帝をやってるよ」
「こ、こここ、皇帝陛下ぁ!?」
「ひっ!」
「「へへーっ!」」
ルークを始め、失神した者以外の三人の護衛が慌てて平伏した。
「陛下、ルークと申すその者はヒューズなる子爵家が控えているなどと、我らを見下した愚か者にございます」
「ひ、ひえっ! 知らなかったんです! どうかお許しを!」
「うん。知らなかったなら仕方ないよね」
「は、はい! ありがとうございます!」
「それで本当のところはどうなの? 彼女を殺そうとしてたの?」
「それは……」
「即答出来ないってことはそういうことだよね。どうして殺そうとしたの?」
「いえ、ですからそのようなことは……」
「子爵令嬢との結婚が決まって、お腹に自分の子を宿したタニアが邪魔になったからだろう。正直に言ったらどうなんだ?」
「貴様! 誰がしゃべっていいと……」
優弥に剣を向けた騎士を、再び軽く手を挙げて皇帝と呼ばれた少年が制した。
「貴方は?」
「ユウヤ・ハセミだ」
「ユウヤ……まさか貴方はアルタミール領の領主様ですか!?」
「まあ、そんなところだ」
「貴様! こちらはレイブンクロー大帝国の皇帝陛下なるぞ! 口を慎め!」
「口を慎むのは僕たちの方だよ。あのお方はユウヤ・アルタミール・ハセミ様なんだから」
「はい?」
「ハセミ様、どうかこの者の無礼をお許し下さい。お許し頂けないのでしたら、僕がこの者の首を刎ねてお詫び致します」
「へ、陛下?」
「愚か者! あのお方こそ竜殺し! アルタミラに向かった我が大帝国海軍をたった一人で殲滅し、軍事工場を壊滅に追いやったその人なんだよ!」
「それが真なら一大事ではございますが、本人であるとの確証がございません」
「確かに僕もご本人の顔は知らなかったね。でも一部の者以外に、ハセミ様の名を知る者はこの国にはいないはずなんだ」
「竜殺しを名乗るそこの者! 本人ならば我らと手合わせを願いたい!」
「バカなの!? ご本人ならお前たちが束になっても敵う相手ではないんだよ! 殺されたくなければ謝りなさい!」
「本人だって分かればいいんだろ。ほら、これでどうだ?」
言うと彼は無限クローゼットからドラゴンの鱗を一枚取り出して放り投げた。
「これは何だ?」
「ドラゴンの鱗さ。その剣で斬っても槍で突いてもキズ一つつかないから試してみろよ」
「その必要はありません。あれは間違いなくドラゴンの鱗。お前たち、早く謝るのです!」
「あー、そういうのはいいよ。それよりアイツらが彼女を殺そうとしてたのは本当だ。俺がこの目で見たんだからな」
「ハセミ様がこのように申されている。男たちを捕らえなさい!」
「はっ! その者らを引っ立てよ!」
平伏したままだったルークと男三人は、騎士たちに無理矢理立たされて縄を打たれる。腕を失った男はどうやら出血多量で事切れてしまったようだ。
「タニア、怪我はないか?」
「は、はい、ご領主様!」
「辛いだろうが……」
「大丈夫です。私なんかがトレス商会の若旦那様と結婚なんて、叶わない夢を見ていただけですから……」
「タニア……」
「ハセミ様、彼らはアルタミール領の者ではありませんか?」
「確かにそうだけど連れて帰るのが面倒なんだよな」
「では我々が護送致しましょう」
「助かる。そう言えば俺に会いにくるんだっけか」
「はい。ですのでハセミ様も我々にご同道頂ければ幸いです。ご一緒にいかがでしょう」
「ま、そうなるか。ちなみにタニア……彼女は妊婦なんだけど、共に連れ帰ってくれないかな」
「そ、そんな! ご領主様に加えて皇帝陛下まで一緒にだなんて……」
「生憎俺が乗ってきた馬車は、女の子にはちょっと乗り心地が悪いんだよ。あ、そうだ、ワトソン!」
「へ、へいっ!」
物陰から出てきたワトソンに騎士が剣を向けたが、彼が辻馬車の御者であると説明するとすぐに剣は収められた。
「約束が変わってしまって悪いが帰りは彼らと行くことになった。これは駄賃だ。取っておいてくれ」
「そんな旦那……じゃなかった。ご領主様だったんすね。ですがこれはもらい過ぎでさぁ」
「口止め料も含めてだよ」
「そうすか。分かりやした! ではあっしはこれで」
「ああ、気をつけてな。また何かあったら頼む」
「へいっ! ご領主様の頼みなら他の客放り出してでも駆けつけまさぁ!」
言うとワトソンは、手渡された十枚の金貨を懐にしまってその場を去っていった。
「というわけでタニア、その乗り心地の悪い馬車も帰してしまったからさ」
「あの、本当に……よろしいのですか?」
「いいかな、皇帝陛下?」
「いいわけがなかろう!」
「お黙りなさい! もちろんです、ハセミ様。騎士たちはあのように申しておりますが、僕は元々あまり身分に拘りはありません。ですからお嬢さんもご一緒にどうぞ、僕の馬車に」
「へ、陛下! それはなりません!」
「不敬だよ。君は僕の決定に異を唱えるつもり?」
「うっ……」
「ところでハセミ様」
「うん?」
「こちらはお返し致しますか? それともまた買い取らせて頂いた方がよろしいでしょうか?」
「ああ、鱗ね。やるよ」
「えっ!?」
「前にたんまり金貨もらってるからさ」
なにせ魔王から聞かされた相場の十倍、金貨千枚も払わせたのだ。一枚くらいサービスしないと罰が当たりそうである。
そうして恐縮しきりのタニアと共に皇帝の馬車に乗り込み、アルタミール領への帰路に就く優弥だった。




