第六話 ヴアラモ孤児院
優弥たちがイエデポリに行っている間に、ロレール亭で代打として働いていた四人はきっちりと役目を果たしたそうだ。そのうちの一人、ビアンカという二十歳の女性は継続して雇用されることになった。
そんな彼女たちを招いた約束のバーベキューも無事に終えた翌日の午後、ロレール亭の女将シモンが優弥を訪ねてきた。土曜日なので宿のランチ営業は休みである。
「休みのところ悪いね」
「まあ掛けなよ。で、何か用か?」
「実はビアンカのことなんだけどさ」
「ん? 新しく雇ったあの子か。彼女がどうした?」
「ここの敷地に寮を建てて住ませようと思ってるんだけど、いいかい?」
「土地は女将さんの物だから俺にとやかく言う権利はないけど……ああ、そうか」
シモンは優弥が鉱山ロードだと知っているため、そこに遠慮しているということだろう。単に自分の土地を活用したいだけなのだろうが、勝手なことをして彼を怒らせるとろくなことにならないと思っているようだ。
しかし優弥は前日のバーベキューの折、ビアンカに対して悪感情は抱いていなかった。むしろ彼に媚びるでもなく自然に振る舞っていて、年上なのに職場の先輩としてのソフィアに敬意を払っていたのにも好感が持てたほどだ。
「構わないよ。ただあんまり大きくされると……」
「心配しなくても、それこそ前に兄さんが最初に言ってた小屋に、ちょっとしたキッチンやら手洗いやらを加える程度さ」
「なら俺に言うことはないぞ。しかしもしすぐ辞められたら大赤字になるんじゃないのか?」
「あの子なら多分大丈夫さ。それにランチの他に夜の酒場の方も手伝ってもらうからね」
「なるほど。近くに住ませた方が安心だな」
「それでも女の夜の一人歩きは危険なんだけどね」
「確かに」
「そこでなんだけど、シンディーとニコラに夜の迎えを頼めないかと思ったんだよ。もちろん手当ては出すさ」
この世界では夜の訪れは基本的に早い。王都でさえ祭りでもない限り二十時を回ると人影はまばらになり、二十一時を過ぎた頃には外を歩く者はほとんどいなくなる。夜通し辺りを照らす街灯などないので暗いからだ。
そのため酒場のほとんどは遅くても二十一時で閉店するし、ロレール亭の酒場は宿泊客に配慮して二十時で閉店である。
「うーん、それは二人に聞いてからかな。彼女たちは元々ソフィアの護衛で雇ってるけど、俺が帰宅したら後は自由にしてもらってるし」
「それじゃ兄さんは構わないってことでいいかい?」
「あくまでソフィアの護衛に差し支えなければ、だけどね」
「じゃ、二人にはアタシから聞いておくよ」
しかしこれに大反対したのがソフィアだった。シンディーもニコラも若い女の子なんだから、いくら強くても夜外に出るのは危険というのがその理由である。
自分の部屋にいて二人の話し声が聞こえたらしい。
「ソフィアちゃんに反対されるとは思わなかったよ」
「ごめんなさい……」
「いいさね。アタシも配慮が足りなかった。しかしどうしたもんかねえ。ビアンカを一人で帰らせるわけにもいかないし……」
「ユウヤさん……」
上目遣いのソフィアはやたら可愛い。
「俺に迎えに行けって? 女将、俺を雇うつもりはあるか?」
「兄さんなんか雇えるモンかい! いくら取られるか分かったモンじゃない」
「ユウヤさん……」
瞳を潤ませるソフィアはさらに可愛い。
「はぁぁぁ。ソフィア、これは貸しだぞ」
「ユウヤさん! 大好き!」
満面の笑みを浮かべるソフィアを抱きしめそうになったが、そこは何とか理性で抑えた。
「女将、職業紹介所に依頼出しといてくれ。報酬は月に小金貨一枚でいい」
ところが伏兵というのは思わぬところから現れるもので、翌日優弥がのんびり職業紹介所に行ってみるとすでに依頼は受注された後だった。
シモンも特に彼を指名していなかったため、事情をよく知らない職員が処理してしまったらしい。その日ポーラは日曜日ということもあって休みだった。
「女将の失態だぞ」
「アタシゃ兄さんの名前は出さない方がいいと思ったんだよ」
「うっ、そう言われると……」
確かに彼女の言う通り彼を指名して受注されたとなれば、それが前例となって依頼が殺到する可能性は否めない。
「で、受注したのはどこのどいつなんだ? だいたい月に小金貨一枚なんて誰もやりたがらないはずだろ」
「ヴアラモ孤児院……てなってるねえ」
「孤児院?」
「あら、そこって元はヴアラモ修道院よね。ずい分前に教会から見捨てられたはずだけどまだ残ってたんだ」
ポーラによると寄付金の集まりが悪く、維持が難しかったため教会が運営から手を引いたとのこと。しかしそこで暮らしていた孤児たちの行き場がなくなってしまい、しばらくは何人かのシスターが残って私財を切り崩しながら彼らの面倒を見ていたそうだ。
そこに降って湧いたような、特に条件のない依頼である。たまたま見つけたのだろうが、運がよかったのか悪かったのか。
「今では忘れ去られたということか。寄付金がなくて困ってるなら、たとえ月に小金貨一枚でも欲しいと思うのは仕方ないかもな」
「ユウヤさん……」
「ソフィア、こればかりはそんな顔をされてもダメだ。この仕事を譲っても、その時だけの助けにしかならないからな」
「うぅ……そうですか……」
「でも、ビアンカさんの帰り道を護衛するってことよね。そんな人材がいるのかしら」
「さすがに子供たちだけでってことはないだろ。しかし大人がついてくるとしても……」
元々シモンは情にほだされやすいし、ビアンカにしても子供が飢えや寒さで震えているのを見れば放っておけないかも知れない。しかしだからと言って余った料理などを分け与えていたら、後々とんでもないことになるのは間違いないだろう。
王国中から孤児が殺到する可能性だってある。彼らのネットワークを侮ってはならないのだ。
「仕方ない。ちょっと様子を見に行ってみるか」
一緒に行くと言ったソフィアとポーラは連れていかないことにした。少しでも困っている状況を見れば、彼女たちなら絶対に何とかしてほしいと懇願してくるに違いないからである。
「ダメ! みんな絶対に同情するでしょ!」
優弥にしてみれば、孤児らを一時的に救うことなど容易い。しかしそれは彼の仕事ではなく王国がやるべきことなのだ。
この時の彼は知る由もないのだが、いずれ孤児たちはドロシーが立ち上げる遺族会に救われることになる。しかしこの時はまだ遺族会は発足してすらいないのだから、現状はない物ねだりでしかなかった。
(可哀想だがこの仕事は諦めてもらわないとな)
そう考えながら孤児院に向かった彼だったが、まず建物を見て唖然とした。
かつて修道院だったらしいそれは、教会の傘下にあった頃はそこそこ立派な建物だったということが窺える。しっかりとした石造りで規模もわりと大きい。
しかし今はどうだ。あちらこちらの壁が崩れ窓は木枠しか残っておらず、その木枠も朽ちていて、とてもではないが原型を留めているとは言い難い。
そして何より、出てきたシスターと五人の子供たちは、骨と皮だけと言っても過言ではないほどに痩せ細っていた。もはや生きていることが不思議としか思えない見窄らしさである。
「あの……当院に何かご用でしょうか」
「貴女がここの責任者か?」
「はい……申し訳ありませ……ゴホッ」
「だ、大丈夫か?」
「生まれつき肺が弱いだけですので、どうかお気になさらずに……」
さすがの優弥も、この時ばかりは彼らをほったらかしにした王国と教会に嫌悪を抱かずにはいられなかった。




