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第四話 神経衰弱

「我がウィリアムズ伯爵家は十五代続いた、自分で言うのも烏滸(おこ)がましいが名門の家柄だと自負している」

「宿屋の主人から聞きました」


「しかし近隣の領の中で当家だけなのだよ」

「何がですか?」


「王家に一角鹿の角を献上していないのが、だ」


 優弥はなんとなく合点した。平民というか、日本人の感覚としてはどうでもよさそうなことだが、異世界あるあるでは貴族はプライドの塊みたいな人種だ。


 それが他家は献上しているのに、自分のところだけ一角鹿の角を王家に献上していないとなれば焦るのも当然だろう。しかも最後に狩られたのが五十年以上昔で、よくよく聞いてみるとメスだったため角が手に入らなかったそうだ。

(やっぱりメスには角がないのか)


 メスがいたのならオスも近くにいておかしくなかったが、そのメスを狩ったためどこかに逃げてしまったのかも知れないというのが当時の通説だった。


「お役に立てたのならよかったと思いますが、それでもこれは頂き過ぎですよ」

「ではバーベキューセットのような、ユウヤ殿の知恵を買わせて頂くというのはどうだろうか」


「お待ち下さい。なぜバーベキューセットのことを?」


「当家はこれでも名門の家柄だと言ったはずだ。その程度のことは調べればすぐに分かる。これほどの功績を隠す理由は分からんが、口外するつもりはないから安心してくれたまえ」

「そうですか……まあいいでしょう」


 そのうち庶民でもちょっと頑張れば手に入れられそうな、小型あるいは一人用のバーベキューコンロの普及も考えた。しかし一酸化炭素中毒の概念がないこの世界では危険だと思い直したのである。あれば絶対に閉め切った室内で使おうとするはずだからだ。


 むろん現在出回っているバーベキューセットも、販売時に室内での使用は厳禁と、口頭での説明に加え注意書きを添えさせていた。


 話を戻そう。異世界設定でよく見かけるオセロゲームを提案するのもアリだとは思ったが、あれは基本的に一対一の対戦しか出来ないし、すぐにマンネリ化して飽きてしまうだろう。

(異世界でオセロが人気大爆発設定も見飽きたしな)


 まだ日本にいる時にそんな作品を読んだりして、他にもっと多人数で遊べたりするものはないかと考えた時、彼には思い当たった物があった。


 トランプである。アメリカの第四十五代大統領の名前ではなくカードのトランプだ。


 このトランプは、実は大変な優れ物ではないかと彼は考えていた。一人から多人数でも遊べるし、幼い子供でも楽しめるババ抜きや、頭脳ゲームもいくつもある。


 さらに子供の情操教育にも役立てることが出来るだろう。彼としてはあまり好きではないが、ギャンブルにも応用可能だ。


 そしてもう一つ重要なのが、簡単に複製出来そうでなかなか出来ない点である。


 この世界の技術力は日本ほど進んでいない。つまり一組五十二枚、もしくはジョーカーを含む五十三枚ないし五十四枚のカードを、正確に形を合わせて作るのは至難の業なのである。


 翻って工房の職人たちの意地には目を見張るものがあった。無理難題を押しつけても、実現するまで寝食を惜しんで挑戦し続けるのだ。あの精神力を持つ職人と呼ばれる人は、今の日本でもそう多くいないのではないだろうか。


 さすがにプラスチックのような材料はこの世界には存在しないが、トランプもかつては紙で出来ていた。だから薄くて丈夫な紙を作らせ、図柄を決めれば製品の完成まで大して時間はかからないはずである。


「というものはいかがですか?」

「とらんぷ……それで何が出来るのだ?」


「まずは現物がないと説明は難しいですね。製品は精密に作る必要がありますが、ひとまず皆で簡単に作ってみましょうか」


 遊び方を教えるだけだから、別に不揃いでも構わない。絵柄も凝る必要はなく、一から十三までのマークが四種類ある紙片があれば事足りるだろう。一をエースとしたり、絵札も今は作らなくていい。


 それらを伯爵と婦人を除いた十人で作ったら、あっという間に一組が完成した。しかもそこそこ大きさが揃っていたから驚きだ。


「ではまず簡単なところから。神経衰弱というゲームを行います」

「シンケイス……スイジャク?」


「神経衰弱です。ただ、さすがに全員でやると人数が多過ぎますので、まずは俺と閣下、奥様の三人でやってみましょうか」


 出来たばかりのトランプ(もどき)を重ならないように全部裏返し、彼はルールを説明した。


「まず順番を決めて、最初の人がこんな風にトランプを一枚めくります。これはハートの十ですね。次にもう一枚めくって同じ十なら当たり。それ以外はハズレです。マークは関係ありません。それではめくってみましょう」


 結果はダイヤの六だった。


「ハズレました。この場合は位置をずらさず裏返しに戻します」

「待て、それだと次の者が有利ではないのか?」


「さすがは閣下。仰る通りですが、このゲームはそれほど簡単ではないのですよ。次は閣下がどうぞ」

「うむ。ならば先ほどユウヤ殿がめくった六を……」


 そこで婦人がぷっと吹いた。どうやら彼女は理解したようだ。結果、伯爵がめくった二枚目は十三だった。


「あなた、どうしてユウヤ様がめくったトランプをまためくったのですか?」

「うん?」


「それでは当たりが六しかなくなるではありませんか」

「なに!?」


「全く違うトランプをめくって十か六が出れば、先ほどユウヤ様がめくったいずれかをめくれば当たり。それ以外なら別のカードをめくればよかったのですよ」


 そうして婦人がめくったカードは十。優弥がめくって裏返しになっていた同じ十のカードをひっくり返して、見事一組を当てたのである。


「うぅむ。その手があったのか」

「エルシィ様、さすがです。その一組は俺と閣下に見せびらかすように手元に持っていって下さい」

「まあ! それは誇らしいですわね!」


 見せびらかすという行為が、プライドの琴線に触れたようだ。


「ぐぬぬ……つ、次だ。ユウヤ殿、貴殿の番だぞ。早くめくれ」

「あ、いえ、当たりの場合はハズレるまでその人の番が続くんです」


「な、なんだと!」

「それが決まりなのですね」

「はい」


 しかしこの後思わぬ展開が待ち受けていた。だんだんとカードの数が減っていく中で、ルールを把握した伯爵が善戦したのである。


 結果は婦人が一位だったものの、伯爵との差はわずか一組しかなかった。負けず嫌いの優弥は最下位だったが、あくまで接待神経衰弱と割り切っていたから問題はない。


「む! もう一度だ! 次は負けん!」

「父上、ずるいです! 次は僕たちにやらせて下さい!」


「先にもう一組作ったら、順番待ちしなくても済むと思いますよ」


 長男の抗議に対して優弥がそう提案すると、全員の視線がバッと彼に集まった。そして次の瞬間にはカード作りが始まり、あっという間に二組のトランプ(もどき)が完成していたのである。

 つまりトランプ(もどき)は合計で三組となったわけだ。


 実は彼は伯爵家の令息と令嬢たちが後ろでうずうずしていたのを感じていた。それはソフィアたちも同様で、だからこそトランプ(もどき)の増産を提案したのだが、出来上がるとすぐに三人から四人の塊が出来ていた。


 伯爵と婦人の輪にはソフィアとポーラが入り、他はもうごちゃ混ぜである。その夜ウィリアムズ伯爵家では、全員が身分の差など忘れて神経をすり減らしていくのだった。

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