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第六話 決裂

 五月に入って数日が経過した頃、優弥は大公に呼ばれてタウンゼント公国城の謁見の間を訪れていた。当然先日の別荘での出来事は大公に報告してあったのだが、今回はそれに関することだと言う。


「ライスゼン王国から先触れが来てな」

「今度はちゃんと先にアポを取りに来たか」

「あぽ?」


「ああ、約束のことだ」

「そうだな」

「で、先触れはなんと?」


「軍務伯と護衛騎士十人が国王からの書簡を持ってこの城を訪れると言ってきている」


「軍務伯? そうか。この前外務伯と外交官を殺してしまったからだな」

「うむ」


「しかし代わりに来るのが軍務伯とは穏やかではなさそうだ」

温泉町(ワーナム)には立ち寄らず、直接城に来るとのことだから念のため騎士団を迎えに行かせようと考えている」


「謁見には俺も立ち会おうか?」

「そうしてもらえるとありがたい」


 それから数日後、首都ロイドニアの入り口で公国の騎士団がライスゼン王国からの客を出迎えた。


 軍務伯サリバン・バウアーは金髪を三つ編みにした大男で、太い眉毛に切れ長の鋭い目が印象的だった。割れた顎と高い鼻に大きな口は、一度見たら忘れないであろう貫禄を醸し出している。


「ライスゼン王国軍務伯のサリバン・バウアー様とお見受け致します」

「いかにも、私がサリバン・バウアーだ」


「大変申し訳ございませんが、バウアー様と騎士の方々の武器はこちらにてお預かりさせて頂きます」

「護衛騎士の我らに武装解除せよと申すか!?」


「ブラノン、ここは従っておけ。剣がなくともお前たちなら問題ないだろう」

「はっ!」


 間もなく一行はタウンゼント公国城に到着する。その日は夕刻から彼らの歓待の宴が催され、大公との謁見は翌日の午後とされた。


「盗聴の魔導具などは仕掛けられておりません」


 宴が終わり城内の客間を割り当てられたバウアーと騎士十人は、全員で軍務伯の部屋に集まっていた。


「突きつけられる書簡の内容も知らずに我らを歓待するとは、平和ボケもここまでくると滑稽なものよ」

「明日が楽しみです」


「ブラノン、謁見に同席する男は何という名だったかな」

「確かユウヤ・ハセミでしたね」


「その名前、どこかで聞いた覚えがあるのだが思い出せぬ。心当たりはないか?」

「いえ、私にはございません。珍しい響きとは思いますが」


「まあよいわ。大した者ではなかろう」

「どうせなら二人とも殺してしまいましょうか」


「ユウヤ・ハセミとやらが乱心して大公を殺害。我らはその仇を討つという筋書きか」

「さすがは軍務伯閣下。いかがでしょう?」


 謁見ではタウンゼント公国側は大公と優弥のみで衛兵は置かず、対してライスゼン王国側は騎士の同席も認められていた。彼らが平和ボケと嘲笑する一因でもあったのである。


 だがこれは優弥が大公に進言したものだった。今回のように正式な手続きを踏んだ上での訪問であれば戦闘になるとは考えにくい。それでも彼は経験則から護衛の騎士十人は精鋭であることは間違いないと睨んでいたのだ。


 となれば戦闘になった場合、下手な衛兵では大公を護りきれる保証はない。また優弥には結界があるし、応戦するなら余計な人目はない方が都合がいいのである。


「やめておけ。無用な混乱は占領後の統治に響く。帝国の滅亡で思い知ったであろう?」

「では閣下はやはり条約は拒否されると?」


「敗戦国ならいざ知らず、戦争もしていないのにこんな条約を受け入れるような者に国主など務まらんさ」

「確かに」


「陛下も条件を呑むとは思っておられんだろう。攻め込む際の周辺諸国に対する大義名分に過ぎんよ」

「条約を受け入れなかったことがですか?」


「不平等な内容など戦後であればいくらでも改変出来るからな」

「なるほど」


 しばらくの雑談の後、騎士の面々は各々の部屋に戻っていくのだった。



 そして翌日――


「はるばるライスゼン王国よりよくぞ参られた。私が大公ロイド・ラングトン・タウンゼントだ」


「昨夜の歓待に感謝申し上げます。改めまして、ライスゼン王国にて軍務伯を務めております、サリバン・バウアーと申します」

「王国第一騎士団団長、ブラノンです」


 以下の騎士たちは(ひざまず)いて頭を下げた。


「して、此度(こたび)はライスゼン国王陛下からの書簡を届けに参られたと聞いたが」

「こちらにございます」


 バウアー軍務伯が懐から取り出した封書を優弥が受け取って大公に手渡す。


「中を拝見しても?」

「お願い致します」


 封を開け、無言で書簡を読んだ大公は無表情のまま優弥に渡す。内容に目を通した彼は、思わず笑いそうになるのを必死に堪えた。


「バウアー殿、返事は今した方がよろしいのかな?」

「頂けるのであれば」


「ふむ。その前に一つ聞いても?」

「なんなりと」

「貴殿は書簡の内容をご存じなのかね?」

「はい」


「では本気で私がこれを受け入れるとお思いか?」

「そうし難いのは重々承知しておりますが、受け入れて頂かなければ公国が滅びます。懸命な大公閣下であればお国のために何をなすべきかはお分かりのはず」


「根も葉もない疑いをかけて要求がこれとは、ダリモア帝国に屈したのも頷けるというもの」

「なっ! 何を!?」


「そこにいるのはユウヤ・ハセミ殿だが、彼の名に聞き覚えはないかね?」

「どこかで聞いた覚えはありますが、何者かは存じませんな」


「やはりか。昨日この場に同席するのは彼一人と伝えたが真意は伝わらなかったようだな」

「真意?」


「伝わっていればその不遜な態度もなかったであろうに。彼がダリモア帝国を滅亡に導いた本人だ」

「はあ!?」


 バウアーはようやくその名を思い出した。聖女と共に帝国のエンペラー城に乗り込み、皇帝を死に追いやったとされる男だ。結果帝国は滅び、ライスゼン王国が悲願の独立を成し得るきっかけにもなった。


 だがライスゼンの王侯貴族に、彼に対して感謝している者はいない。何故なら帝国を滅亡させるだけで英雄として名乗り出なかったため民衆が暴徒化し、その後の大混乱にも知らん顔を貫いたからである。


「帰ってライスゼン国王に伝えるがよい。せっかく再びの独立を果たした王国が滅んでもよいのなら、挙兵でも何でも好きにせよとな」

「ふん! ならば閣下とはこれが今生の別れとなりましょう。帰るぞ!」


 バウアーの言葉に騎士たちは直立し、回れ右して大公と優弥に背を向けた。


 公国城を出て間もなく、首都ロイドニアから国境に向かうバウアー軍務伯一行が乗る馬車内でのこと。


「まさか眉根の一つも動かさないとは……」

「ふん! 帝国を滅ぼしたという男が味方についていると思って気が大きくなっているのであろう」


「たった一人で何が出来るというのでしょう」

「全くだ。片腹痛いわ! もっともあのユウヤ・ハセミという男も、我々が国に帰る頃にはこの世からいなくなっているであろうがな」


「密偵に命じられたのですね」

「彼らがし損じることはないだろう」


 間もなく一行の出国の報せが届けられるのだった。

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