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第五話 不平等条約

 ライスゼン王国は大混乱に陥っていた。ロビン・ジャービス外交伯とレイドルフ・カード財務伯に加え外交官のクリーヴランド・ゲルナーまでがタウンゼント公国に向かったまま行方不明となってしまったからである。


 国王ホリス・オシェイ・ライスゼンは公国に捜索隊の入国を打診したが、機密情報が漏洩する可能性が拭いきれないとの理由で断られてしまった。さらに三人の入国目的が外交に関することだったため、あらかじめアポイントを取らなかった非礼を批判される結果となったのである。


 だが、プライドの高いライスゼン国王が批判を由とするわけがなかった。そもそも公国と王国では国格が違う。今回の外交も実は圧力による不平等条約を結ぶためのものだったのだ。


 確かにダリモア帝国の侵攻を受けて属領化された経緯はあったが、ライスゼン王国は七百年以上続いたブライウィード大陸でも有数の由緒正しい国家である。それがようやくアドルフ・キルバラス・ダリモア皇帝の死により再びの独立を果たしたのだ。


 しかしこれまで帝国の政策により虐げられていた王国の国力は、全盛期に比べて著しく低下していた。それを補うため治外法権を認めさせ、関税自主権を与えず、領土割譲や片務的最恵国待遇(他国と条約を結んだ場合、その有利な条件をライスゼン王国にも適用する)という不公平条約の締結を求めるものだったのである。


 国力が低下しているとは言え旧帝国の兵力を手に入れていた王国は、軍事力だけは高かった。ただ、維持し続けるためには疲弊した旧帝国領や帝国から独立した国を攻めるより、近隣諸国に攻め込むか自国に有利な条件で条約を結ぶしかなかったのである。


「陛下、密偵に三人の足取りを追わせたところ、温泉町ワーナムで途絶えていることが分かりました」


 ライスゼン王国王都オシェイピア、その中心にある王城オシェイピアの執務室で宰相のシェルトン・カーリー侯爵は、密偵からの報告を国王に伝えた。


 五十六歳の国王ホリスは王族特有のピンクブロンドの長い髪を首筋の辺りで一つに結っている。ガッシリとした体を包むのは詰襟で黒の洋ランに似ており、胸ポケットのところに王家の紋章が刺繍されたものだ。


 むろんただの洋ランではない。鋭い槍の突きを通さず、魔法攻撃も弾き返す特殊な素材で作られた、これ一着で王都が城ごと買えると言われるほどの国宝である。袖口や裾は金で縁取られていた。


 一方のカーリー宰相は五十歳で、柔らかな雰囲気の緑のローブを身に纏っている。痩身で髪が白いのは絶えない苦労が滲み出たものだろう。顔にも実年齢よりかなり上に見えるほどの皺が刻まれていた。


()が保養地を欲した温泉町か」

「はい。土地か何かの接収で現地民とトラブルになったのやも知れません」


「外交官のゲルナー卿がついていながら!?」

「現段階では何とも申し上げられませんが、ワーナムを出た形跡が見られないとのことですので恐らくは」


「消息の照会には哀悼の意と共に行方不明と回答を寄越してきたと聞いたぞ。舐めた真似を。彼らが公国に殺された証拠は見つけられないのか?」


「今のところ決定的なものは見つかっておりません。ただ……」

「ただ、何だ?」


「陛下が好みそうな、強固な壁に囲まれた屋敷が三棟あるそうです」

「ほう?」


「しかしどうやっても敷地に入れないと申しておりました。見回りも頻繁なため調べるのに難儀したとのことにございます」

「怪しいとすればそこの持ち主か」


「町の住人によりますと、三棟の内一棟にはタウンゼント公国の大公妃が頻繁に訪れているそうです」


「とするとそれを接収しようとして無礼打ちでもされたか? ならば行方不明との回答は余を謀ったことになるな」

「まさか。あの三人ですからそこまで愚かではないでしょう」


「では他の二棟のうちどちらかの接収を試みたか」

「そう考えるのが妥当かと思われます」


「いずれにしても三人が戻らぬのは我が国にとって大きな痛手だ。彼らは入国の際に身分を明かしているはずだから、護衛を怠った責は追及せねばならん」

「では正式に誰かを送りますか?」


「軍務伯のサリバン・バウアーがよかろう。シェルトン、余の名で書簡を用意せよ」

「はっ!」


 軍務伯や外務伯、財務伯、内務伯はこの国では王宮伯と呼ばれる領地を持たない法衣貴族、日本でいうところの大臣である。領地がない代わりに身分は伯爵や辺境伯より上とされ、高い権力を与えられていた。


「バウアー卿には精鋭騎士十名を率いて向かわせろ。保養地は後回しでよい」

「御意」


 用意された書簡には次のように書かれていた。



・ロビン・ジャービス外務伯、レイドルフ・カード財務伯、クリーヴランド・ゲルナー外交官が行方不明となった責は、適切に護衛を付けなかったタウンゼント公国にある。


・捜索隊の入国受け入れ拒否は貴国に含むところがあるとの推測を禁じ得ない。


・よってロイド・ラングトン・タウンゼント大公は公式に我がライスゼン王国を訪問し、国王ホリス・オシェイ・ライスゼン並びにライスゼン国家に対し謝罪。賠償金として金貨一万枚、領土の割譲を認めなければならない。


・またライスゼン公使の首都ロイドニア駐在、片務的裁判権の承認、関税自主権の放棄を主とする通商条約を締結する。


・以上、いずれも貴国に拒否権はなく、これに反する場合は武力をもって貴国を平定する。



 片務的裁判権とはライスゼン王国民が公国内で罪を犯した場合、ライスゼン王国の法によって裁かれるというものだ。つまり治外法権のことである。


 簡単に言うと例えば王国貴族が公国民を無礼打ちしても、それが罪とならない王国では無罪。殺された方は泣き寝入りするしかないという意味だ。


 書簡の内容を確認したライスゼン国王は満足げに頷くと、サインをした上で花押を記した。


此度(こたび)は望み通り先触れを出してやろうではないか」


 国王の書簡を携え、サリバン・バウアー軍務伯と精鋭騎士十名の一行がタウンゼント公国へと旅立ったのは、先触れが向かってから三日後のことだった。

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