奴隷購入(チェリル視点)【後編】
ご主人様はビジネスを始められるそうです。タウンゼント公国にあるワーナムという温泉町と首都ロイドニアを転送ゲートで結んで、宿に宿泊するお客様から利用料を頂くのだとか。
ご主人様が転送ゲートを設置出来るのは秘密だったはずですが、そこは大魔導士様のお仕事にすると仰っておられました。さすがはご主人様、なされることに隙がありません。
でも本当の目的はワーナムに別荘を建てて、そこに転送ゲートで往き来するのをカムフラージュするためなのだそうです。その前準備を兼ねた温泉旅行に私とジュリアも連れていって頂きました。まさか奴隷の身分で旅行に行けるなんて誰が思うでしょう。
私と同じようにご主人様に買われた、エンニチ王国でお仕えしているレナさんとロナさんにも会わせて頂いたんです。四人とも温泉は初めてでしたが、体はポカポカ、お肌はツルツルスベスベになりました。
旅には公国の聖女ロレンシア・アディンセル様も一緒だったんです。聖女様はとても可愛らしく気さくな方で、私たちが奴隷と知っても全くお気になさっている様子はありませんでした。
そして年末、今度はワーナムに新しく出来た別荘に連れていって頂けることになりました。もちろんレナさんとロナさんも一緒です。ところがそこで私は二度も怖い思いをしてしまいました。
一度目は男の人にぶつかられてお金を払えと脅されたのです。でもレナさんに言われてご主人様にお縋りしたところ、なんと男の人たちを追い払うどころか自警団に引き渡すまでになりました。
後で聞いた話ですが、私たちは影から別荘の守衛を任されている冒険者の方に護衛されていたとのことでした。ご主人様は奴隷の四人にそこまでお気遣い下さっていたのです。
その翌日、今度は酔った温泉宿のお客さんに絡まれました。ご主人様とティベリア様も一緒でしたが、とても大きな声を出される方だったので、私はそれだけで怖くてどうしようもありませんでした。
レナさんとロナさん、ジュリアも同じ気持ちだったようで、私たちは四人でご主人様に身を寄せて震えていたのです。自警団の方が来て酔ったお客さんは連れていかれましたが、本当に怖くてご主人様にしがみついたまま離れられませんでした。
そんな私をご主人様は優しく抱きしめて下さり、ようやく少し落ち着きました。こんなにお優しいご主人様は他にはいないでしょう。せっかく皆で町に出たのに私のせいで帰るのは申し訳なく、もっとご主人様と一緒に歩きたかったのもあって散策を続けることにしました。
そして翌朝、私は急に昨夜のことが恥ずかしくなったのと、ご迷惑をおかけしたことに対して土下座してお詫びしたんです。
年が明けて別荘を後にすれば、ご主人様とまたしばらくお会い出来なくなってしまいます。ずっとお側でお仕えしたい。でもそんなことを言えるわけがありません。ところが私が考え込んでいると、ご主人様は言いたいことを言うようにとご命令下さいました。
ご命令です。逆らうわけにはいきません。自分のわがままですし決して聞き入れては頂けないと知りつつも、私は正直にご主人様と一緒にいられるエンニチ王国でお仕えしたいと申し上げました。
するとなんと、ご主人様は私とジュリアもエンニチ王国に連れていって下さると仰るではありませんか。しかも誰もいなくなってしまうラングトン王国のお屋敷を維持するために、わざわざ新たに奴隷を買われる言われたのです。
そこまでして私たちの希望を叶えて下さるなんて、私はご主人様に買って頂いて心から幸せ者だと思いました。
エンニチ王国のお屋敷でお仕えし始めて数日後のある日、宿舎に帰ろうとしていた私はティベリア様のお部屋に呼ばれました。言われた通りに訪ねるとアリア様とロラーナ様もいらっしゃいます。もしかして私のわがままがお気に障ったのでしょうか。なんとお詫びを申し上げたらいいのでしょう。
「先に言っておくが、お主を窘めるために呼んだのではないから安心するがよい」
「はい……」
「率直に尋ねるぞ。お主、旦那様に惚れとるな?」
「は……えっ!?」
「命令じゃ。正直に申せ」
「申し訳ありません。よく分かりません」
「ふむ。では旦那様のことを考えるとどうなる?」
「えっと……胸の辺りが苦しくなって、でも嫌ではなくて……」
「決まりじゃな」
「あの……」
「それが惚れとるということじゃ」
「も、申し訳ありません! 奴隷の分際で……」
「よいよい、気に病むな。しかしその気持ちは諦めようとすればするほど苦しくなるもんじゃからの」
「チェリルさん、ユウヤ様は貴女を娶ろうとお考えなのですよ」
「めと……ええっ!?」
「むろん強要はせん。嫌なら旦那様には妾から伝えておく」
「嫌ではありません! 嫌なわけがありません!」
そんな夢のような話があるでしょうか。私がご主人様に娶って頂けるなんて、嬉しくて泣きそうです。
「妻になっても奴隷からの解放はないぞ」
「構いません!」
「夜伽も断れんぞ」
「の、望むところです!」
「知っての通り旦那様は長寿じゃ。妾とアリアもじゃがロラーナは普通の人間、お主と同じで寿命は短い」
「……?」
「じゃがの、死ねばロレンシアが蘇らせることになっておる。そうなれば旦那様と共に永遠とも言える長い時を過ごすことになろう。お主にその覚悟が出来るか?」
「分かりません……」
「ふむ。死ねないというのは時に残酷なものじゃ。知り合った者はどんどん先に死んでいく。妾やアリアは生まれながらに長寿じゃからそれほどでもないが、旦那様はずい分苦しんだ。自身で建国した国を捨てるほどにな」
「でも……ご主人様と一緒にいたいという気持ちは変わりません」
「ではよいのじゃな?」
「はい!」
致命傷でも負わない限り、一度死んでも聖女様のお力で若い肉体となって蘇るそうです。夜伽ではありませんが望むところです。ずっとご主人様にお仕えさせて頂けるのですから。
「一つ言っておくことがある」
「はい、なんでしょう」
「旦那様を独り占めしようとは思わぬことじゃ」
「あ、はい。もちろん分かっております」
「とは言え、嫁になったら一週間は独り占めさせてやろう」
「一週間……」
奥様が三人もいらっしゃるのに一週間は私にご主人様を独り占めさせて下さるそうです。でしたらせめてその間はたっぷり甘え……
「チェリルさん、先に言いますが一週間がんばって下さいね」
「チェリル、がんばれ!」
「は、はい?」
ロラーナ様にアリア様まで、どうしてそんなに哀れんだ目を向けてこられるのでしょう。
「一週間は何が何でもお主の独り占めじゃからの。助けはせんぞ」
「えっと、助けないって……あの、それは一体どういう……」
「初日から足腰にこないように祈っておきますね」
「ロラーナ様?」
この時の私にはお三方が何を言われておいでなのかさっぱりでしたが、思い知ることになるのはもう少し先の話です。何よりもご主人様に嫁げる、それだけで私は胸がいっぱいになったのでした。




