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第七話 年末のひととき【後編】

 ドン!


「キャッ!」

「いってー!」

「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか?」


 突然背後からやってきた男がチェリルにぶつかって倒れてしまった。誰がどう見ても悪いのは男の方だったが、奴隷の身分ではそれを指摘する考えは出ない。思わずしゃがんで腕を押さえながら倒れている男を心配そうに見るしかなかった。


「おいおい、こりゃ骨が折れてるぜ」

「どうしてくれるんだよ!」

「そ、そんな……」


 チェリル以外の三人もおろおろするばかり。人気の少ないところで見回りの自警団の姿も見えない。男たちはそんなタイミングを狙っていたのだ。


「あの、どうすれば……」

「こりゃ治療費もらわないとな」

「い、いくらですか?」


「これじゃ治るまで仕事も出来ねえ。コイツは家に病気の娘がいてな。働かなきゃ薬を買ってやることも出来ねえんだ」

「娘さんのご病気って……?」


「そんなこと今は関係ねえだろ。コイツの治療費と娘の薬代、あと慰謝料で金貨三十枚払ってもらおうじゃねえか!」

「き、金貨三十枚!? そんなお金は持ってません」


「なら仕方ねえ。体で払うか奴隷商に売られるかのどっちかだな」

「奴隷商……あの、私たちは奴隷でご主人様がいらっしゃいます。ですから奴隷商には売れません」


「ほう、お前ら四人は奴隷で主人がいるのか。ならそのご主人様とやらに払ってもらうしかないな。どこにいる?」

「そんな! 待って下さい。ご主人様にご迷惑をおかけするわけには……」


 そこでレナはふと、優弥から言われていた言葉を思い出した。


「どんな些細なことでもいい、困り事が起きたら自分で何とかしようとせず必ず相談するように。面倒なことでもお前たちを叱ったり追い出したりはしないから必ずだぞ」


 これにどれだけ救われる思いをしただろう。平民以上の身分なら簡単に解決出来ることでも、奴隷ではそれが叶わないことが多いからだ。


「チェリルさん、ご主人様ならきっと何とかして下さいます。ご主人様に相談しましょう」

「でも……」

「大丈夫、ご主人様を信じましょう」


 ロナもジュリアも強く頷いている。


「お前らのご主人様ってのはかなりの金持ちみたいじゃねえか」

「ならがっぽり搾り取ってやるか」

「ほら、さっさと連れてけ!」


 腕を押さえるのも忘れて、倒れていた男までニヤニヤしながら立ち上がっていた。それでも、負い目しか感じていない彼女たちにはおかしいと思うことさえ出来ない。


 結局言われるがままに別荘へ彼らを連れて戻るしかなかった。後ろから来ていた二人の男はいつの間にか一人になっていたが、相変わらず少し離れてついてくるだけで合流せずにいた。



◆◇◆◇



「おい、ここって……」

「最近出来た屋敷だよな」

「こりゃ大当たりかも知れねえぞ」


 門の前にたどり着いたところで、優弥とティベリアが彼らの前に姿を現す。


「ご主人様!」

「ジニング、チェリルたちに絡んでたってのはコイツらか?」

「そうです」


 いきなり背後から声が聞こえて、四人どころか男たちまでビクッとする。合流せずに後からつけていた二人は、ロラーナから優弥の伝言を聞いて陰からレナたちを護衛していた守衛の冒険者だったのだ。


 ジニングともう一人で四人に気づかれないように距離を取っていたら、男三人が難癖をつけ始めた。


 ジニングは彼女たちが攫われそうになれば力尽くで守るつもりだったが、身の程知らずにも優弥を()()ろうとしている話が聞こえたのだ。そのためもう一人が先に別荘に行き優弥に事態を知らせたというわけだ。


「アンタが女共の主人か?」

「いかにも」


「なら話が早え。そこの奴隷女にぶつかられてコイツの腕の骨が折れちまった。コイツには……」


「病気の娘がいて、折れた腕では働けないから薬も買えない。慰謝料として金貨三十枚払え、だったか?」

「いや、こんなところまで来させた詫び料を追加で金貨百枚だ!」


「彼の話だとソイツの方からぶつかりに行ったそうじゃないか」


 優弥は事態を知らせに来た冒険者を指差しながら言った。


「なっ! 怪我させられたのはコイツの方だ! つべこべ言ってねえでとっとと金を払え!」


「チェリルは怪我とか痛いところはないか?」

「は、はい!」

「無理しなくていいんだぞ」


「ご、ご主人様、さっきチェリルさんはぶつかられた背中が痛むと言ってました」


 そんなやり取りはなかったが、どうやらレナは優弥の意図を察したようだ。


「それはいけない。ティベリア、チェリルに治癒魔法を頼む」

「任せろ」


 彼女がチェリルの背に手をかざすと、淡い緑色の光が広がって間もなく消えた。


「これでもう大丈夫じゃ。そこの男、骨が折れたのならさぞ痛かろう。治してやるぞ。もっとも折れてなければ逆に折れてしまうがの」


 もちろん嘘だ。しかし目の前で治癒魔法を見せられて、男三人は完全にビビっていた。


「お主の娘とやらも(わらわ)が診てやろう」

「う、うるせえ! そんなの信じられるか! いいから早く金払え!」


「骨が折れてるわりにはずい分と元気じゃないか」

「うっ……いててて……」

「そんなもんか? おかしいな」


 言うと優弥は男の腕を両手で掴み、それをへし折ってしまう。


「ぎゃーっ! 痛い! 痛い痛い痛い!」


「骨が折れるってそういうことなんだよ。とりあえずティベリア、治してやってくれ」

「うむ」


 治癒魔法で痛みは消えたはずだが、男は涙目になって震えていた。他の二人も顔面蒼白だ。


「で? 金がなんだって?」

「も、もういい! 金はいらない!」


「そうか。ならよかった」

「おいお前ら、行くぞ!」

「「お、おう」」


「どこに行くんだ?」

「帰るんだよ! こんなところにいつまでもいられるかってんだ!」


「誰が帰してやるって言った?」

「「「えっ……!?」」」


「貴様らは俺の大切な四人が楽しんでいるのを邪魔したばかりか、脅して怖がらせたんだ。このまま見逃してもらえるなんて思ってないだろうな」


「ま、まさか俺たちの腕をさっきみたいに……?」

「何言ってる。そんな面倒なことをするわけがないだろう」


 三人はホッとした表情を浮かべた。しかし次の優弥の言葉に再び顔から血の気が引く。


「折るのは首の骨だ」

「ま、待ってくれ! 俺たちが悪かった! 謝るから自警団に引き渡してくれ!」


「ダメだな。どうせこれまでも似たようなことをしてきたんだろ? 釈放されたらまた同じことを繰り返すだろうし、お前らのようなゴミは死んだ方が世のため人のためなんだよ」


「た、頼む! 殺さないでくれ!」

「お願いだ!」

「死にたくない!」


「正直に言えば考えてやろう。腕の骨が折れたというのは本当か?」

「「「嘘です!」」」

「病気の娘がいるというのは?」

「「「嘘です!」」」


「と言ってるがどうする、チェリル?」

「わ、私ですか?」

「一番の被害者はチェリルだからな」

「申し訳ありません。分かりません」


「ユウヤの旦那、コイツらさっき嬢ちゃんたちに体で払えとか奴隷商に売るなんて言ってましたぜ」


 ジニングが三人を睨みつけた。


「そうか。しかしさすがに体はいらん。貴様らは首の骨を折られるのと奴隷商に売られるのとではどっちがいい?」

「「「奴隷商で!!」」」


「分かった。なら後でタウンゼント大公閣下に処分をお願いしておこう」

「「へ?」」

「た、大公閣下!?」


「俺は大公閣下に気に入られているようでな。ひとまず奴隷商に売るように頼んでおくが、俺の奴隷にちょっかいを出したと知ったらどうなるか。首を刎ねられないように祈っておくことだ」

「「「ひぃぃぃっ!!」」」


「悪いがジニング、自警団を呼んできてくれるか?」

「分かった」


 間もなく男たちが自警団に連れていかれると、チェリルがへなへなとへたり込んで泣き出してしまった。隣にしゃがみ、優弥がそっと彼女の肩を抱く。


「チェリル、もう大丈夫だ」

「ご主人様、申し訳ありません……ひっく」


「どうして謝る? お前は何も悪いことはしてないだろう?」

「だって……ご主人様にご迷惑をおかけしてしまいました……ひっく」


「気にするな。最初から俺かティベリアがついていってやればよかったんだ。怖い思いをさせてごめんな」

「そんな……! ご主人様は悪くありません!」


 優弥はジニングたちが出張ることなく四人が男たちを連れてきたのが不思議だった。それを聞くとレナが彼に相談しようと言ったからとのこと。当のレナは優弥から言われた困り事は必ず相談しろとの言葉に従ったのだと答えた。


「レナ、偉いぞ!」


 彼女は頭を撫でられて恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに微笑む。今回のことで優弥に対する四人の少女からの信頼がストップ高を記録したのだった。

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