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第十四話 落陽の帝国

 皇帝を殺すのは確定事項だ。しかしそのためには彼の隣にいるロレンシアの安全を確保しなければならない。転送ゲートを設置してタウンゼント公国に飛んでしまえば後はどうとでもなるが、問題はどうやって彼女をゲートまで来させるかだ。


 彼女が近衛兵に囲まれれば追尾投擲で兵を倒そうにも、流れ弾に当たってしまう危険性がある。また、皇帝が蘇生されないと分かった時の近衛兵たちの動きも読めない。彼らは優弥より先に近くにいる聖女を殺そうとするかも知れないのだ。


「ここにいる者は知っておろうが、この聖女ロレンシア・アディンセルは死んだ者を蘇らせる力を持っておる」


 ダリモア皇帝が彼女の肩を抱き寄せながら言った。


「しかも蘇った者は若い肉体となる。そうだな、ロレンシアよ」

「はい」


「しかし()は実際に目にしたことはない。かと言ってお前たちで試すわけにもいかぬ。そこでだ」


 皇帝は優弥を指さす。


「付き人を殺し、蘇らせてはと考えた」


「「「「おおーっ!」」」」

「さすがは皇帝陛下!」


「付き人よ、聖女の力が本当ならば貴様は一度死ぬが若返ることとなる故文句はなかろう」

「ああ? 大アリだよ!」


「なんと無礼な!」

「あの付き人、陛下に口答えしたぞ!」


「余に歯向かうか!?」


「無礼って声が聞こえたが、馬車に同乗した兵士二人も大概だったぞ。ロレンシアにピッタリくっついて匂いを嗅いだり脚に触ったりしてたからな」


「ロレンシア、真か!?」

「はい」


 匂いを嗅いでもいないし脚に触れてもいない。しかし肯いたロレンシアを見た皇帝の顔は怒りに満ちていた。


「その二人を即刻処刑せよ」

「「ははっ!」」


 貴族たちの護衛ではない城の衛兵が二人、敬礼してから部屋を飛び出していった。優弥は捕らえられて拷問されればいいくらいに思っていたので、いきなり処刑されるのは少々気の毒に感じた。もっとも国母となる予定の女性に対して鼻の下を伸ばしていたのだから、無礼打ちとなるのは致し方ないのかも知れない。


 それにしてもますます皇帝の頭を狙いにくくなってしまった。ロレンシアが近すぎるのである。むろん隣にいるから流れ弾に当たるなどということはないが、皇帝の穢れた血が彼女にかかるのはどうにも我慢ならなかったのだ。


「陛下、ユウヤ様は私の付き人です。蘇らせるとは申しましても、殺したり鉱山送りにされるのはよい気分ではございません」


「勘違いするでないぞ。余は其方を妻として扱うが愛情があるなどとは思うな。悲しもうと苦しもうと生きてさえおればよいのだ。子もいらぬ」

「それはあんまりじゃないか? ロレンシアだって女の子なんだぞ」


「ふん! 余が聖女の年齢を知らぬと思うか!? 見目だけは若い二百歳超えの老婆ではないか!」


 謁見の間が騒然となる。お世辞抜きにロレンシアは可愛い。その彼女が二百歳超えと聞かされれば皆が驚くのも無理はないだろう。優弥は年齢より見た目重視だが皇帝は実年齢を重視するようだ。


「貴様は無礼が過ぎる。よって蘇生はなしとする。近衛、()れ!」

「「はっ!」」


 六人のうち二人が壇上から飛び降り、剣を抜いて優弥に近づいてくる。


「俺を殺そうとするからには自分も死ぬ覚悟は出来ているんだろうな?」


「我ら近衛兵団は帝国軍及び各騎士団から選ばれた実力の突き出た精鋭中の精鋭。公国の付き人ごときに後れをとることなどない」

「大人しくしていれば生き返らせてもらえたものを。あの世で後悔するがいい」


 まず一人が上段から斬りかかってきた。それを優弥が肘で受け止めると、身を切って防いだと勘違いしたもう一人が横薙ぎに剣を振る。しかし甲高い金属音が聞こえただけで、優弥から一滴の血も流れ出ることはなかった。


「な、なんだと!?」

「貴様、鎧を着込んでいるのか!?」


「さあな。俺に剣を向けたこと、あの世で後悔するがいい」


 彼は二人の剣をへし折り、剥き身の剣身を握ってそれぞれの喉に突き刺した。


「何をしておる! 奴を殺せ!」


 呆気に取られていた残り四人の近衛兵が、皇帝の言葉で我に返ると壇上から飛び降りて四方向から優弥を囲む。


「引けば殺さずにいてやるぞ」

「黙れ!」


「我ら偉大なる皇帝陛下の近衛兵団が命を惜しんで引くことなどない!」

「「死ね!!」」


 四人が一斉に斬りかかろうと踏み出した瞬間、直径二メートルほどの岩が頭上に現れ彼らを押し潰した。直後は息のあった者も声を出すことが出来ず、間もなく絶命する。それを見た皇帝の顔は明らかに青ざめていた。


「き、貴様は一体……? この場にいる護衛兵たちに告ぐ! その者の首を取れ! 見事討ち取った者には爵位を授ける!」


 しかしたった今目の前で起こった出来事に、誰一人として剣を抜こうとはしなかった。


「アンタらはそのまま見ていた方がいいぞ。剣を抜けば今より大きな岩を落とすからな」

「な、何をしておる! やらねば家を取り潰すぞ!」


 これにはさすがに何人かの護衛兵が剣を抜く。しかし優弥の言葉通り彼らの頭上にも大きな岩が現れ、周囲の者を巻き込んで押し潰しされていた。


「皇帝ダリモア! アンタは俺の逆鱗に触れた。命はないものと思え!」


「ビランド、お前も抜け!」

「お言葉ですがこの剣は陛下の胸を貫くための……」

「御託はよい! 奴をやれ!」


「私に死ねと仰せですか!?」

「死んでも余を守れ!」


「私ではあの者には敵いませぬ。陛下、ここは潔くなされませ」

「何だと……!? はっ!」


 皇帝が剣を抜いてロレンシアを引き寄せ、彼女の首に突きつける。


「抵抗すれば聖女の命はないぞ! これでどうだ! ビランド!」

「陛下……」


 だが耳をつんざく轟音が轟いた瞬間、剣を持つ皇帝の右腕が肩から吹き飛んでいた。皇帝は思わずよろめいてロレンシアを放してしまう。


「陛下!!」


「ロレンシア、こっちへこい!」

「はい!」


 優弥は彼女を自分の後ろに庇うと、壇上の宰相ビランド侯爵に目を向けた。


「アンタ、宰相だったな」

「いかにも」

「皇帝が死んだら帝国はどうなる?」


「ひとまずは私が治めるしかなかろう。皇帝陛下にお世継ぎはおられんからな」

「ビランド、貴様……!」


「私はこのところ自問する毎日でございました。かつて陛下は前線で兵を率い、自ら敵将の首を取っておられました。ですが勇猛なあのお姿も今は面影すらございません。些細なことで忠臣を粛清し、兵や民の命を軽んじるお言葉に失望せざるを得ませんでした」

「くっ! ビランドぉぉっ!!」


 怒りに満ちた表情の皇帝が、残った左腕で懐刀を取り出し宰相に投げつける。しかしバランスが取れない体では狙い通りに飛ぶはずもなく、懐刀は力なく壇上に転がっていった。


「陛下、残念でございます」


 言うとビランド侯爵は華美な装飾が施された宝剣を抜き、ゆっくりと皇帝に近づいていく。


「ビランド、何をする気だ!?」


「予定通りこの剣で陛下の胸を貫かせて頂きます。ですが聖女様が御身を蘇生させることはないでしょう」

「き、貴様!」


「あー、致命傷を負って死んだらロレンシアにも蘇生は無理だぞ」

「なんと!?」


「治癒魔法は生きている者にしか効果がない。だから致命傷を負って死んだなら蘇生なんて不可能なんだ。そうだな、ロレンシア?」

「はい。ユウヤ様の言われた通りです」


「陛下の計画は最初から破綻していたということか」

「俺が皇帝を殺すと決めた段階で終わってたがな」

「ということでございます、陛下」


「ま、待てビランド。余を守れ。さすれば褒美は望みのままに与えよう」

「もう一度申し上げます。陛下、潔くなされませ。陛下はもう終わりでございます」


「き、貴様!」

「陛下、国がまとまり次第私もお側に参ります。それまであの世でしばしお待ち下さい」


「は、早まるなビランド!」

「さらば!」

「ぐはぁっ!!」


 宝剣が皇帝の胸に突き立てられた。周囲の貴族たちは慌てふためき一目散に謁見の間を出ていく。それを見送りながら宰相は優弥とロレンシアに目を向けた。


「これでラングトン王国とタウンゼント公国への侵攻はなくなった。陛下の崩御により喪に服す我が国の国境は間もなく封鎖する。その前にこの地を去るがよかろう」

「そうか、分かった」


 謁見の間を出た優弥とロレンシアは、誰もいなくなった廊下に設置した転送ゲートからタウンゼント公国に戻るのだった。

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