第八話 帝国第二騎士団
「コナンを連れてくればよかったかなあ」
「いえ、コナン様が飛竜をテイム出来たのは彼らがユウヤ様にひどく怯えていたからです」
「ならコイツらも同じじゃないのか?」
「ゴブリンやオークなどの魔物は知能が低いので、相手が自分より強いか弱いかは体の大きさでしか判断しません。ですからユウヤ様に怯えることもないためコナン様にテイムは難しいでしょう」
優弥とロレンシアは現在、タウンゼント公国からダリモア帝国に向かう道中にあった。公国から帝国に彼女を輿入れさせる旨の書簡を送り、受け入れるとの返答があったからだ。
その途中で輸送部隊も含めて五十人以上の公国兵が随伴していたにも拘わらず、ゴブリンの集団に襲撃されたのである。もっともEランク冒険者でも苦労なく倒せる魔物が束になったところで、日頃から鍛錬を欠かさない兵士たちに敵うはずがなかった。
そんなわけで優弥とロレンシアは馬車の中で待機しているというわけだ。実は今回の旅でダリモア帝国を訪れるのは当初この二人のみだった。他の家族たちは留守番である。
当然御者を務められるロラーナもいないので徒歩で向かうつもりだった。ところがタウンゼント大公が護衛も連れずに行くのは怪しまれるとして護衛兵を引率することになったのである。二人なら昼間は移動して夜には転送ゲートで拠点に帰る予定だったのに、当てが外れてしまったというわけだ。
もっとも確かに聖女を護衛なしで旅に出すというのは不自然だから致し方ない。ただそのお陰で食事も輸送部隊が持つ保存食となり、優弥は味に辟易としていた。しかしロレンシアは何故か楽しんでいるようだった。
「申し上げます! 襲ってきたゴブリン三十七体の殲滅が完了致しました! 積荷に被害はなく輸送部隊の二人が軽傷を負いましたが死者、重傷者ともにおりません!」
「ではその怪我をされたお二人を治癒しますのでここに呼んで下さいますか?」
「いえ、聖女様に治癒して頂くなどとんでもございません。軽傷ですので放っておいても治ります!」
「軽傷をなめるな。そこから命を落とす病気に罹らないとも限らないんだぞ。それとも俺たちの護衛など万全でなくとも十分だと言うのか?」
「し、失礼致しました。すぐに連れて参ります」
間もなく怪我をした二人の治癒を終え、一行は野営地に到着した。そこで一晩過ごして翌日には公国と帝国の国境にたどり着く。一触即発というわけではないが、帝国からの脅しで緊張感に包まれていることは間違いないだろう。ただし現在も国交が断たれたわけではないので行き来は可能だった。
もっとも目鼻の利く商人はさっさと帝国に逃げ込んでいるようだ。
「国境を超えたら二日ほどで帝都キルバラスに入れると思います。すんなり帝都に入れればの話ですが、そこからエンペラー城までは二時間ほどです」
夕食後、護衛兵の隊長が今後の予定を報告しに優弥とロレンシアの許にやってきていた。
「分かった。皆も交代で休んでくれ」
「はっ!」
そして翌日、一行はまずタウンゼント公国の国境にて検問を受け、整備された道を一キロほど進んでダリモア帝国の国境検問所で応対に来た検問所職員に用件を伝える。
「帝都より伺っております。聖女ロレンシア様とその付き人ですね」
「ええ」
「ではお二人はどうぞお通り下さい。あちらで案内の者が待っております」
「待て、二人は、とはどういうことだ?」
「他の皆様は公国の兵士とお見受け致します。他国の軍を許可もなしに我が国に入れるわけにはいきませんので」
「護衛として付き添うと伝えたはずだが?」
「私が聞いておりますのは付き人一人のみです」
「そんなバカな話があるか!」
大声で叫んだのは護衛隊長である。今にも職員に殴りかかりそうだったので優弥が止めた。国境での暴力沙汰は帝国に開戦の口実を与えかねない。
「職員殿は俺たち二人だけで帝都に向かえと?」
「いえいえ、我が国の騎士団が護衛を務めさせて頂きます。そのために待機しておりますので、後ほど顔合わせをさせて下さい。公国兵の方はお帰り頂いて構いません」
「話が違うぞ!」
「困りましたね。どうしても入国されたいのでしたら武装を解除した上で入国審査を受けて下さい。ただし審査が通って入国される際には武器類は全て没収とさせて頂きます」
「それでは護衛の役目が……」
「ですからお帰り頂いて構いませんと申し上げているのです。それにこの人数の入国審査はかなりの時間を要しますよ」
「隊長、ここは俺に任せてくれ。何があってもロレンシアは無事に送り届けよう」
「ハセミ様……」
呆然と立ち尽くす隊長以下公国兵たちに手を振り、優弥とロレンシアは前方で待っている案内人の許へと向かった。
「どうぞこちらへ。我が帝国騎士団の精鋭二十名をご紹介致します」
案内人に連れられていった先は会議室のようなところで、二人が中に入ると革鎧を身に着けた男たちが一斉に胸に手を当て前傾姿勢で出迎えた。そしてその中の中央にいた一人が上目遣いで姿勢を正し目を合わせてくる。
「聖女ロレンシア・アディンセル様、お初にお目にかかります。ダリモア帝国第二騎士団団長、エルウィン・パロットと申します」
「ロレンシア・アディンセルです。こちらは付き人のユウヤ・ハセミ様です」
「聖女ロレンシア・アディンセル様は我が国の国母となられるお方だ。くれぐれも失礼のないように」
紹介された優弥には一瞥もくれず、団長は部下たちに声をかけた。さすがに彼女は何か言おうとしたが、それを優弥が手を顔の前にかざして制する。
「彼らはロレンシアにしか興味がないのさ。気にするな」
その後団長は今後の説明に入ったが視線は全て聖女に向けられ、優弥はまるでいない者かのように扱われた。それは帝都に向けて出発する時も然り。案内された先には豪華な装飾の馬車があったのだが――
「聖女様はどうぞこちらの馬車にお乗り下さい」
「私は? ユウヤ様も一緒ではないのですか?」
「聖女様はやがては皇后様となられるお方。付き人ごときを同じ馬車に乗せるわけにはまいりません。ですがご安心下さい。慈悲深き皇帝陛下は付き人にもあちらの馬車を用意して下さいました」
指し示された先には幌すらない、貧相な馬が引く言ってみればリアカーのような馬車があった。
「あ、あれが人が乗る馬車と言われるのですか!?」
「付き人は本来であれば歩いてついてくるものです。ですが長旅で疲れているだろうからと、皇帝陛下が馬車の使用をお許し下されたのです……よ?」
その時グシャッと何かが潰れる音と、馬の嘶きが聞こえた。
言葉の途中で音に気づいた団長が目を向けると、大岩に押しつぶされたリアカーと驚いて逃げていく馬の姿があった。
「な、なんだ!? 何があった!?」
「団長さん、もしかしてあれで俺を押し潰そうとしたのか?」
「バカな! 貴様は道中で……いや、そんなわけがなかろう!」
「道中で何だって?」
「知らん! あんなことは聞いていないし指示も出していない!」
「とにかく! ユウヤ様が乗る馬車がなくなってしまいましたので、私と一緒にこちらの馬車に乗せて頂きます」
「し、しかし……」
「それともパロット様は皇帝陛下の慈悲深きお気遣いを無下になさるおつもりですか?」
むろんリアカーは優弥が無限クローゼットから出した岩で潰した。しかし騎士団長がそんなことを知るわけがない。
結局いずれ皇后となる予定のロレンシアには逆らえず、二人は豪華な馬車に乗り込んで帝都キルバラスに向かうのだった。




