「ごめんなさい」を言いたくて⑤
令華さんの介抱のおかげで何とか落ち着いた僕は令華さんの車に半ば強制的に乗り込んだ。先ほどの令華さんの脅しが効いたのか、それを止めようとする人も咎める人もいなかった。
「…………」
令華さんの車の中、僕は窒息してしまいそうなほどの息苦しさを感じていた。別に令華さんの車が狭いというわけではない。緊張感あふれる沈黙が車内を支配しているのだ。
運転をしている令華さんは言わずもがな、僕の隣に座っている穂乃果ちゃんも険しい顔で押し黙っている。助手席にいるリブリオンさん(本名はまだ知らない)も黙って……あ、よく見たらスマホいじりながら音楽聞いてる。
そのまま誰一人として何も話さないまま、令華さんの自宅に到着した。令華さん宅は意外なことに中間区の高級住宅街にあるタワーマンションの上階だった。
僕と穂乃果ちゃんはそのままリビングへと案内された。令華さんとリブリオンは何か玄関で話しているようだ。
「それじゃあ汐里ちゃん、あとのことはお願い。夜は適当に私のカード使って、出前でも取っていいからね」
「はいはい、まだ仕事残ってるんでしょ。一応私のほうで言ってはみるけど、飯田監督官から言い聞かせた方があの子はいいと思うけど?」
「本当にごめん」
「まあ、仕方ないわね。あの子のせいでまた仕事増えちゃったしね」
ようやく話が終わったのかリブリオンさんだけがリビングに入ってきた。穂乃果ちゃんはソファーで膝を抱えたまま、僕のことを睨みつけている。そんな僕はというと、初めて来た場所にどうしていいのかオロオロしている。
「こうして話すのは初めてだったかな? 私は井崎汐里。呼び方は何でもいいわ」
「あ、えっと僕は……」
「もちろん知っているよ。衛藤夢莉でしょ。どこかのバカと違って私は信用されているから、色んな情報を教えてもらえるの」
オロオロしている僕を見かねてかリブリオンさん改め井崎さんが話しかけてくれたかと思ったのだが、どうやら違う意図があっようだ。最後の一言には明らかに特定の誰かに対する挑発が含まれていた。
「何が言いたいんですか?」
「あら? バカということは自覚していたのね。てっきり自覚がないからあんなことができたのかと思ってた」
穂乃果ちゃんがソファーの前においてある机を叩き、バンッと大きな音を立てながら立ち上がった。その形相は今にも井崎さんに対して飛び掛からんとほどである。
「さっきからバカバカって何ですか?」
「バカにバカと言っただけよ。事実を突きつけているだけじゃない」
井崎さんの物言いに穂乃果ちゃんはだんだんとイライラが高まっている。
「だからわたしはバカじゃ」
「じゃあどうしてシュバルツに対して攻撃なんかしたの?」
「それは……」
「あなたの考えなしの行動のせいで飯田監督官の仕事が増えてしまったわ。あなたのせいでね」
「あれは……正しいと思ったから……」
先ほどまでの威勢はどこにいったのか、穂乃果ちゃんの言葉は尻すぼみになっていく。
「正しい? 何が、どうして?」
「あいつが一般人に対して危害を加えていたから」
「その一部始終を見ていたの?」
「経過はどうあれ魔法少女が一般人に……」
「見ていたの?」
「……見ていないです」
井崎さんは頭を抱えてわざとらしくため息を吐く。この間僕は黙って見ていたのだけど、正直井崎さんめっちゃ怖い。口調はそこまで厳しくはないのだが、声が単調で反論を許さない威圧感を漂わせている。
「それじゃあ教えてあげる。あれはね、あの男がシュバルツに殴りかかって、勝手に怪我をしただけ。あの子がやったのは自分の身を守るための防御だけよ」
「そんな! あり得ない!! だってあいつは一般人に対して容赦なく殴りかかる狂じ……」
「黙りなさい! あの件に関してどうして管理局がだんまりを決め込んでいたの考えたことはある?」
「それは……まだ対応が決まっていないから」
「その通り。ならあなたのとった行動の意味は分かる?」
「…………」
「魔法少女リスタルの行動は管理局の総意として、あの場の人たちは受け取ったはずよ。それに報道局のヘリも飛んでいたわね。つまりあなたは勝手な行動をした挙句、一般の市民に対して誤った認識を与えたのよ」
「そんな、わたしそんなつもりじゃ……」
「管理局に所属している魔法少女という自覚を持ちなさい!!」
井崎さんの一喝に穂乃果ちゃんは何も言い返せずにいた。
「それから、SNSで拡散されている動画に関しては本人に直接聞きなさい。私も令華さんから概要を聞いただけで、詳しく知っているわけじゃないから。でも一つ言えることは、この件に関して世間は間違っているということよ」
穂乃果ちゃんは俯いたまま、下唇を噛んで黙っていた。井崎さんは言いたいことを言い終えたのか、つまらなそうなものを見るような目で穂乃果ちゃんを一瞥して、奥の部屋へと引っ込んでいった。
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