36:みんなちがって、みんないい
とうとう名前が出てきた例の二人。
クラスにまとまりがないのはなにもリンダたちのクラスに限ったことではなかった。
どこのクラスでも、特に一年生は慣れていないためまともに話し合いにならず、時間だけが無為に過ぎていっている。
一年生なんてそんなものだと先生方は静観の構えだが、さすがにやばいと危機感を抱く生徒が出はじめていた。
「この学校って不思議だよね。担任の先生がいないし、委員長もいない。他の学校もそうなの?」
驚くことに生徒会やPTAすらなかった。
寮生活なら寮母さんがいるものだと思ったのにそれもなし。監督生が寮生をまとめていた。
生徒に自治を任せているといえば聞こえはいいが、先生にも生徒にも負担が多すぎる。リンダの常識からすれば杜撰の一言に尽きた。
「お子さんを預かっているくせに管理がしっかりしてないのよね。生徒に頼りすぎ。先生だって時間が足りないと思う」
PTAがない以上、学校でなにか起きても隠蔽される率が高くなる。保護者が知るのは子供からの手紙か学校の発表のみだ。
「そういえば幼等学校には学級委員がいたわ」
ローゼスタが言われてみればと顎に手を当てて考え込んだ。クラス担任もちゃんといたと言う。
「そんなのいらないって何度も思ったけど、必要だったのね……」
光臨祭の出し物を決める会議の時間だというのにまとまりのないクラスを見たローゼスタがしみじみ言った。彼女はいかにも委員長を押し付けられていそうだ。
「意外。ローゼでもいらないって思うんだ」
「毎年押し付けられてたもの。何回静かにしてって言っても聞かない男子とか、文句ばっかり言うわりに改善策のない女子とか、一度決まったことを蒸し返してくる子とか、いろいろあったわ……」
やはり委員長だったらしい。哀愁漂う表情に翡翠は同情した。目に見えるようだ。
「それでいくとリンダは邪魔する男子ね」
「そうね。でも、いざ決まっちゃうとそういう子ほど頼りになったわ。その気にさせるのが上手い、ムードメーカーね」
そいつが言うならいっちょやるか。そんな気にさせるのだそうだ。なるほど、と翡翠は思った。リンダみたいな子はどこにでもいるらしい。
リンダは自分が褒められたわけでもないのに照れくさそうに頬を掻いた。
それなら、と翡翠が言う前に、ローゼスタが先手を打った。
「私はイヤよ。あんな面倒なこと、義務でもなきゃやってられないわ」
「えっ」
「それに私、忙しいもの。みんなの意見をまとめる時間なんてないわ。リンダがやりなさいよ」
「えっ」
まさか自分にふられるとは思わなかったリンダが目を丸くした。
「いや待ってよ。今私のこと人の話聞かない男子扱いしたよね? なんで私?」
「ムードメーカーとも言ったわ。いいからやりなさいよ」
ローゼスタの目が据わっている。
学級委員など、コイツに任せたらロクなことにならんと前世で先生に言われたことのあるリンダは慌てて首を振った。
ずい、とローゼスタがリンダに迫る。
「人の苦労も知らないで騒ぎまくるやつのおかげでどんっだけ大変だったか! 一回やってみればいいんだわ!」
「やつあたりだ!」
なにかやる前は相談しろと言った人のセリフとは思えないローゼスタの怒りに、該当者一名は押し切られて前に出ることになった。
教壇に上がったリンダをチラチラ見る生徒はいても、なにか言ってくるものはいない。ざわざわしたクラスを見回して、リンダは一度だけ手を叩くと注意を引きつけた。
「えー、わかってると思うけど、いいかげん出し物決めないとまずいんで」
リンダは手に持ったノートを魔法で切り取ると、それぞれの机に飛ばした。
「その紙に出し物の案を書いて提出してください。期限は三日後。友達と考えても先生に聞いてもオッケーです。グループでやる場合は全員の署名を忘れないようにしてください」
まともな対応にローゼスタはなぜか不満そうに眉を寄せ、翡翠はやるな、という顔をした。
うまいやり方だ。
なにをやるか思いつかなかった子でも、グループでならなにかしら意見が出るだろうし、企画だけでもあとは実現できるかクラスで考えればいい。
こういうことがやりたいから、そのためにはこうしよう、というのを考えるのが会議だ。
話し合って実現不可能となったら却下して次の案を考える。そうやって取捨選択して決めていこうというのだ。
翡翠は席に戻ってきたリンダに「やるな」と声をかけた。
「な、なによ。やればできるじゃない」
「まーね」
クラス委員は未経験だが、新製品開発ならやったことがある。まとまらない会議に古い意見の押し付け、なってない企画書を思い出すと涙が出そうだ。新入社員の企画にゴーサイン出して取引先に断られた時の気まずさを何度味わったことか。そうやって成長するとわかっていても、悔し泣きする新人を慰めるのは毎回胃が痛くなったものだった。
「で、二人はやりたいことある?」
ペンを取り出したリンダが聞くと、二人は気まずそうな顔になった。
「……正直に言うならやりたくないわね」
「私も。クラブの準備で手一杯だわ」
なるほど、とリンダはペンを走らせた。
「ちょっと、そんなことまで書くの?」
「意見の一つとしてね。あんまり時間がかからないほうが良いってことでしょ? 当日の当番だってあるし。みんなでなにか発表するものじゃなくて、置き型の、オブジェとかが良いかな」
ローゼスタは当日はクラブ三つとクラス当番で見て回る暇もないだろう。そういう負担は軽くするべきだ。
「リンダ……」
思ったよりしっかり考えているリンダにローゼスタは感動した。
「オブジェってことは、魔道具の類ね。良いんじゃないかしら」
「でも魔道具の発表は生活快適クラブや他のクラスでもやるわよ。ちょっとインパクトに欠けない?」
やりたくないと言うわりにローゼスタが文句をつけてきた。
たしかに同じ授業を受けた一年生ではできることは限られてくる。魔道具作成の基礎となる錬金術は二年生からだ。魔道具を作るとなったらクラブで経験のあるローゼスタたちに頼ることになるだろう。それでは本末転倒だ。
「んー、じゃあ、体験型? 怪奇クラブみたいな……。いやでもあれは難易度高すぎだしな……」
リンダはぶつぶつ言いながら思いついたことを紙に書いている。
リンダが真面目に考えているからか、手元にメモ用紙があり案を出せと言われてしまったからか、他の生徒も何人かのグループになって相談しあっていた。
「怪奇クラブのあれは無理よ。伝統になっていなかったら私でもやりたくないわ」
「タッジー先輩がこだわってるからすごいものね」
お化け屋敷の裏側は、見るとやるとでは大違いを実感させられる。ローゼスタは怪奇クラブに顔を出していなかったが、久しぶりに行ってみて驚いたものだ。翡翠も当分オカルトは遠慮したい気分だ。怪奇の名に恥じない演出。それが複数のパターンで襲いかかってくる。怪奇クラブは最後まで恐怖たっぷりという過剰サービスだった。
「ゲーム……。あ、人生ゲームはどうかな。教室使ってさ」
「人生ゲーム?」
「あれ? 知らない? こう、サイコロ振ってマスを進めていくの。マスには指示が書いてあって、それをやらないと進めなかったり、ボーナスが付いたりするのよ」
結婚して子供が生まれたり、借金背負ったり会社が倒産、国外逃亡などというマスもある。
「サイコロ? ああ、ダイスね。へー、そんなゲームはじめて知ったわ」
リンダの説明に首をかしげていたローゼスタが感心したように言った。
「それのなにが楽しいの?」
翡翠はピンとこないようだ。
日本では世相を表すほど歴史のあるゲームでも、魔法の世界にはイマイチ楽しさが伝わらないらしい。
「楽しいよ? これは二人以上でやるんだけど、サイコロの目によって辿る人生が違うから、必ずしもハッピーエンドとは限らないし。わりと波瀾万丈」
「勝ち負けとかないわけ?」
「人生に勝ち負けなんてないでしょ」
ローゼスタの質問にリンダがさらっと答えた。
一瞬虚を突かれたローゼスタは少し頬を染めて「そうね」と言った。その通りである。
こういう時のリンダのさりげなさが、赤毛もあいまって余計にきらきらして見える。
「たとえば、大借金背負った三マス先に宝くじが当たるマスがあったらどうする?」
「そりゃ狙うわね」
リンダはローゼスタの感動に気づかず翡翠に人生ゲームを語っていた。
「でもダイスしだいだし、上手くいかない可能性のほうが高い? 魔法でズルしちゃだめなんでしょ?」
「そりゃもちろんズルはだめだよ。そうやって、上手くいかなかったり、他の人が変なマスに行っちゃうのを笑ったりね」
前世では正月に家族が集合すると人生ゲームの出番だった。大人たちは麻雀だ。そのうちにカルタ大会がはじまりお年玉をかけた決戦に発展していったものである。酔っぱらった大人から小遣いをせしめるまたとないチャンスに白熱した。
思い出してくすくす笑うリンダに、翡翠は面白さを想像してみた。狙ったマスに行けないのはいらっとしそうだが、それは自分一人ではない。他の人だって思い通りにならないダイスに笑ったり悔しがったりしながら進むのだ。
「……いいかも」
「でしょー?」
そこに、リンダの力説を聞いていた女の子グループが声をかけてきた。
「あの、ハーツビートさん」
「それ、私たちも参加させてくれないかな」
「私らも考えてたけど、どうもしっくりこなくてさ。いまいち面白くないのよね」
「私、人生ゲームやってみたい」
「お、俺も。そういうのって聞いたことないし、ウケると思う」
彼女たちがそう言えば、他のクラスメイトも賛成してきた。
時間が押してきていることは全員がわかっていたのだ。ただ、なにをやるかの決定打が欠けていた。
リンダに言われて考えてみても今一つやる気になれない。考えた本人ですらそうなのだからとてもみんなでやろうとは思えなかった。
もちろん、中にはなにも思いつかなかったから適当なことを書いてお茶を濁そうとしていた子もいる。
ひとまず全員の案を見せてもらい、そこから選ぼうと思っていたリンダは面食らった。期日は三日後にしてあるのにこれでは人生ゲーム一択だ。
それはもったいない。今ある案だけでも出してもらおうと紙を受け取ったリンダはそこからできそうなものを選んだ。
「これなんて面白いと思う。動く絵だって! そんなことできるんだ」
さすがは魔法の世界である。
その案を出したのはアンジェラ・イザークという女子だった。まさか選出されるとは思わなかったのか、びくっと肩を跳ねさせている。
「そういう絵の具があるんです。肖像画などに使われて、故人の肉声が遺せたりしますよ」
これまた処分に困りそうな品である。しばらくの間なら良いが、口煩い小言を残されても後々厄介になるだけだ。逆に若くして亡くなった人の肖像では余計に未練が断ち切れず、立ち直れそうにない。
「そうそう。ペットが欲しくても飼えない家とかね。好きな時だけかまえるから便利よ。餌やトイレも必要ないし」
ローゼスタが言った。わりと一般的なものらしい。
「私やったことある。自分の絵が動くからうれしいのよね」
「やったやった。増やし過ぎてお母さんに怒られたわー」
肖像画だけではなく、子供が自分で描いた絵を動かして遊ぶこともできるようだ。キャンバス用の油絵具だけではなく水彩絵の具なら水で消えるからお手軽に遊べる。リンダはやって見たくなった。ただしリンダに絵心はなく壊滅的な腕前だ。
「で、でも、こんなのありふれてるし……」
「私も良いと思うわ。人生ゲームならペットを飼う、なんて大切なイベントだもの。そういうところに使えばいいじゃない」
「アンジェラは絵が上手だものね」
翡翠と友人に賛成されて、アンジェラが恥ずかしそうに赤面した。アンジェラは美術クラブ所属で将来は画家を目指している。魔力を流すだけで子供をあやしてくれる動く壁紙や、絵本などを作る仕事をしたいと言った。
「え? 人生ゲーム決定?」
「もういいわよ人生ゲームで。みんなその気になってるし」
ローゼスタが机に頬杖をついた。
やつあたりだと自分でも思うが、ムードメーカーのこういうところがずるいのだ。意図せずみんなをまとめ上げて気持ちを一つにしてしまう。ローゼスタが声を張り上げても聞かなかった連中が、一人のひと言でコロッと変わる。
そういうのをカリスマというのだろう。ローゼスタにはないものだ。ちょっとくらいのやつあたりは許して欲しい。
「これもいいよね。パズル」
「あーコレ、アーサーとベネディクトのやつじゃん」
リンダの視線の先にいたのは、なにかと絡んでくる例の男子二人だった。
「俺らの名前知ってたのか?」
「そりゃそうだよ」
「一度も呼ばれたことないからてっきり知らないのかと……」
「いつもそっちから絡んでくるし、特に不便もないからね」
「何気にひどいわね……」
むしろそれでよく忘れなかったものである。ローゼスタは彼らに絡まれる側だがちょっぴり同情した。
「二人ともわりと有名だよ? 図書室に置いてある懸賞付きのパズル雑誌に投稿してるでしょ。名前載ってるし」
えっ、と二人が驚いた。
他のクラスメイトも驚いて二人を見た。
「よく知ってるわねリンダ……」
「ああいうのけっこう好き。ビブンセキブンとか方程式とかはわけわかんないけど、パズルは閃きだから楽しいんだよね」
「そっちをどうにかしなさいよ」
ローゼスタのツッコミを華麗にスルーして、リンダは「パズルか」と呟いた。
「パズルを解けない限り次のマスには進めない、とかえげつないのどう?」
「うわっ。一回休みじゃなくて解けないと足止め!?」
アーサーが笑い出した。
「いいなそれ! あっ、じゃあさ、何パターンか作って同じのが当たらないようにしようぜ」
ベネディクトが更にえげつないことを言ってくる。正解を教えてもらえない仕様だ。
ひどい、子供泣いちゃう、と笑いながらの非難が上がった。
「子供は可哀想だから難易度選べるようにしてやろうぜ。推奨年齢付きで」
「それ意地でも易しいの選べないやつだろ! そういうの好き」
アーサーとベネディクトは悪巧みとなると生き生きしている。パズル問題は任せることにした。
「あの! それなら宝箱置かない!?」
そう手をあげたのはオットー・ワトソンだ。冒険者クラブで翡翠とよく組んでいる男子である。彼と同じグループにはやはり冒険者クラブのルーファス・ダフネもいた。
「冒険者クラブらしい発想ね」
これには翡翠もにっこり。宝箱は冒険者の心をくすぐるアイテムだ。
「だろ? 一マス進む、とか、たまに罠だったり」
「本物のお宝が出るのも置こうよ。魔法薬とか、アクセサリーとかさ」
「いいな、それ!」
あっちこっちから飛び出してくる意見をリンダが慌ててメモにまとめている。
それを見たローゼスタは、ふと自分の胸がわくわくしているのに気がついた。
思い返せばクラブの出し物はすでに決められていた。魔法薬クラブは魔法薬販売と薬膳料理、生活快適クラブは快適グッズ、怪奇クラブはお化け屋敷。
なにをやるかを一から決めるのはクラスだけなのだ。みんなで意見を出し合い、議論を交わし、少しずつ歩み寄り気持ちを一つにする。
一体感。
リンダが言っていたのはこの想いだったのだ。自分でできることを考え、助け合って一つのことをやりとげる高揚感。一人ではないという頼もしさ。
同じクラスの仲間だとたしかに思える。私にもできることがあるという思いは自信になる。
目が覚めるような気持ちでローゼスタはクラスを見回した。一年生の中ではローゼスタ・ラインシャフトの成績は抜きんでている。それでも、そんな彼女に負けない特技をクラスメイトは持っていた。好きなものがあった。
普段好き勝手にしている個人主義の魔法使いが力を合わせれば、きっともっと凄いことができる。
学校は、そういうことも含めて学ぶ場だった。
ローゼスタはようやく理解した一体感に身を浸すべく、笑いながら口を開いた。
リリャナの写真や肖像画も残ってます。




