第四帖「秋桜色の道標」
「秋桜色」は、風に揺れるコスモスの花びらのような、可憐でいてどこか寂しげな、透き通るようなピンク色。
城下町が秋の気配に包まれ、水路沿いに、柔らかな風が吹き抜ける昼下がり。藍さんの店を訪れたのは、背筋をすっと伸ばした、どこか高潔な雰囲気を持つ老婦人でした。
彼女は大切そうに、色褪せた古い手紙を一通、机に置きました。
「藍さん……。この手紙の主と、何十年ぶりかで再会することになったのです。でも、今の私には、彼と会うための『勇気』が足りません」
手紙の消印は三十年以上前。かつて、ある事情で引き裂かれた恋人からのものでした。
老婦人は、年齢を重ねた自分に自信が持てず、再会を迷っていました。自分はもう、あの頃のような若々しい花ではないのだと。
藍さんは、窓の外で秋風に吹かれながらも、決して折れずに立ち続けるコスモスを指差しました。
「秋桜は、一見すると弱々しく見えます。けれど、大風が吹けばしなやかに受け流し、倒れてもそこからまた根を張る。その強さこそが、秋桜色の本質なのです」
藍さんは、老婦人のために特別な染料を調合しました。
それは、少女のような幼いピンクではなく、これまでの月日が刻んできた優雅さと、凛とした誇りを混ぜ合わせた「秋桜色」の絹のスカーフでした。
「この色は、単なる可愛らしさではありません。多くの風雨に耐え、それでもなお美しく咲き続けると決めた女性の、『覚悟』の色です」
藍さんが染め上げたその布を首に巻いた瞬間、老婦人の瞳に、かつての少女のような輝きと、大人の女性としての余裕が同時に宿りました。
「藍さん、ありがとう。私、勇気を出して、あの方とお会いしてみることにするわ」
老婦人は、少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうに首元のスカーフを押さえながら言いました。
数日後。
駅のベンチで、一人の老紳士が落ち着かない様子で待っていました。そこへ、秋桜色のスカーフを風になびかせた彼女が現れました。
二人が見つめ合った瞬間、三十年の空白は一気に埋まり、そこにはただ、秋の光に照らされた美しい再会の景色が広がっていました。
「……お変わりありませんね。あの頃よりもずっと、素敵な色になられた」
老紳士の言葉に、彼女は秋桜のような明るい笑顔で応えました。
藍さんは、遠くからその様子を眺め、手元の手帳に一筆書き添えました。
『秋桜色――それは、失われることのない乙女心と、歳月が育てた強さの共演』
秋桜色
特徴: コスモスの花のような、明るく淡い紅。明治以降に広まった比較的新しい和色名です。
象徴: 乙女の真心、調和、謙虚、しなやかな強さ。




