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第二帖「菖蒲色の刃」



菖蒲色あやめいろ」は、初夏を告げる花のように、凛としていながらどこか艶っぽさを含んだ、赤みの強い紫色。



 



 この城下町には、腕はいいものの「心が折れてしまった」と噂される、若き刀鍛冶の職人がいました。


 彼が藍さんの店を訪れたのは、梅雨の走り、湿った風が路地を抜ける日のことでした。


「藍さん……。やいばに、命が宿らないんです」


 彼は、一振りの小刀を差し出しました。造形は完璧で、曇り一つない。けれど、そこには見る者を圧倒するような気迫も、持ち主を護ろうとする温もりも欠けていました。


「今の時代、刀なんて時代遅れかもしれません。でも、誰かの魂を映すような『色』を、僕は鋼の中に閉じ込めたかった……でも、どうしても『強さ』を感じる色合いが出せないでいるのです」


 藍さんはその小刀を手に取ると、店の窓際に置かれた一輪の菖蒲の花を見つめました。


「菖蒲は、昔からその葉の形が刀に似ていることから、武運を祈る花とされてきました。けれど、花びらのこの菖蒲色は、戦うための強さではなく、誰かを想い、自分を律するための『高潔な情熱』の色なのです」


 藍さんは、その小刀を包むための「袱紗ふくさ」を、菖蒲色に染め上げることにしました。それは、ただの紫よりもずっと鮮烈で、それでいて奥底に深い慈愛を感じさせる、燃えるような紫色でした。


 染め上がった菖蒲色の布を小刀に添えた瞬間、不思議なことが起こりました。


 冷たかった鋼の表面に、菖蒲色の光がゆらりと反射し、まるで凍りついていた川が溶け出したかのように、刀が柔らかな鼓動を刻み始めたのです。


「この色は、あなたの迷いを知っています。迷うからこそ、優しくなれる。その優しさこそが、本当の強さなのではありませんか?」


 藍さんの言葉に、職人は目を見開きました。彼は今まで、向かってくるものに対して強く硬くあることばかりを追い求め、誰かを守りたいという「柔らかな、うちに秘めた強さ」を忘れていたことに気づいたのです。


「……菖蒲色。この色のように、凛として、でも温かい。そんな刀を、もう一度打ってみようと思います」


 彼が店を出る時、水路のほとりには本物の菖蒲が咲き誇っていました。


 藍さんは、彼が置いていった古い袱紗を片付けながら、そっと呟きました。


「折れない心とは、しなやかな心のこと。菖蒲が教えてくれたのは、他の人に誇るためのものではない、自分の芯になる力……ですね」


 その鮮やかな菖蒲色は、雨粒を弾きながら、まっすぐに空を指して立っていました。






菖蒲色あやめいろ


特徴: 菖蒲の花のような、赤みの強い鮮やかな紫色。


象徴: 勇気、礼儀、高貴な情熱、厄除け。



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