第六帖「瑠璃紺の星標」
「瑠璃紺」は、深く落ち着いた紺色の中に、宝石の瑠璃のような、艶やかな紫の輝きを秘めた色。
湖畔に吹く風が、ほんの少しだけ夜の冷たさを運んでくるようになりました。
祭りの賑わいも遠ざかり、町全体が深い眠りにつこうとする、季節の変わり目。
その日の夜、藍さんの店を訪れたのは、長い間、異国で旅を続けてきたという放浪の詩人でした。彼の着古した外套は砂埃で汚れ、その瞳は多くの景色を見てきた疲れと、どこにも辿り着けない孤独を宿していました。
「……私はずっと、自分がどこへ向かうべきか、言葉を探してきました。けれど、書けば書くほど、心は夜の暗闇に迷い込んでしまう。かと言って、光の中に身を置いてしまえば、暗がりの中の光を見つけられなくなってしまいます。私は、進むべき道が見えるような、そんな色が欲しいのです」
藍さんは、窓の外に広がる、月の出ている夜空を指差しました。
「夜は、ただ暗いだけではありません。よく見てください。あの空の底にある、透き通った深い青を。あれが瑠璃紺です。暗闇を払い、真実の光を導き出すと言われる、至高の青なのですよ」
藍さんは、夜露を集めて染料を溶かすように、静かに、そして力強く布を染め上げました。
出来上がったのは、深く重厚な紺でありながら、ひとたび光が当たれば、内側から紫色の炎が揺らめくような、神秘的なストールでした。
詩人がその布を首に巻くと、不思議なことが起こりました。
彼の心の中にあった「迷い」という霧が、瑠璃紺の深淵に吸い込まれ、代わりに頭上にある無数の星々が、まるで文字となって彼の脳裏に降り注いできたのです。
「ああ……。闇は、恐れるものではなかった。星の光を一番美しく見せるための、キャンバスだったのですね」
彼の手が、自然とペンを走らせます。
瑠璃紺の布から溢れ出す静かな力が、彼の枯れていた言葉を瑞々しく蘇らせていきました。
彼が綴ったのは、誰かを否定する言葉ではなく、孤独な夜を歩く全ての旅人を導くような、希望の詩でした。
「この色を連れて、また旅に出ます。今度は、自分の迷いを払うためだけではなく、誰かの暗闇を照らすために」
詩人は、瑠璃紺のストールを風になびかせ、夜の帳へと消えていきました。
その姿は、まるで夜空そのものを纏って歩いているかのようで、彼の通り過ぎたあとには、微かな星屑の香りが残っていました。
藍さんは、店を閉める前に、最後にもう一度夜空を見上げました。
「瑠璃紺……。深い闇を知る人だけが、本当の光を紡げるのですね」
瑠璃紺
特徴: 紺色に瑠璃色を帯びた、深みのある青。仏教の世界では極楽浄土の地面の色ともされ、至高の聖なる色とされる。
象徴: 崇高、静謐、真実、進むべき道を照らす光。




