第26話 算数のテンピー
スピナ草原からパフディ村へ戻った私は、次は海を目指すことにした。
最初に目を覚ましたのはパフディとクラフトロットが住む森林・山岳地帯ミッドウッズ。
パフディ語ではなく、先に大陸ダンジョンにやってきた理王氏がつけた地域名となる。
ミッドウッズを西に抜けるとスピナ草原が広がって、さらに西には山脈。
山脈の向こうにはスカラベ型が居た砂漠地帯があると見られる。
ミッドウッズを北に抜けると入江がある。
パファンたちによると、太平洋大龍が主に飛んでいるのも、この入江のあたり。
東京からの調査も残念ながら捗々しくないようなので、次はこの入江を探ってみることにした。
大陸ダンジョンと太平洋の両方で確認されている太平洋大龍の観察、観測を行うことで進入・脱出ルートを探る方向である。
パフディ村から入江までの距離は推定50キロ強。
フルマラソンより少し遠い程度。無理な距離ではないが、まっすぐの道路が整備されているわけではなく、モンスターや大型生物の遭遇リスクもある。
入念に準備を整えて出発することにした。
スピナ草原でも見かけた巨大鹿ツノユキバケロスの群れや、全身から蒸気を出すアカツチグマ、超広域に巣を張り巡らせる群生蜘蛛ペタ・チュチュといった危険生物と遭遇、迂回したり、川や池で釣りをしたりしながら慎重に進み、4日がかりで海辺へと出た。
「ぽふ!」
「ちく」
「がぼ」
初めて見る海にパファン、そしてネイと長老クラフトロットがそれぞれに声をあげた。
ネイは未知の海岸域に向かう『りゅみ』の用心棒として、長老クラフトロットは特に名分はないがなんとなく勝手についてきたようである。
海の色はエメラルドグリーン。
調査対象である太平洋大龍の姿は今日のところ見当たらないが、ガボガと空撮係のニジイロクワガタに周辺の映像を記録、配信してもらう。
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@AKILAB
やっぱり閉鎖空間になってるみたい
魔素断層に取り囲まれてる
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魔素の影響で発生する空間の断絶面。
周囲の空間が歪み、どこまで接近しても永遠に触れられず、通り抜けられない無限の壁。
近づこうとする様子を外部から見るとトレッドミルに乗ったランナーのように前進動作だけしている格好となる。
なお、現在大陸ダンジョンを照らしている太陽だが、位置やサイズ、黒点を観測した結果。地球を照らしている太陽と同一であることが判明した。
月や星座なども同様である。
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@AKILAB
過去や未来にしてはこちらと同じすぎる。
@SAPM_Echizen
並行世界ということでしょうか
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SAPMというのはSpecial Advisor to the Prime Minister。
総理補佐官の略である。
エチゼン氏は大陸ダンジョンへの対応の為に結成されたプロジェクトチームのリーダー。
大陸ダンジョンの情報を千川家、ひいては帝海グループが独占するのは好ましくないということで身内向け配信にも参加することになった。
名前はエチゼンクラゲ、というのもなくはないが、本名が大岡、というのが大きいらしい。
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@MIB/Shiomaneki
そういう学説もあるようですが
今のところはなんとも言えませんね
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魔素断層に向かって飛んだニジイロクワガタが、やはり空中で魔素断層に引っかかってストップした。
一応羽根は動かしているのだが、座標は全く動いていない。
高度を上げても超えるのは無理なようだ。
そんな様子を眺めていると、水中から巨大な触手が突き出し、ニジイロクワガタに襲いかかった。
「ぽふ!」
「がぼ!」
パファンと長老が声をあげる。
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@MIB/Koika
クラーケン!
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過去一度、若狭湾上に現れて大騒ぎになった超巨大水棲モンスター。
私が生まれる前の話になるが、祖父と祖母、母を中心とする千川流門下生が500人がかりで死闘を繰り広げて討伐をしたそうだ。
ニジイロクワガタは、イカに似た触腕の一撃を素早くかわして高度を上げる。
水中の怪物の影をカメラに捉えた。
推定200メートルの巨影。
若狭湾クラーケンは150メートルという話だったので観測上最大クラスだろうか。
ニジイロクワガタが距離を取ると、ゆらりと水底に姿を消して行く。
「ちょむ、ぽよ?」
パファンがぽふりとこちらを見た。
「ぷる。ぷい、ちょむ」
人間が釣れる生き物ではないだろう。
代わりに普通に釣り糸を垂れて見ることにした。
岩場を探って捕まえたゴカイを餌にして、釣り糸を垂らす。
「がぼ」
「ぽふ」
長老、パファンもクラフトロット製の釣り糸を垂らすと、キスやカレイ系の魚、普通のイカなどが釣れた。
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@SAPM_Echizen
美しい自然に潤沢な生物資源
許されるならそっとしておきたいものですね
@Mr.Innocent
まったくですな
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首相補佐官に開発業者。
肩書に似合わないセリフに感じるのは偏見だろうか。
釣り上げた海産物をさばき、焚き火とホットプレートで調理をしていると、別行動を取っていたネイが走って戻ってきた。
「ちく」
悪いがちょっと来てくれ、と言うニュアンスだろう。
火の始末があるので調理を一段落させてからネイについていくと、不審な建物が見えてきた。
石組みで作られた、中世風の建造物。
サイズはコンビニくらいだろうか、パフディ族やクラフトロットたちの住居に比べると異様に大きい。
近くには木組みの見張り台が置かれていて、純白のローブのような衣装を着たグラッドリングがひとり、望遠鏡のようなものを構えて海を見ていた。
「ぐらどりゅん!」
パファンが警戒の声をあげたが、どうも様子がおかしい。
パフディ村の吊り橋で落ちていったグラッドリングに比べるとなんだか文化的、知性的な雰囲気がある。
ローブを白衣のように着こなしている上、メガネまでかけている。
グラッドリングとは似て非なる異種族なのかも知れない。
スマホの望遠機能を使って様子を伺うと、もうひとつ、妙なものがあった。
建物に、木製の看板がかかっていて、こう書いてある。
理王軍 魔素断層・太平洋大龍観測所
日本語で。
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@一竿斎
理王軍?
@MIB/Hitode
魔王軍的な?
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「理王科虎の理王のことだと思うけれど……」
軍というのがさすがに引っかかる。
パフディ村を出ていったあと、軍隊でも組織したということなのだろうか。
よくわからないので、直接話を聞きに行ってみることにする。
魔素断層・太平洋大龍観測所などという看板の建物で、望遠鏡を構えているのだから、相当に知的レベルの高いグラッドリングなのだろう。
パフディたちと同様に対話ができる可能性が高い。
気配から見て、観測所にいるグラッドリングは白衣のグラッドリングだけのようだ。
「ぽぽ。ぴょ」
足を踏み出し、まっすぐ観測所に近づいていく。
パファン、長老、ネイ、ガボガもついてきているのだが、望遠鏡での観察活動に夢中なのか、白衣のグラッドリングは見張り台の足元まで来てもこちらの接近には気づかなかった。
仕方がないので声をかけてみる。
「こんにちは」
漢字の看板をかけてあったので、試しに日本語で。
それでようやくこちらに気づいたらしい。
怪訝そうにこちらの顔を向けた白衣のグラッドリングは、ギャッと声をあげて飛び上がり、ついでに望遠鏡を放り投げた。
やはり望遠鏡は貴重品だったのだろう。
慌てて望遠鏡に向かってダイブ。空中でキャッチに成功したものの、「ギャアアアアア」と声をあげて砂浜へと落下していく。
「ちく」
やれやれ、といいたげに動いたネイが落下点に走り込んで受け止めた。
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@一竿斎
なんだこのイケネズミは
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そのまま地面に降ろされた白衣のグラッドリングは私やカボガの姿を見ると再びギャッと声をあげて後ずさった後、なにかを取り繕うようにギャッフンと咳払いをして……。
「ギャギャギャギャギャギャギャギャ」
グラッドリング語。
いきなり日本語で喋り出すとかそういう展開はなかったらしい。
グラッドリング語がわかるのが現状ガボガたちだけである。
ガボガ、パファン経由で翻訳をしてもらったところによると。
「理王軍四天王、算数のテンピー」
とのことである。
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@SAPM_Echizen
四天王……
@MIB/Umiushi
算数の点P……
@一竿斎
国語のなんとかとか社会のなんとかとかもいるのか…?
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コメント欄に微妙な雰囲気が広がっていく。
理王というのはシンプルにリオーと言う名の人間で、20年ほど前に砂漠域にあるグラッドリングの領域にやってきて、戦乱を収め、理を司る王の軍勢、理王軍を結成。
各地でオルド文明遺産の研究や、グラッドリングやクラフトロットなどといった先住種族の啓蒙、文明化活動などを行っているとのことだった。
(レベル0のすい シーズン1 終わり)
(・▴・)ぽふ
キリが良いのは前回だったのですが、10万字への文字数調整もありまして、ここでクリフハンガーをかけつつシーズン1終了とさせていただきます。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
シーズン2については、なにか釣って面白そうなものが思い浮かんだらスタートとさせていただきます。




