第25話 走り回るのが礼儀
魔素沈殿核を処理し、ミズチクは鎮圧、トブ・ガラたちも適正量を残して送還。
スピナ草原に平和が訪れ、スピナ・ミルの集落の池に移して魔素抜き、泥抜きをした『S』が残った。
食用できるところまで魔素と泥は抜けたが、スピナ・ミルたちに魚食の習慣はないので、私がさばくことにした。
ただし、料理は得意というほどでもない。
初見の魚をいきなり捌くというのはなかなかのチャレンジだが、魔素生物の調理が得意で、自前で魔素生物の釣りと料理のチャンネルを持っている兄と、ダンジョン生物に詳しいエボシ氏の指示を受けつつ解体を進めていく。
『S』を調理する様子をガボガに映してもらって配信しつつ、ガボガが空中に投影したホログラム状の兄の動画を見て調理をしていくスタイルである。
いつの間にかガボガが随分高機能なことを始めている。
スマホが壊れてしまうと外界との通信手段がなくなってしまう。私の精神の安定に悪影響であると判断したガボガ、A-Phone20に出入りする魔素通信情報を分析し、チューチューブへのアクセス方法を割り出したらしい。
ダンジョン用スマホの魔素通信システムは元々オルド文明の古代通信情報端末をリバースエンジニアリングしたものなので、ガボガたちの通信システムとの親和性が高かったようだ。
それにしても恐ろしいことをする、オルド脅威のテクノロジー、などと関係者も視聴者も戦慄気味だった。
ホログラムに写っているのは一釣り一竿斎こと兄千川友優の手元映像である。今は祖父の馴染みの白椿閣というホテルの厨房を借りて配信を行っていた。
料亭を併設し、魔素食材のストックを潤沢に持っているホテルなので、『S』の調理の参考になりそうな食材を用立てやすいそうである。
こちらの調理場はスピナ・ミル村の井戸近く、ネイを始めとするスピナ・ミルたちが物珍しそうに画面を見上げていた。
パファンのほうは何度か動画を見ているので、兄の声も覚えていたらしい。
「ぽふぽふ!」
妙に得意げな声をあげていた。
どうにか『S』を三枚におろした。
「これでいい?」
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@野良探索者A
なかなかワイルド
@料理は劣情
まぁそこまで完璧超人ではなかったか
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だいたいそんな評価だった。
「結構脂が乗ってるな。そのまま塩だけで焼いてみてくれ。すみません、何か似た感じの魚ってありますか?」
顔見知りの板長の大文字氏に声をかけた兄は一本のスズキを受け取ると、慣れた手つきでフィレの部分を切り分けていく。
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@飲食バイト
他所様の板場で自由だ
@予約の取れない客
勝手知ったる他人の板場
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「白椿閣さんの厨房には学生の頃時々出入りしていたそうです」
元々は祖父のコネになるが、一人で釣り上げた魔素食材の調理や扱いに困ると持ち込んで調理してもらったり、買い取ってもらったりしていて、白椿閣側からも一目置かれる存在になっていた。
「だいたいこんなサイズ感かな」
「わかった」
兄に倣って『S』を小さなステーキ大に切り分けて塩をし、ホットプレートで焼いていく。
エレファスゾウカブトタイプのお腹に積んであったキャンプ道具のひとつで、魔素を利用して加熱もできる。
オルド文明人用なので、お好み焼き屋やもんじゃ焼き屋の鉄板を思わせるサイズ感である。
岩塩を軽く振っただけだけれど、バターに似た濃い脂の匂いが漂って来る。
「ちむ《おいしそう》!」
パファンが興奮気味の声をあげる。
魚食文化のないタイプのスピナ・ミルたちも食欲を刺激されたのか「ちく」と小さな声をあげた。
クラフトロット製の菜箸でつついてみると、ほろりと身が崩れる。
フォークとナイフを出して切って食べてみると。
「バターの効いたムニエルみたい」
塩しかしてないのだが、動物性脂肪を思わせる独特の旨味がある。
「魔素生物によくあるやつだな。筋繊維が再配列して魚が牛肉みたいになったりすることもあるが」
「今回はそこまでは行っていないみたいね」
魚料理の枠組みを出るところまでは行っていないだろう。
「ぽふ」
興味深げに覗き込んでくるパファンの嘴に、『S』の塩焼きをくわえさせる。
「ぽふぽふはふはふ……」
と『S』のソテーを飲み込んだパファンが「ぴま(おいしい)!」と元気な声をあげた。
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@MIB/Umiushi
パファンちゃんが今日も尊い……。
@羽毛崇拝者
ぽふに感謝を
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「基本塩焼きにしとけば問題ないか。味噌とかはねぇわけだし。あと使えるのはなんだっけ」
「木の実と野草、あとはキノコ。トウモロコシの粉?」
「トウモロコシ?」
「スピナモロコシというか、こういうもの」
分けてもらった現物を画面に映す。
日本で食用にしているトウモロコシの半分くらいの大きさで、ヒゲの部分が異様に大きい。
スピナ草原に自生する植物で主にヒゲの部分が繊維として利用されているが、穀物部分も粉にしたり、ポップコーンにしたりして活用されているらしい。
参考に粉のほうも見せてみると兄は「……トルティーヤが焼けるか?」と呟いた。
「なんだったかしら」
「タコスの外に巻くやつだな。地域にもよるがトウモロコシの粉で作れる……すみません、マサ粉なんてさすがに……ああ、ありますか」
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@pancake_life
あるんかい
@老舗の一人息子
料亭に何故マサ粉が
@初心者マーク
マサ粉isなに?
@okome_dayo
トウモロコシの粉
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視聴者もやや困惑するなか、登場するマサ粉。
兄はそれをボールに入れて塩を混ぜ、こね始める。
こちらもそれに合わせてスピナモロコシの粉に塩を混ぜる。
ボールはクラフトロット製の木製品である。
「水は一気には入れない、少しずつ」
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@nin_nin
めもめも
@宇宙猫なう
事故動画だと思ったら
釣り動画になって
飯テロかと思ったら
お料理教室が始まったでござる
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捏ね終わったらしばらく時間を置く。
その間に『S』の塩焼きを追加、さらに、野草やキノコも焼いておく。
ミニトマト風の果実とパファンが採取した山椒系の木の実を使って簡単なソースを作る。
魚料理はともかく他の食材は普通にスピナ・ミルたちも口にするラインナップになる。
「ちく」
「ちく」
興味深げな様子で覗き込んでくる。
そのあたりで生地を出し、まな板と麺棒で薄く伸ばしていく。
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@元グリーンベレー
そのまな板と麺棒はどこから
@DIYおじさん
信頼と実績のクラフトロット製の模様
@木工芸マニア
クラフトロット脅威の木工技術
@現実捨てました
どうも全体的にオレたちの常識や認識が通用しないなここ
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丸く伸ばした生地を鉄板で焼いていく。
「縁が反ったら裏返す」
兄の指示に従って焼き上げたスピナモロコシのトルティーヤに野草とキノコ『S』の塩焼きを乗せ、ミニトマト風果実の辛口ソースを掛ける。
「ぽふ……」
半分に切ってパファンに渡して一緒に味見。
「ぷる《からい》! ちむ《おいしい》!」
香辛料は少なめ、甘口チリソースくらいのつもりだったのだが、パファンにはそれでも刺激が強かったようだ。
「ちく」
スピナ・ミルたちは興味深そうに、しかしやや腰が引けた様子でこちらを観察している。
「ぽふたん。ぴま ぷり。ちょむ」
敢えてミズチクは挟まずに、野草とキノコだけを乗せたトルティーヤを勧めると、スピナ・ミルたちはたくさんの小さなイモムシを揚げ焼きにしてスピナ・ミル式タコスを仕上げて口に運んだ。
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@なんだこれ
かわいいハリネズミ獣人たちが作る
フライドイモムシタコス……。
@事故かと思った
ひぇ……
@混乱中
遠目にはシュリンプっぽく見えなくもないが……。
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「ちく」
最初のスピナ・ミルがタコスを口に運び……全身の棘をピンと立てた。
かと思うと、「ちくーっ!」と声をあげて草原へと走り去って行ったかと思うと、そのまま砂煙を立ててUターンし戻って来た。
手にはイモムシタコスを持ったままである。
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@鰺王
美味いぞダッシュ?
@辛党のプロ
辛かっただけじゃね?
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雰囲気的には後者のような気がする。
涙目で辛口料理を見下ろしたスピナ・ミルはそこから再びミズチクタコスにかじりつき。
「ちくーっ!」
また悲鳴を上げて走り回っていった。
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@魂のログアウト
なんでまた喰った
@平成の亡霊
不味くはなかった?
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そんな疑問の声を受けつつ戻って来たスピナ・ミルは再度またタコスにかじりついて走り出して行く。
他のスピナ・ミルたちもタコスをかじりーー。
「ちく!」
「ちくっ!」
「ちくちくちくちくちくちくちくちく!」
次々とあちこちに走り去っては戻りつつタコスを平らげていく。
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@ピンボール世代
なんだこれ
@MIB/Ebosi
もしかすると、走り回ることが
「美味しい」という表現なのかも
しれませんね
@解釈の不一致
なるほど
@IRK
やかましい表現形態だなぁ
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エボシ氏の仮説は概ね正しいようで、新しく焼いたタコスを受けとり、口に運んだスピナ・ミルたちはそれぞれにあちこちに走り去っては戻ってくるを繰り返しながら、タコスを平らげていった。
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@ゲーセン店員
ピンボールみたいになってる
@かわむしさん
走り回りながら喰うのが称賛とは
異文化だなぁ
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試しに揚げ焼きイモムシを一匹だけもらってかじってみる。
「ガーリックシュリンプ?」
そのものではないが雰囲気的には近いかも知れない。
本格的に食べる気にはなれなかったが、スピナ・ミルたちがどういうものを美味しいと感じるのかは、少しわかった気がした。
「ちく」
「ぽふ」
「ちく、みずちく」
最後にやってきたネイは、イモムシの持ち込みはなし、クールな態度でミズチクタコスを受け取り、かじると「ちく」とだけ言って去っていった。
「ぽふ!」
ちくちく語はよくわからないが、パファンの雰囲気を見る限り「悪くはない」とでも言ったのだろう。
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@推ししか勝たん
やだこのイケネズミ。
@人外萌え
きゅん
@限界オタク
本気かおまえら
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コメント欄が変な盛り上がりを見せ、スピナ草原での騒動はまずは一件落着となった。
(・▴・)ぽふ
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