第9話 遠い存在だった幼馴染に思い耽る中毒患者
羽崎梓乃李はその晩、ベッドに寝転がってぼーっとその日の事を振り返っていた。
梓乃李にとって、豊野響太という幼馴染は得体のしれない存在だった。
というのも、当然である。
園児の時からまるで大人かのように落ち着いた気性の持ち主であり、工作でも楽器演奏でも遊戯でも勉強でもスポーツでも、同年代の子達とは異質な活躍を見せていたのだから。
そんな彼は、常にみんなの注目の的だった。
そして梓乃李自身も、響太に興味津々だった。
『きょーたくんは、なんでそんなに凄いの?』
幼稚園年長の時、梓乃李は響太に聞いた。
休み時間にブランコを漕いでいた時である。
上手く漕げなくて半べそをかいていた梓乃李の横で、彼は飄々と立ち漕ぎをしていた。
聞くと響太は冷めたトーンで言った。
『なんでだろうな。こうなってる理由は俺にもわからん。……でも多分、十年くらい経ったら君も俺と変わらなくなってると思うよ』
『……ブランコ、漕げるようになる?』
『多分』
『でもわたし、今がいい。今漕ぎたい!』
『……はぁ』
わがままを言うと、響太は降りて自分の後ろに回った。
そのまま、梓乃李の背中を押す。
『わ、わぁ!』
『お前が今漕ぎたいって言ったんだろうが。慣れろ、まずは動く感覚を肌で感じて覚えるんだよ』
『……えへへ、楽しい』
当時の梓乃李には理解できなかった。
だけど明確に、自分が響太に優しく遊んでもらっているという感覚だけはあった。
そしてそれから月日が流れた今日。
梓乃李は呟く。
「まぁ確かに、十年経ったら普通の人になったって感じはあるかも」
昔彼に見た特異性は感じにくくなった。
成績は相変わらず良いけど、ずば抜けているわけじゃない。
ただ単に早熟だったのだと、梓乃李は思った。
昔から孤立しがちだったのも、年を追うごとに『レベルが違うから一人で過ごしているのかな?』から『ただ陰キャ気質なだけか』と認識を改めていた。
そんな彼が、最近何故か絡んでくるようになった。
最初は意味が分からなかった。
自分へのいじめに加担している一味なのかと錯覚したくらいである。
でも彼は、ただ単に自分を案じてくれているだけだった。
「私になんか興味ないと思ってたのに」
幼少期に何度も話しかけたが、その時は素っ気なく躱されるか面倒くさそうに相手されるだけだった。
だからそんな彼に自分が認められて、幼馴染として意識されていることも知って涙が出そうだった。
いや、嘘だ。
話しかけられた日、休み時間にひそかに泣いた。
嬉し過ぎて、胸が張り裂けそうだったから。
そして極めつけは今日の出来事だ。
まだ耳に『俺の幼馴染に大層な事をやってくれたな』という響太の言葉がこびりついている。
「はぁ……、私、変なの」
最近では意識すらしていなかった幼馴染。
ほぼ背景と同化していたレベルの男子の事を、どうしてこんなに考えてしまうんだろう。
ここ最近はずっと暁斗の事ばかり考えていたのに。
「……映画なんて行くわけないじゃん。馬鹿でしょ絶対。……でもその空気読まないとこが良いんだけど」
暁斗は梓乃李が落ち込んでいたのを見て、励まそうと映画に誘った。
だが梓乃李はそんな気分じゃなかったし、断った。
結局、そのまま一人で筆箱を探していたのだ。
そして、響太と会った。
「……おかしいな、豊野君の事ばっかり考えてる」
いつの間にか名字呼びになった幼馴染。
住む世界が違うんだと思って、小学校低学年くらいの時に距離を置いた幼馴染。
そんな彼の、決してイケメンではない顔ばかりが思い浮かぶ。
先程のメッセージのやり取りの画面を見て、さらにドキドキした。
梓乃李は荒い息を漏らす。
「うぅ、はぁぁ……。っていうか、あれ、私の事が好きって事でいいのかな」
響太の言葉を思い出し、梓乃李は悩んだ。
『羽崎の、楽しそうな顔の方が好きだから』――なんて、告白よりも恥ずかしい言葉である。
「もうわけわかんないよ、お――ッ」
梓乃李は小さく声を漏らし、息を整えた。
そのまま赤い顔を隠すように布団をかぶる。
「明日から、どんな顔して会えばいいんだろ」
最後に、そんな言葉を漏らしてから目を閉じた。
……。
ちなみにこの間、梓乃李がずっと自身の胸を揉みしだきながら自慰に耽っていたことを知る者はいない。
いや、あるいは『さくちる』のプレイヤーなら想像できたかもしれない。
何を隠そう、彼女は原作ファンの間では言わずと知れた自慰中毒患者なのだから――。




