第22話 次なるイベントに備えて
少し時間が経った後、桜花は父の帰還に合わせてとんでもないスピードで帰って行った。
余程家が恋しいらしい。
少々複雑だったが、ハッピーエンドで終わってよかったのだ。
とにもかくにも、嵐のような女だった。
「はぁ……心臓止まるかと思った」
色々思うところはあるが、真っ先に出てくる言葉はそれだった。
まさか、最推しヒロインと二人で過ごせる日が来るとは思わなかった。
いやわかってる。
勿論そんな事を言っている場合じゃない。
前に掲げた宣言を撤回する気はないし、ヒロインとは今後も過度に関わらない。
それは揺ぎ無い覚悟だ。
でもちょっとくらい、余韻に浸りたくもなる。
扱いは酷かったが、あのわがままさが良い。
アレでいて頭は良いし、言葉の端々に打算と甘えが垣間見えるあの話し口。
癖なんだよ、そういう二面性ヒロインが!
一応はっきり言っておくが、ここで言う二面性ヒロインってのはナチュラルに見えて実は病み系メンヘラ~とか、他人には無関心だが自分にだけ粘着過干渉~とか、癒し系と思わせて実は舌打ち暴言厨~とか、そういうヒロインの話ではない。
それだけは全力で否定させてもらう。
とまぁ、俺の癖の話はここまでにして。
桜花の家事情は少々複雑で、今は父親と二人で暮らしている。
まさかこの物件とは思わなかったが、一応その辺の設定はゲーム時に把握していた。
ちなみに何故か部屋番号は教えてもらえなかった。
俺だけ住所が割れるのは不公平である。
大きくため息を吐き、コーヒーに口を付ける俺。
結局、今日だけで四ヒロイン全員と関係が出来てしまった。
最初は誰とも絡まずに、ひそかに梓乃李と暁斗の関係を応援しようと思っていたはずなのに……。
気づけば真逆の生活を送ってしまっている。
「豊野……お前って、実は裏の超中心人物だったりする?」
虚空に向かって問いかけてみたが、答えはない。
ここまで色んな人間と関わる羽目になると、嫌でも考えてしまう。
元々、豊野響太というモブは、原作外ではかなり主人公やヒロイン達と接点のあるキャラクターだったのではないのだろうか。
それが、暁斗のラブコメという角度からは大した要素ではなかったから描かれなかっただけかもしれない。
だってそうだろ?
俺の行動だけが原因で、四ヒロイン全員と関係を持ってしまっているとは考えづらいのだ。
梓乃李との距離感は俺のせいだ。
断言する。
葵子だって、俺が暁斗に近づく羽目になった副産物だ。
だがしかし、雪海と桜花に関しては俺の行動なんて関係なかったように思う。
俺が梓乃李を救わなかったとしても掃除係は回って来たし、今日桜花がマンションから締め出される事件も発生していたわけで。
しかも冷静に考えてみろ。
なんでただのモブがヒロインの飛び降りに巻き込まれるんだ?
やっぱり、裏でそれ相応の関係値があったと考えるのが普通なわけだ。
すると今度は豊野響太という人物への謎が深まるわけで。
コイツの本来のロールが分からない以上、俺は自分の身の振り方を客観的に採点する事すらできないのだ。
そう言えば前に、梓乃李との関係値が深まる事で考えられる色んな可能性が頭の中で連想された。
心中だとして、それはかなり仲が深くないと不自然な死だ。
そして豊野響太という存在が、第二の彼氏候補であるという仮説についてである。
もし仮に、『さくちる』の梓乃李ルート以外の世界線において、豊野響太が暁斗に成り代わり、梓乃李の彼氏ポジションに立っていたのだとしたら。
これらの謎がかなり解決に近づく。
要するに、暁斗が梓乃李と付き合わない世界では、本来豊野響太が梓乃李の彼氏になっていたという可能性だ。
だとすると、なんだ。
俺がアイツと付き合わなければ死を回避できる?
……となると、また前提から変わってくるような気が。
あぁもう、わけわかんねえ。
考えれば考えるだけこんがらがってくる。
「とりあえず、次の予定を整理しておくか」
頻繁に鳴ってうるさいスマホを一瞬見て、俺は通知を切る。
どうやら今日遊んだグループのチャットが賑やかなようだ。
でも俺は今それどころではない。
仮説よりも、まずは確実なシナリオによる生存を目指そう。
先程の白城桜花は登場イベントが来月だから一旦さて置き、まずは目下のイベントについて対策を講じる。
5月7日の水曜日。
つまり明日。
原作で七ヶ条雪海とのイベントがついに起こる日だ。
ゴールデンウィーク明けという区切りのタイミングであり、俺の記憶にも残っていた。
明日、ついに暁斗と雪海が初接触する。
今のところ暁斗と雪海は会話すらしたことがないはずだから、ここが全ての起点になるのだ。
要注意しなければいけない。
加えてそこから起こる予定のイベントを、俺は書き足していった。
「……どうしたもんかな」
七ヶ条雪海という女に関して、俺はこの身をもってその性格を知ることになった。
その上で思うが、正直梓乃李以上に難易度が高い。
そして主人公はあの暁斗だ。
最初のわかりやすいデートの誘いすら、葵子達と遊ぶから~なんて言って断っていた超絶鈍感野郎である。
そいつが雪海とのコミュニケーションで、最適解を引き続けられるとはどうしても思えない。
しかも、現状の梓乃李からの暁斗への興味関心度は正直低い。
なんなら俺に絡んでくることの方が多いレベルだ。
俺の介入のせいで、一番危惧していた事故が起きている。
だから、もし雪海のイベントをクリアできたとしても、梓乃李がそれを見て『須賀君は七ヶ条先輩が好きなんだ。ふーん、もうどうでもいいや』とならない保証はない。
いや、むしろそうなる気しかしない。
ここから先はまた暁斗頼みの展開が続きそうだ。
そしてまた、アイツがミスる度に俺が暗躍して好感度を弄らなければならない。
「ノーマルエンドは共通ルートはクリアしたものの、ヒロインとのフラグを全回収できてなかった世界線。バッドエンドは、そもそも共通ルートで全てのヒロインの問題を解決できなかった世界線」
最初に言ったが、『さくちる』の分岐エンドは三つ。
問題は解決したが、誰の好感度も上がり切らずにどのヒロインとも付き合えないノーマルエンド。
次に、問題すら解決できずに全ヒロインが闇堕ちするバッドエンド。
そして最後に、共通ルートで全ヒロインの好感度を上げ切り、いずれかのヒロインのルートに入った先の、幸せな個別エンド。
果たしてこのまま行くと、どの世界線になるのだろうか。
今のところ、解決したのが暁斗ではなく俺に成り代わっているとは言え、恐らく梓乃李の事件はクリア判定だろう。
となると、やはり気は抜けない。
ここからも生死が隣り合わせな作戦を強いられるわけだ。
最近の平穏だった日々が、崩れ去る。
一息つくため、もう一口コーヒーを啜った。
と、そこで俺はふと思う。
――なんで俺、前世でプレイしたゲームの記憶がこんなに残ってるんだろう。
記憶力は良い方ではあるが、流石に覚え過ぎな気がする。
前世という事は、最低でも17年以上は昔の記憶だ。
何故それがほぼ抜け落ちることもなく、俺の頭に保管されているのだろうか。
考え、一つの結論に至る。
「そうか。転生してからの人生が流しゲー過ぎて、他に記憶するものすらなかったのか」
友達もいない、新鮮な体験もしない、思い出も残らない。
必然的に、脳の記憶メモリーに余裕ができていたのだろう。
我ながら惨め過ぎる解答に涙が滲む。
「よし決めた。絶対に梓乃李を守り切って、俺も死の恐怖から解放された幸せな人生を送るんだ」
明日のイベントに思いを馳せながら、俺はベッドに入った。




