第20話 破滅ヒロインの本命と違和感
「羽崎さんさ、豊野の事マジなん?」
梓乃李がカップの中から響太に熱い視線を送っていると、そこに右治谷が苦笑しながらツッコんだ。
今は六人を三組のペアで分けてコーヒーカップに乗っているのだが、梓乃李は右治谷と同乗することになっていた。
じゃんけんで分けたとは言え、不満の梓乃李。
しかし、右治谷に言われてハッと佇まいを直す。
「そ、そんなわけないじゃん」
「いや、妬ましそうに柊の事睨んでるから」
「だから、そういうのじゃないって。別に柊さんの事は見てないし」
「お、じゃあやっぱり豊野か」
「……私はただあの人が何を考えてるか、よくわからないだけ」
断固として響太への好意は認めず、梓乃李はそう答えた。
と、右治谷はそれを受けて笑う。
「なーんかその嘆き、アイツの口からも聞いたような」
「っ!? なにそれ詳しく!」
「食い付き凄いな。でもま、オレの口からは控えとくぜ。伝えられるのはアイツも羽崎さんのこと考えてるって事だけだな」
「……なにそれ」
周りがくるくる回って楽しんでいる中、梓乃李たちのカップだけはスピンもせずに雑談の場所と化している。
異様な光景だ。
「でも別にアイツはただいつも、羽崎さんと暁斗をくっ付けようとしてるだけじゃね?」
「それが意味わからないって言ってるんだけど」
梓乃李だって気付いている。
というか何回も本人に言われていた。
暁斗と付き合った方が幸せだとか、なんだとか。
それがずっと胸の中でつっかえて、もやもやしている。
それを受けて右治谷は苦笑しながら後頭部を掻いた。
「アイツは羽崎さんと暁斗が良い感じだって、そう信じてるから。多分深く考えなくても、純粋な善意だよ。アレだ、幸せを願ってるだけ」
「……幸せを願う、か」
つい先週、一緒に下校した時に本人に言われた言葉だ。
だけど梓乃李自身は、その言葉があまり上手く理解できなかった。
だって既に、自分の中では暁斗よりも響太の方が……。
考えていると猛烈に恥ずかしくなり、首を振る梓乃李。
彼女は外の景色を見ようと視線を彷徨わせ、そのまますぐにさっきまで見ていたカップに視線を戻した。
そこには『とよちん』などとあだ名で呼ばれて鼻の下を伸ばす、女好きのムカつく面がある。
「……また女の子にデレデレしてる」
「まぁアイツも男だからなー」
「節操無しなんだよ。柊さんとは勿論、七ヶ条先輩とも仲良さそうだしさ。さっきなんか、今日初対面の喜嶋さんの事も『あおさん』とか、あだ名で呼んでたし」
「それに加えて羽崎さんにも手を出してるもんな。あぁ、許せねぇ!」
「うんうん……って私は別にそんなんじゃないから」
頷きかけたが、即座に否定する梓乃李。
自分が響太の数多い女友達の一人に分類されるのは、なんだか嫌だったのだ。
ムッと膨れている梓乃李に、右治谷はゲラゲラ笑う。
「あー、こりゃ爆弾だぜ。豊野もえらいところに手を出しちまったな」
「何?」
「こっちの話。っていうか暁斗の事はもういいのかよ? 前は結構仲良かったろ」
「……別に今でも仲は良いけど」
梓乃李にとって、暁斗はたった一筋の光だった。
いじめられて、同性からは無視される日々。
それこそ季沙は前も、話しかけた時は世間話くらいはしてくれていたけど、そういう子は数人だった。
男子からも距離を置かれていたし、孤独だった。
そんな中、暁斗だけが自分に向き合って存在を認めてくれていた。
だから、常に意識してしまっていたのである。
だけど変わった。
響太が絡んでくるようになって、梓乃李の世界にもう一つの光が差し込んだ。
しかもそれは、幼少期から見知った光で。
さらにその光が、ついに自分の闇まで完全に祓ってくれて。
梓乃李の中の大きな存在は、完全に入れ替わってしまったのだ。
ただ、梓乃李は考える。
――あの人にとって、私って何なんだろう。
幼馴染? 女友達? それとも……。
色々考えるけど、どれもピンとこない。
最近はすっかり家でもやり取りする仲になったし、二人で休日に遊んだこともある。
正直、梓乃李はそれなりに気合を入れて臨んだ予定だ。
響太も服装は褒めてくれたし、欲しかった言葉をくれたように思う。
だけど、響かない。
どこか芯がない。
隣にいるのに、何故か心がそこにあるようには思えなかった。
デートと冗談めかして言った時もそうだ。
毎回さりげなく壁を作られて逃げられる。
暁斗との仲を応援していると思えばそれまでだが、少々腑に落ちなかった。
「……ずっと何か変」
高校に上がってからじゃない。
幼稚園の頃から、変だった。
かなりの早熟型だったし、見える世界が自分と違うのは当たり前だ。
でも果たして、本当にそれだけなんだろうか。
――いつかあの人の、あっと驚く顔が見て見たいな。
彼の素顔が見たい。
梓乃李は何となく、そう思うようになっていた。
――もし本当に須賀君と付き合ったら、あの人はどんな反応をするんだろう。
実際、暁斗は良い奴だと梓乃李も認識している。
好きか嫌いかで言ったら、好きだ。
でも付き合いたいかと聞かれると、首を傾げざるを得ない。
優しいし困ったときは力になってくれるけど、いざという時に力になる男子と言うと、どうしても別の顔が浮かび上がってくる。
梓乃李はそこで、季沙と仲良く話している響太の横顔を眺めた。
楽しそうだ。
見ていると胸が苦しくなってくる。
普段の日課のせいか、下腹部が無性に苛立ってきた。
つい手を持っていこうとして、今自分が外にいる事を思い出す。
赤い顔を右治谷に悟られないよう、俯いた。
――やっぱり私、変だ。
前から性欲の強さは自覚していたが、それにしたって最近は異常である。
やはりこの間、響太がいじめを止めてくれたのが響いているのだと梓乃李は思った。
そしてそれが、少々自分のメンタルにおかしな影響を及ぼしているとも思う。
確かにこれなら、一度響太とは距離を取って、前みたいに暁斗との時間を楽しんだ方が良いのかもしれない。
「……私が他の男の子と仲良くしても良いんだ? もう知らないもん」
ボソッと呟きつつ、梓乃李は頬を膨らませた。
距離感が変わったとは言え、やはり食えない幼馴染なのだ。
と、そんな考え事を遮るように声がかけられる。
「ま、オレは豊野との方がお似合いだと思うぜ?」
「だ、だから! そんな事は聞いてない!」
「はいはい」
結論が落ち着きかけたところを蒸し返され、つい語気が強くなってしまった梓乃李。
しかし梓乃李の扱い方が分かってきたのか、右治谷はそれを笑って流す。
「……ほんと、男ってノンデリ」
梓乃李は顔を真っ赤にしながら、キレるのであった。




