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破滅ヒロインの幼馴染に転生した俺、バッドエンドの巻き添えは嫌なので幸せにしてやろうと思います  作者: 瓜嶋 海


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19/23

第19話 ゆるふわの裏に隠された棘

 喜嶋葵子――。

 彼女の共通ルートでのシナリオもまた、悲惨なものだ。

 

 時系列で言うと、もうしばらく経った7月。

 彼女はサッカー部の後輩男子に告白されるのだが、その男というのがヤリチンで有名な最低クズ野郎なのである。

 告白を断ると、男は葵子を部活後の部室で無理やり犯そうとする。

 泣き喚くも、強引に上着を脱がされるトラウマ確定シナリオ。


 俺も最初に読んだときは度肝を抜かれた。

 鬱っぽいゲームなのは知っていたが、まさか共通ルートの途中で急なNTR展開が用意されているとは、流石に予想できなかったから。

 一応シナリオとしては選択肢関係なく、暁斗がそれを阻止する形でレイプは未遂に終わるのだが、かと言って脱がされて迫られた事実が消えるわけではない。

 なかなか複雑な感情で、プレイヤーはその後の攻略を強いられるわけだ。


 だがしかし!

 喜嶋葵子は強い女の子だった。

 どんなトラウマを負っても、常に人当たり優しく、健気で、可愛らしくて――。

 そういう光のヒロインなのだ。

 『さくちる』とかいう、ヒロインの一人が何度も自殺をする最悪の鬱ゲーの中で、唯一正真正銘ずっとブレない癒し枠なのだ……!


 ゲーム内では、な。


 賑やかな園内で、唯一静まり返った俺達の空間。

 俺はもう一度聞きました。


「なぁ喜嶋さん。さっき舌打ちしたよな? 死ねって言ってたよな?」

「えー、なにそれ。わかんなーい。なんでもないよぉ」

「いや無理があるだろ」


 白々しく誤魔化そうとするが、無理である。

 断固として首を振る俺に、葵子はふっと口端を歪めた。

 苦笑しつつ、そのままため息を吐く。


「あの男子、サッカー部の後輩なんだぁ」

「あ、そうだったのか」

「そう。で、最近わたしにやけに絡んできててさ。おっぱい触ろうとかしてくるんだよ?」

「……」

「勿論拒絶はしてるんだけど、全然やめてくれなくて困ってるの」


 もう隠そうともせずに、険しい顔をする葵子。

 そして俺はと言うと、今の話を聞いてピンと来ていた。


 もしかしなくても、そのセクハラ後輩とやらが原作シナリオ準拠なら今後出てくる予定の強姦野郎なのだろう。

 主人公の暁斗サイドでは語られない話だが、葵子のアナザーサイドストーリーで少し言及されていた気もする。

 裏ではこんな事が起きていたのかと、一瞬感心した。

 がしかし、すぐにそんな場合ではないと首を振る。

 まだ告白はされていない様子だが、そいつがシナリオのキーパーソンなのは間違いない。


「でさ、わたしだけにちょっかいかけてるのかと思ってたのに、他の女の子にまで手を出してたわけじゃん。さいてーだよ」

「喜嶋さん相手だけでも十分最低だと思うけど」

「それはそうだねっ。ってか定期的に遊びに誘われてたの、全部断っててよかったぁ」


 本気で嫌そうに、葵子は虚空に向かって謎の威嚇を繰り返していた。

 俺はそれに頷く。

 

「英断だと思うよ。そんな奴に喜嶋さんは勿体ない」

「ねぇ、本気で思ってる? さっきの舌打ち聞いてわたしにも幻滅しないの?」

「別に」

 

 即答で否定したが、本音を言うと微妙なところではある。

 ゲームでの知識があったせいで、逆に面食らってしまった。

 あと、先程までがあまりにも原作通りの態度だったから、つい警戒を解いてしまっていたというのもある。

 ノーマークのところに予想斜め上な本性が見えて、困惑した感じだ。


 目を潤ませる葵子に、俺は続ける。


「ハートが強いんだなって感心しただけだよ」

「それ褒めてないよねっ!? もぉ、普段はこんな事言わないんだよぉ」


 事実だろう。

 語気は強いが、さっきも自分にセクハラするだけなら良いが、他にはダメだと言っていたし、性根が優しいのはわかっている。

 しかし本人は俺に聞かれたのが余程悔しいのか、悶絶中だ。


「ぅぅぅぅぅぅ……っ! 絶対内緒だから!」

「あ、あぁ。勿論」

「あとわたしのこと、葵子って下の名前で呼んで」

「え、なんでですか?」

「名字呼びは距離感じちゃうし、何かあった時に切り捨てられそうだからぁ」

「お前には俺がどんな悪人に見えてるんだ? ……はぁ、わかったよ。あおさん」

「……なにその呼び方ぁ」


 呼び捨ては他のメンバーに何を思われるかを想像して怖かった。

 逃げた俺に葵子は普通に嫌そうな顔をしていた。

 どうやら好感度は上がらなかったようで安心である。





「って! だから何故俺はまた関わってしまってるんだ……!?」


 飲み物を買った後、戻ってからはペアに分かれてコーヒーカップに乗ることになった。

 ゆっくり回る視界の中、俺は何度目かもわからないツッコミを自分に入れる。


 と、勢い余って口から洩れていたらしく、それを同乗者に拾われた。


「とよちんどーしたん。いつにも増して様子が変じゃん」

「だからお前らは普段の俺を何だと思ってるんだ。……? とよちん?」


 一瞬スルーしかけたが、気になって聞き返す。

 すると季沙はあっけらかんと言った。


「豊野だからとよちん。一緒に遊んでるのに名字呼びも硬いっしょ?」

「いや、そうか? 例えば右治谷の事だって、みんな右治谷って呼んでるじゃないか」

「あ、確かに。ウケる」

「テキトーだな」


 急にあだ名で呼ばれて面食らったが、まぁいい。

 他と比べて季沙だけは関係を深めるデメリットが特にないのだ。

 距離を詰められても突っぱねなくて良いというのは、今の俺にとって癒しのようなものだった。


「にしても、何故とよちん?」 

「豊野だからとよちんに決まってるっしょ。あ、ちんって付くの嫌いなタイプ?」

「それは良いけど」

「そだよねー。男の子だからちんは生まれつき付いてるだろうし」

「……」


 どうしよう。

 三半規管は強いはずなのだが、なんだか酔って来た。

 唐突な下ネタにドン引きしていると、季沙はカップをスピンさせながら聞いてくる。

 今度は若干真面目なトーンだった。


「ていうか、ジェットコースター以降テンション低くない? 浮かない顔してるけど、実はとよちんも苦手だったの?」

「よく見てんな。でも大丈夫。そういうわけじゃない」


 確かにテンションは下がっているが、それは葵子と関係が出来てしまった事を憂いているだけだ。

 変に気を遣わせてしまい、俺は申し訳なく思う。

 それとちょっと感心した。

 普段は俺に対しておちゃらけた奴だが、やはり原作補助キャラ枠か。

 よく人を観察している。


「気にしてくれてありがとうな」

「いえいえー。まぁうち的には、ジェットコースターで結石でも取れたんかなって、もう一パターン想像してたんだけどね」

「……お前、どんだけ下の話好きなの?」

「じょーだんだよ。和ませようとしただけじゃん」

「……そっか」


 実際、コイツに葵子との関係や俺の境遇を説明するわけにはいかないしな。

 だがしかし、そうか。

 別に本質に触れない範囲なら、聞いてもいいかもしれない。

 幸いここには、首を突っ込んでくる破滅ヒロインもいないわけだし。


「柊さんって、男子に勘違いされたりしないのか?」

「ん? と、言いますと?」

「だからその、男子とも距離感近いだろ? ガチ恋製造機になったりはしないのかなって」


 ここ最近、俺の周りは不穏である。

 動くたびに原作ヒロインと接点が出来てしまい、正直焦っていた。

 モテているとまでは自意識過剰過ぎるので思っていないが、このままヒロイン達に近づかれるのも怖い。

 何かさりげない躱し方がないかと、聞いてみた。


 季沙は男子ともよく話しているし、そういう関係だとどうしても勝手に好きになられがちだと思う。

 学べることがあるはずだ。

 と、彼女はあっけらかんと答えた。


「ないんじゃない? 線引きしてるし」

「線引き?」

「そ。自分がどう言ったら相手が意識しないかとか、脈なしをさりげなく悟らせられるかとか」

「なるほど」


 やはりみんなよく考えているらしい。

 つい先日、下校時に自分は彼女候補になるか?なんて聞いてきた女の回答とは思えなかったが、まぁそれはそれだ。

 参考にさせてもらおう。


「ってかなにー? 気にしなくてもうち、とよちんの事は好きじゃないから安心して」

「そんな勘違いはしてないっす」

「あと脈も全くないから。そこんとこよろ!」

「辛辣だな! 何度も言わなくてもわかってるわ!」

「うひひ、マジウケるー。とよちんはしのりんと仲良くやってもろて~」

「……」


 それが困るから聞いたんだよと思いつつ、ため息を吐く。

 なんともまぁ、今後も身の振り方には注意しなければならないと、改めて思った。




―◇―


【喜嶋葵子】

暁斗への好感度:20% (→)

響太への好感度:1% (↑)

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