第17話 別ヒロインと付き合われると死ぬマン
「ゴールデンウィークだけど、みんなで遊びに行かない?」
5月1日木曜日。
教室内で暁斗がそんな事を言い出した。
周りにいるのはいつメンと言っていいメンバーで、俺・暁斗・右治谷・梓乃李・季沙の五人組だ。
すっかり集まって駄弁るのも恒例になってきた。
「おお! 丁度空いてたから大賛成だぜ? 周りの奴は部活の大会とか、そのせいで疲れてるからオフも遊べない~とかで予定合わなくてよー」
人一倍嬉しそうに反応するのは右治谷である。
俺達のような帰宅部は年中暇だが、運動部生はそうもいかないらしい。
と、それはさて置き。
俺は自分の世界に浸って考え事に耽っていた。
平然とこの場に馴染んでいるが、原作において『豊野響太』や『梓乃李の幼馴染』という存在が主人公グループに交じっていた記憶はない。
俺以外のメンバーなら原作でも教室で駄弁っている描写があったが、少なくともそれだけだ。
絶対に場違いなのである。
なし崩しで関係を続けているが、モブとしてここに居るのはシナリオ的にどうなんだろうか。
個人的には暁斗と梓乃李の関係をリアルタイムで監視できるから便利なのだが、そのせいで俺が二人を隔てる障害になっては意味がない。
つい先日の件もあるし、あまり絡むのはやめた方が良いのかもな。
……いやでも、待てよ?
ここで俺は思い出す。
原作内で頻繁にセリフや登場があったのに、一度も詳しく描写されないモブがいたのだ。
その名も、『男子生徒A』君である。
主人公たちが遊ぶ時の人数合わせで配置される、エロゲにありがちなモブキャラだ。
もしかすると、それが今の俺なのかもしれない。
キャラクターネームが与えられていない以上、梓乃李の幼馴染=男子生徒Aが成り立ってもおかしくはない。
そう思うと、今ここに居るのはもはや予定調和だったという事になるのか?
……うーん、わからん。
ややこしくて頭が痛くなってきた。
どのみち、俺の他にこのグループに頻繁に絡んでくる男子はいないし、敢えて避ける事はむしろしない方が良い気もする。
この期に及んで、やはり身の振り方に正解が出てこない。
一人で考えていると、右治谷の困ったような声が耳に入ってきた。
「でもよ、男三人じゃ流石にむさ苦しくねえか? ほら、せっかくなら女子の頭数も揃えたいって言うかー」
「うわー、右治谷きっしょ。合コンじゃないんですけどー?」
「おい柊、男なら誰でも思う事だぜ? なぁ豊野」
「え? あぁ、まぁ……ッ! いや、そんな事ない」
「……」
雑に振られ、頷きそうになったところをギリギリで踏みとどまる。
視界の端に棘のある視線を向けてくる幼馴染を見つけたからだ。
危ないところだった。
右治谷と季沙が絡んでいると、そこに暁斗が口を挟む。
「気にしなくても大丈夫だよ。葵子誘ってるから」
「……あ」
名前が出たところで、つい俺の声が漏れた。
葵子こと、喜嶋葵子。
言わずと知れた暁斗の幼馴染であり、『さくちる』の攻略ヒロインの一人である。
雪海のイベントに気を取られていたせいで放置していたが、どうやらそっちとの仲は良好そうだ。
暁斗×葵子のカップリングの阻止は当然だが、それはそれとして上手くやってくれているのは助かる。
梓乃李イベントが散々だったため、自分の幼馴染くらいは自力で攻略して欲しいからな。
と、気付けば全員の視線が俺に突き刺さっていた。
「おいおい豊野、喜嶋狙いか?」
「え? ――って、いやいや! 違う!」
マズい。
変に反応したせいで勘違いされている。
全力で首を振るも、思春期真っ最中のガキ共には通用しない。
「だ、そうだけど。柊はどう思う?」
「んー、これは怪しいですねー。なんたってあの七ヶ条センパイに唾付けて、ちゃっかり話し相手になっちゃってる豊野氏ですから。いやー、流石の垂らし込みスキル」
「ふざけんな! アレはあの女が無理やり――」
「……またあの女って言ってる」
言葉尻を捉え、ボソッと言ってくる梓乃李にビクッと心臓が跳ねた。
状況は最悪だ。
ええい!
こういう時は頼れる主人公様だ。
助けてを求めて俺は暁斗を見る。
しかし。
「え、響太って葵子の事好きなの……?」
「だから勘違いだって! コイツらの捏造だ!」
「ふーん。まぁ別に僕がとやかく言う事ではないんだけどさ」
ジトっとした目つきの暁斗に、俺は悟った。
どうやらこの場に味方なんて一人もいないらしい。
若干嫉妬を含んだような不満そうな表情だ。
それを見て俺も複雑な感情を抱く。
幼馴染と順調に関係を重ねているようでモブとしては嬉しいのか、はたまた変に勘違いされたのは友達として不服なのか。
自分でも自分の感情が分からなくなってきた。
いやでも、警戒だ。
この反応をするってことは、もう既に暁斗の心の中では葵子に狙いを定めている可能性もある。
それだけは何としてでも阻まなければならない。
暁斗が別ヒロインと結ばれた先にあるのは、梓乃李の確定バッドエンドだから。
正直今までの危機とはレベルが違う。
ひそかに焦る俺と、若干不満そうな暁斗、そして訝し気に俺達を見守る右治谷と季沙。
その中で梓乃李はただ一人、俺に冷え切った視線を向け続けていた。
……この時の俺は気づいていなかったが。




