第16話 モブの方がエロゲ主人公ムーブをしている件
俺達はその後、地元のボウリング場に寄ることにした。
丁度歩いている途中に目に入ったのだが、梓乃李が行きたいと言い出したので付いて来たわけだ。
特にやる事もなかったため、俺は疑問も抱かずに承諾。
変にデートっぽい雰囲気が出る場よりマシだと思って、彼女の提案に乗ったのである。
しかし、それが間違いだった。
出不精だった俺と違って、梓乃李はここに何度も通ったことがあるらしく、手慣れた様子でゲームに興じていた。
当然二人でやっているため、スコアが出るのだが、これがいただけない。
全くもって梓乃李に勝てる気がしないのだ。
飄々とした様子でピンを倒していく梓乃李に、俺は若干ムキになっていた。
転生してからは、基本的にほぼ全ての球技で人並み以上の能力を誇っていた俺だが、それはあくまで前世でも経験があったから。
ボウリングは生前でもあまりやったことがないため、いまいちコツが掴めない。
「あぁ! また一本残った!」
「あはは。このゲームも私の勝ちだね。次はハンデでもあげようか?」
「あまり舐めた口をきいてると後悔するぞ」
「なかなか言うじゃん」
3ゲーム目を終えたが、その差は歴然。
正直ハンデなんて願ってもない話なのだが、挑発されると乗ってしまうのが男の性である。
第4ゲームの一投目を投げようとした際、梓乃李が聞いてきた。
「七ヶ条先輩ってどんな人なの?」
「え?」
若干軌道の逸れたボールの行き先を眺めつつ、俺は考える。
雪海、か。
この約一週間の間にあった彼女との接触を思い出した。
そしてそのまま、振り返る。
「別に噂通りの人だよ。性格悪いし、人への当たりもキツいし、常に人の事を見下してて噛みつかないと気が済まない人」
「へ、へぇ。随分な評価だね。何されたの?」
「初対面で挨拶をシカトされた挙句、俺の顔を見て不愉快だと文句を付けられたから反論した。そしたら昨日、とうとう目を付けられて絡まれるようになった」
二投目も満足にピンに当たらず、一回目が終わった。
ゲームの結果と雪海との記憶の両方にうんざりしていると、梓乃李も苦笑いを浮かべる。
「柊さん達から何となくは聞いてたけど、ほんとに七ヶ条先輩と喧嘩してたんだ。君って怖いもの知らずだよね」
どうやら知らないところで梓乃李にまで情報が回っていたようだ。
季沙は梓乃李とも最近仲が良さそうだし、世間話ついでに話したのだろう。
俺の醜態の直後、見事にストライクを決めた梓乃李がジト目を向けてくる。
「っていうか、豊野君ってやっぱり最近女の子とばっかよく絡んでるよね」
「え、そう?」
「そうじゃん。柊さんとはいつも一緒に帰ってるし、誰とも深く関わらないって有名な七ヶ条先輩とも仲良さそうだし」
「さっきの俺の言葉にあの女と仲良さそうな要素あったか?」
「あの女とか言ってるじゃん」
「……」
特に他意はなかったのだが、梓乃李の視線は強くなる一方だ。
なんだこれ。
どういう状況だ一体。
「仲良くなかったらあの女とか言わないし」
「仲良くないよ? 敵対中と言いますか」
「……。それはそれとして、今だって私と一緒じゃん」
「それは、そうですね」
確かにそうだ。
暁斗と梓乃李のカップリング作戦に夢中になるあまり、梓乃李と距離が近づいたのは事実。
しかし、季沙と居る機会が増えたのも、雪海と接触する羽目になったのも、これに関しては俺の意志とは関係ない。
と、ここで今一度振り返ってみた。
メインヒロインである羽崎梓乃李とは親密になり、問題を解決してあげたことでフラグが立ちそうになっている。
続くヒロインの七ヶ条雪海とは、なんだかんだで名前を認知し合ってお互いに挨拶するくらいの関係性になる約束をした。
なんならサブヒロインである柊季沙とも下校を共にする仲。
……あれ?
もしかして俺、原作主人公よりもエロゲ主人公ムーブしてる?
順調にヒロインと関係を深めつつ、休日にこうして会って外出して。
さらに、本来攻略不可のサブヒロインにまで手を出すとは、なんたる節操のなさか。
――って、いやいや。冗談じゃない!
まるで女垂らしを見るかのような視線に、俺は慌てて首を振る。
「た、たまたまだって! そもそも今日誘ってきたのは羽崎の方だろ!」
「それはそうだけど」
「っていうか、暁斗達ともよく話してるだろ。別に女子とばっかり絡んでるわけじゃない!」
「否定の仕方が全力だね。……ふふっ、まぁそういう事にしといてあげる」
必死の説得が功を奏したか、梓乃李は笑って矛を収めた。
ほっと息をつきつつ、俺は第4ゲームの最後の一投を投げる。
気づけば最終回だが、話と考え事に脳のリソースを割き過ぎて、全く試合に集中できていなかった。
ラストを華麗なガターで締めくくった俺は、ここでスコアモニターに映る自身の点数を見る。
そして目を丸くした。
「はぁッ!? 1ゲーム投げて48点だったの俺!?」
「あっはっは、ほんとに気づいてなかったんだ。作戦成功~」
「お前……まさか俺の気を逸らす為におかしな質問をしてきたのか!?」
「え~? やましいから気が逸れるんじゃないの? それを私のせいにされましても」
「こいつ……ッ!」
策士だった。
余裕でトリプルスコア以上の差を付けられ、最終ゲームも大敗を喫す俺。
膝に手をついて項垂れていると、彼女は楽しそうにそんな俺の顔を覗きこんでくる。
死ぬほどウザい。
あと、やましいのは事実だから焦るのも仕方ないだろう。
俺にとっては梓乃李も雪海も暁斗の女なわけで、どうしても引け目を感じてしまうのだ。
アイツが不甲斐ないから俺が動いていたとは言え、そのせいで関係値が深まったのは正直罪悪感もあるから。
会計を済ませてボウリング場を出た後、梓乃李が聞いてくる。
「さっきの話だけどさ」
「どれだ?」
「豊野君が女好きって話」
「おい。否定しただろうが」
車の音に遮られないよう、近過ぎず遠過ぎずの距離で歩く俺達。
「あの中に好きな人っているの?」
「……いないよ」
自分の恋愛の事なんか、考えた事もなかった。
梓乃李は暁斗とくっ付いてもらわないと困るし、雪海はそもそも相性が悪い。
季沙だって、一方的に揶揄われているだけだ。
真顔で答えた俺に、梓乃李が頬を膨らませる。
「ひど。たった今私とデート中なのにそんな事言うんだ?」
「い、いやいや。何をおっしゃってるんです? デートだなんてとんでもない!」
「ぷっ、あはは。何その反応。照れてるの? 冗談に決まってるのに」
「別に照れてない」
フラグを叩き折りに行っただけだ。
もっとも、杞憂だったが。
「はーあ、今日は面白かった」
「そりゃよかったよ」
すっかり空も色づきそうな具合になってきた。
意外に何もせずに散歩していた時間が長かったせいか、気付けばこんな時間だ。
おもちゃ扱いされてばかりだったが、梓乃李が楽しんでくれたのなら満足である。
ヘラって希死念慮にでも苛まれられたら、困るのは俺も同じだからな。
帰りは駅には向かわず、梓乃李の家の近くで解散することになった。
手を振りながら去っていく彼女の後姿を見ながら、ふと呟く。
「とは言え、今のところ鬱とも無縁そうだよな」
梓乃李の情緒が安定しているかは定かではないが、少なくとも自暴自棄になって自殺するような女には見えないというのが、今のところの俺の感想だった。
何より、ほぼ全てのルートで自殺をするメンヘラヒロインというゲームプレイ時のイメージは、既に払拭されている。
なんなら、いたずら好きで策士な小悪魔っぽい印象すらある。
――っていうか、本当にこれってただの友達で良いんだよな?
心の中で問うが、答えは出ない。
今日何度も見た梓乃李の眩い笑みを思い返すが、あれは一体誰に向けたものなのだろうか。
友達か、幼馴染か、或いは――。
「って、馬鹿か俺は。或いはがあったらダメなんだよ。死ぬんだよ」
俺、豊野響太の梓乃李からの内部好感度が分からない以上、判断はできない。
だがしかし、気を付けよう。
このままではモブの分際でエロゲの主役を食いかねない。
そもそもラブコメするのは主人公の務めなんだ。
キリキリ痛む胃を押さえながら、俺は帰るのだった。




