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復讐の宣誓

ラーナの裏切りを知り、激昂して襲いかかったレイムは返り討ちにされてしまう。


今日から、一話辺りの文字数を増やす、もしくは一日につき複数投稿し、5000文字前後(なるべく越えるようにする)になるように調整したいと思います。


その影響で、投稿ペースが維持できなくなる可能性があります。

ですが、これからも拙作を沢山の人に見ていただけるように、精一杯努力していきますので、どうぞよろしくお願いします。

(ここは、どこだ……?)


 痛みを訴えてくる背中を庇いつつ、体を起こす。

 段々と意識がはっきりとしてくると、ここが宿屋の廊下だったことを思い出す。

 先程までの記憶は……夢か?

 いや、違う……!


 この胸にある怒りの炎は嘘でも偽りでもない!

 間違いなくこれはあのクソ女(ラーナ)への憎悪だ!

 どうやら僕はあのまま放置されていたらしい。


(くっ……! 眼鏡は……どこだ……?)


 もう十年以上続いた日課……目が覚めると必ず、眼鏡を探してしまう。


(あった……)


 少し離れたところに落ちている眼鏡を拾おうと、そこへと近付いていく。

 無事眼鏡を手に取り、装着すると、やっと周りに目を向ける余裕ができてきた。


「――――――――――――」


「……ぶぉうぇ!」


 不意に耳に聞こえてきた会話に吐き気を押さえられず、胃の中身をぶちまける。


 あの、クソ女が!


 僕の耳に聞こえてきた言葉。

 それはクソ女の嬌声。

 そしてもう一つは――雰囲気を盛り上げるためなのか分からないが、やれ、今までで三番目くらいに大きいだとか、やれ、もっと激しく動けだとか、やれ、今までで一番大きかったのは一週間前に自分を倒した剣士だったとか、やれ、それでもハーレー王のが一番だとか――延々と流れてくる聞きたくもない情報だった。


「……っくゥ、くそッ……!」


 ここにいる限り、いつまでも気分の悪い言葉に侵されたままだ。

 ふらつく体に鞭を打って、早くここから遠ざかろうと足を引きずる。


 これからどうするべきだ?

 もちろんクソ女をどうにかしてやりたい気持ちもあるが、僕の力では到底敵うはずがない。


「くそ……あの女……ッ!」


 先程までされていたことを思い出すだけで、人を呪い殺せそうな程の憎悪が生まれそうになる。


(ダメだ……今は少しでも冷静になるべきだ……)


 深く息を吸い込んで、気持ちを落ち着ける。


(……そういえばジャンネはどうしているんだ?)


 心に余裕が生まれると、ふと、もう一人の少女のことが気になった。

 ラーナがああなっているってことは……いや、決めつけるのは良くない。

 曲がりなりにも兄妹だ。

 ラーナに愛がなかったからって、ジャンネまで諦める理由にはならない。


(ジャンネ……会いたいよ、ジャンネ……!)






 いろいろと考えながら歩いている内に、先程まで居た庭まで戻ってきた。

 体の痛みも大分落ち着いている。

 空は既に夕暮れから、夜の帳へと移ろいかけており、それが自身の心に燻る炎を思わせた。


(あ、あれは……)


 その中庭には、先程からずっと望んでいた妹の姿があった。

 何十年と見てきたのだ、見間違えるはずがない。


「ジャンネ……」

「…………」


 ジャンネは僕の呼びかけに答えない。

 いや、僕たち兄妹にとっては、三年ほど前からこれが普通だ。


「……何……?」


 いや、違う……!

 久しぶりに……本当に久しぶりに、彼女が僕に声をかけてくれた!

 無感情な表情でも、心がこもってなくても……彼女が僕に意識を向けてくれたのは間違いない!


「ジャンネ、帰ろう! ラーナはもう駄目だ、無理だ! 君はラーナに従っているだけなんだろう?! もうあいつはいい、だから僕と帰るんだ!」


 僕は必死にジャンネへと語りかけるが、彼女の表情は揺るがない、動かない……。


「ねえ?」


 静かで抑揚のない僕への呼びかけ。


「な、なんだい、ジャンネ?」


 返答がくるのだと思い、僕は思わず言葉を弾ませる。



「それが遺言でいい?」



 ゾクリと背筋に悪寒が走った。

 遺言……だって……?


 早鐘を打つ心臓の音を無理やり押し込め、もう一度ジャンネの顔を窺う。

 これは……違う……!

 さっきまでの彼女は、無感情でも無表情でもなかったんだ……!


 そのジャンネの瞳は冷酷で……心の中には、先程まで僕がラーナに対して抱いていた感情――憎悪の炎が宿っていた。


「な、なんでそんなことを言うんだ……!? たった二人の兄妹じゃないか……!」


 僕はそこまでジャンネに憎まれる覚えがないのに……!


「母さんはあんたの為に死んだ……」

「それは……!」

「違うとでも?」


 違わない……違わない、けど……!


「父さんだって……って、あんたは知らないのか、父さんが死んだ理由」

「え……? な、なんのことだ?」


 父さんが死んだ理由だって……?!

 父さんは魔物に殺されたハズだ……!


「父さんはね、あんたの眼鏡の金を稼ぐ為に死んだの。本来は上級の冒険者が行くような危険な場所へあんたの為に行ったの。母さん言ってた、あんたの為に『レイムには言ってはいけない』って」

「…………!」


「母が倒れてずっと家にいるときにも、聞いてみたの。……最初は、私は何の為に生まれたの? 答えはあんたの為、『レイムが寂しい思いをしないように』だって。次の質問は、私は何で寂しい思いをするの? 答えはあんたの為、『レイムの眼鏡を維持し続けるにはお金がいるから』だって……!」


 ジャンネがスッと目を細める。


「父さんの話もそのとき聞いたわ、『父さんは“レイムの為”に頑張ったんだ』って……!」


 彼女の眼には昔を懐かしむ感情などない。


「全部あんたの為、あんたの為、あんたの為……! ……もううんざり、私のことは誰も見ていやしなかった。全てあんたが私への愛情を奪っていたんだ……!」


 彼女の眼は僕への憤りで濁りきっている。

 ジャンネは本当に――僕のことを『自身への愛情を横取りした仇』として見ているのだ。


「ぼ、僕はジャンネのことを……!」

「うるさい! 見ていたとでも言うつもり?! あんたは私から全てを奪っていたんだ! そんなあんたに見られて何になる?!」


 最早言葉を交わすことすら、彼女の怒りの火に油を注ぐだけだ。

 本来はここまでこじれる前に話し合うべきだった。

 だが、それを放棄していたのは他ならぬ僕自身だったのだ。

 自分が悪いからと、ジャンネの好きなようにさせ、彼女の憎しみを解消しようとしなかった。


 それが今の結果だ。


 憎悪は肥大化し、彼女を追い詰め、もう後戻りができないところまできてしまったのだ。


「あんたの顔を見るのも嫌だった。でも、私はずっと我慢してた。いずれは私も家を出るから、もうあんたの顔を見ないで済む。だから私はいずれくるそのときまで、あんたのことを考えないようにしていた」


 ジャンネの体から湯気のようなモノが立ち昇っていく。


「でも、ハーレー王は私に機会をくれた。あんたの全てを奪う機会を! 家を壊したときに確認しなかったのは、あんたが死んでいれば、私の気持ちが晴れ、生きていれば、あんたに生き地獄を味あわせることができる……どちらにしようと得をするのは私だけ……」


 その湯気が魔力の放出だと気付いたときには、ジャンネの頭上に、彼女の頭と同じぐらいの大きさの火の玉が出現していた。


「ねえ、どんな気持ちだった? いろんな思い出の詰まった家が崩れたのを見たときは? 私にとってのあの家は孤独な監獄だったけど、あんたにとっては思い出の詰まった宝箱だったはずでしょ?」


 そんな……そんなこと言わないでくれ……!


「も、もうやめてくれ……僕はそれでもジャンネのことを嫌いにはなれない……!」


 ああ、僕は許せるよ……!

 家が壊れたことくらいで怒るくらいなら、僕はとっくに君のことを見捨てているさ。

 だから、だから――!


「僕のところに帰ってきてよ……!」


 僕の願い、純粋で混じり気がなく、どこまでも透き通った、そんな僕の願い。

 だが――


「私はそんなこと聞いてない! 私はそんなこと望んでいない! 私はあんたが憎くて、憎くて、たまらないんだ!」


 僕の願いは届かない。

 どこまでも、複雑に混ざり合わさり、濁りきって泥濘とした、そんな彼女の感情によって握りつぶされる。

 彼女のそんな感情に応えるように、火の玉はどんどんと大きくなり、既に僕の体を包みこめるほどになっている。


 ジャンネは元々、魔力の使い方は巧い方だったが、魔力の量が少なく、ここまで大規模な魔法は使えなかったはずだ。

 だから、おそらくこれも、ハーレー王の力の影響なのだろう。


「ジャンネ……!」

「うるさい! もうあんたと話すことはない……! 二度と会うことのないように、ここで確実に消す!」


 火の玉が彼女の声に応えるように更に膨れ上がった。


「この庭は魔法の障壁で閉鎖してる。あんたはもう逃げられない」


 ジャンネは冷酷な表情でそう言った後、変わらぬ表情のまま声だけを少し弾ませ、僕に――聞きたくもなかった――真実を告げる。


「最後に教えてあげる。姉様があんたを使用人と思うようになったのは、あんたは使用人みたいなモノだって、私が言っていたから」


 なんだって……!


 クソ女に言われた侮辱。

 今考えるだけでも、どうしようもない憎悪と吐き気が襲ってくるほどだ。

 それがジャンネの……こいつの仕業だったってのか……!


「家の外ではあんたの名前はA……使用人Aってずっと呼んでた」


 憎めないと思っていた。

 家族で仲たがいしていても、兄妹の情と絆は、僕達の間にずっとあるモノだと思っていた。

 だが違った。


 彼女は僕のことを……家族だとすら思っていやしなかったのだ。

 そこまで僕が憎かったか……!

 僕だって我慢してたんだよ……!


 お前達の為に料理のバランスも考え、身の回りの世話をして、全てが円滑に進むように心がけてきた。

 それをお前は……何とも思ってなかったってのか……!


「ハハ! 良い目をしてきたじゃない……! それとハーレー王と姉様が橋渡しを行うきっかけを作ったのも私」


 こいつは……!


「最初は渋ってたくせに、ハーレー王と橋渡しを終えた私に負けたのが相当こたえたみたい。とたんにハーレー王に向かって尻を振って……ハハ、あんたが余りにも哀れで……本当に笑える!」


 本物だ。


 彼女の感情は生半可なモノではないのだろう。

 そして、僕のこの気持ちもおそらくそうだ。


 僕は今初めて、ジャンネを殺したいと願うほど憎んでいる……!


 僕は悪くないなどと言うつもりはないし、全く思ってもいない。

 だが、ここまでされる筋合いがあるか?!

 確かに僕のせいだ。

 ああ、僕のせいに違いないだろう


 母も父も僕のせいで死んだ。

 家も常に貧乏だった。

 お前は僕のせいで寂しい思いをした。


 だが、僕とお前が一緒に育ってきた十年間。

 僕はお前をクソ女より優先し、あいつと関係がこじれそうになったときもあったが、それでもお前を一番大事にしてきたつもりだ!


 お前との関係が悪くなったときも、僕は歩み寄ろうとした。

 でも、そんな俺を完璧に拒絶していたお前は何様なんだ?!

 そんな僕の努力を知ろうともしないで、好き勝手に言い募る妹に、僕が今まで信じてきたモノが、愛という名の幻想(ニセモノ)だったと気づかされる。


 父さんが言った。


 女性には優しくしろと、愛は全てを解決すると、常に冷静であれと。

 その全てを実践し……その結果がこれだ!


 女性は優しくし過ぎると、つけあがると知った。

 愛は一方通行では何の役にも立たないと知った。

 冷静であっても、憎しみが消せないことを知った。


 男は女のわがままを許せるくらいで丁度良いだと?

 ふざけるんじゃない!

 許せるか、こんなことが!?

 クソ女(ラーナ)には僕の全てを否定され、イカレ女(ジャンネ)には僕の全てを奪われた。


 僕は……僕は、僕は、僕はァァァァああぁッぁ!


 泣き出したくて、吐き出したくて、かき乱したい――そんな、どうしようもなく行き場のない感情が体中で暴れ回っている。


「でも、そんな哀れなあんたの人生は、もう終わり。元家族としての最期の情けを受け取りなさい」


 イカレ女の頭上の炎がゆっくりと僕の方へと近付いてくる。


 終わりだって……?

 いや、ダメだ……!

 僕がこんなところで死んだら……!


 誰がこいつらに裁きを下すというんだ!


「こ、この……イカレ女が……! 黙って聞いてれば好き勝手言いやがってぇ……!」

「…………」


 奴は僕の罵倒に眉ひとつ動かしやしない。

 ただ、僕を殺せることを確信し、当然で自然なことだと思っている。


「僕はなぁ! ぜっッッッッたいに、お前らに復讐してやるッ! 僕を選ばなかったことを、泣いて謝るんだ、お前らはァッ!」


 また少し僕の方に近付いてくる炎の熱が、僕の顔を焼く。


「そんな状況で妄想を語るな、あんたは黙って死ねばいい……!」


 イカレ女が何かを言ったが、今の僕には聞こえていない。

 頭と心を塗りつぶす黒い炎を、どうやって憎い敵共にぶつけてやろうかと、画策することに興奮していたからだ。




「ぎゃっはっはひぃはっはぁ! イイぞ、イイぞォッ! 絶対だッ……! 絶対に、後悔させてやるぞォォおおぉおぉッッ!」




「さようなら」


 もう避けられない。


 そう確信したジャンネは、興味を失い、振り返って庭を後にする。

 聞くに堪えない断末魔が耳に入らないように、魔法で音を消す。


 後に残された庭は、ただ炎を受け入れる地獄と化し、生けるモノ全てを蹂躙する。

 命の焼ける音は――実に静かだった……。



『庭には草木一本、骨の一つも見つからなかった』と、後で報告が上がるまで、ジャンネがこの庭のことを思い出すことは……一切なかった。

次回はようやく明かされるメインヒロインとの話です。


続きが気になる方は、これからもいろいろと応援お願いします!

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