アイム(愛無)レイム(使用人)
ようやく愛しい人を見つけたレイムであったが、彼女の行動にわずかな不信感を抱き始め……。
「おい、大丈夫か? もう帰った方が良いんじゃないか?」
声をかけられ、初めて自分が床にへたり込んでいることに気づく。
ずれた眼鏡を正位置に戻し、ざわつく心を落ち着ける。
帰るだって……?
そんなわけにはいかないんだ……!
俺は彼女を……彼女達を連れ戻しに――
「まだ現実が見えてないんだな?」
僕の目を見た男が、面倒そうな声を出す。
「……まあいいか。ほら、あいつらが行っちまうぞ? 俺はこのまま帰った方が良いと思うが、もしお前がまだ諦めきれていないのなら仕方がない。あいつらについて行くと良いさ」
男はそれだけ言うと、どこかへと去っていく。
そして、僕は立ち上がり、走ってラーナ達を追いかけた。
「どこだ……?!」
大きなドアを開け、周りを見渡す。
「そこか……!」
彼女達の姿を捉え、後を追いかける。
ハアハアと息を切らしながら、徐々に距離を詰めていく。
丁度曲がり角を曲がったところで、二人の会話が聞こえてくる。
「ああ、部屋まで我慢できそうもないぜ……!」
「ふふ、あのね? 私、最近戦ってると、体が火照ってさ……もう準備はできてるのよ?」
そう言って、まるで恋人にするように、ラーナはデンラスの腕に抱きついた。
湧きあがる感情に叫び出したくなるが、息が詰まり喉から声が出ていかない。
「おうおう、お前どうしちまったんだよ? 前までどれだけ誘っても乗ってくることはなかったってのによ? まあ俺は嬉しい限りだけどな」
そのデンラスの言葉で、ラーナは一気に不機嫌そうな顔になる。
「やめてくれない? 興が覚めるわ……。過去のことは私にとってもう既に――」
「――汚点でしかないんだから」
その言葉が鋭く僕の耳を刺し貫き、心臓を鷲掴みにする。
義父もラーナがそう言ったと、確かに言っていた。
だけど、僕は信じていやしなかったんだ。
でも! それでも!
彼女の口から飛び出た言葉は否定のしようがない!
「ラーナぁッ!」
自身の心に生まれた激情に突き動かされ、僕は最愛の人の名前を叫んでいた。
「……あら、レイムじゃない? ふふ、本当に来たんだ? 私のこと好き過ぎでしょ?」
ああ、そうだよ……僕は君のことを好き過ぎるんだ……!
だから、さっきの言葉は違うんだよね?
「ラーナ……う、嘘、だよね? 過去が汚点だとか、僕と別れるだとか……家を壊したのも、冗談だよね? 僕は許すよ……君の全てを――!」
僕のそばで、僕を好きでいてくれる限り!
そう続けようとしたところで、ラーナが僕の言葉を遮る。
「そう、レイムならそう言ってくれると思っていたわ」
ニコリと少女が僕に向ける天使のような微笑みは、僕の心を救いだす。
やっぱりだ、全て……全てが悪い冗談だったんだ!
今まで僕は険しい崖を登り続けた。
でも、やっとのことで、僕は救いの地へと手をかけたんだ!
しかし、救いに触れようとした心は、寸でのところで踏みにじられるのだ。
まるで、その希望から絶望に変わる瞬間が見たかったと言わんばかりに……。
「じゃあ、もう私に関わらないで」
時が……本当にたった今、僕の時が止まったのだ。
“関わらないで”
その言葉を理解し終えるまで僕は一人ぼっちの空間にいた。
その空間では感情も、呼吸も、心臓すらも微動だにしなかった。
そして、意味を理解するにつれ、背筋にヒヤリとしたモノが伝い、心臓が激しく動き、呼吸が荒くなる。
そんな僕を気遣うこともなく、彼女は自身の言いたいことだけを口にする。
「元両親に迷惑掛けるのも嫌だったから手紙を渡したけど……まさか、本当に来るとは思わなかったわね。家にいてくれれば話は早かったのに」
「ラーナ……君は何を……?」
自身の声が震えているのが分かる。
だって彼女はこう言ったのだ。
死んでてくれれば良かったのに……と!
「何よ? 今まであなた私のお願い全部聞いてくれたじゃない? 私の願いを聞けて幸せだったでしょ? いつも嬉しそうだったものね。だから最後に私のお願いを叶えさせてあげるわ」
「違う……ラーナ、そうじゃないんだ……!」
それは僕が君を愛し、君が僕を愛してくれていたから……!
「じゃあ何? 私とヤリたかったの?」
「ちがう……なんで……なんで分かってくれないんだよ……!」
僕は伝わらない思いに歯噛みし、頭をかきむしる。
どれだけ罵られても……どれだけバカにされても……!
例え体の繋がりがなくったって……!
僕はそれでも構わないと思っていたんだ……!
愛があれば、なんの問題もない。
父さんだってそう言っていたじゃないか……!
「……あのね、分かってると思うけど、私はもう橋渡しは終えたわよ? ハーレー王という素晴らしいお方とね」
橋渡しを終えた……?
そんなことはないはずだ!
――などとは口が裂けても言えるはずがない。
僕は今まで彼女の不貞の可能性を考えていなかった。
ラーナを信じていたから……というのも多少はあるだろう。
だが、本当はただ、今まで考えないようにしていただけなのだ。
そもそも、先程までの彼女の行動、仕草、態度、その全てがそれを匂わせていた。
ここまでくれば、もう間違いない。
ラーナは僕以外の男を受け入れたのだーー!
「あの方との一夜は本当に素晴らしかったわ! こんな田舎では味わえないような贅沢もできたし、強くなる為の素晴らしい力も与えられたわ」
胸に込み上げてくる吐き気を押し込めて、僕は言葉を絞り出す。
「その、力の為に……?」
君は、僕を、裏切ったのか……?!
「ええ、そうよ。私はライン増加で……V・Lの繋がりを持つ相手を増やすことができるようになったの。強い相手とヤレばヤルほど私は強くなれる……! 私は誰よりも強くなって、絶対にあの方のお役にたってみせるの!」
恍惚とした表情を浮かべていたラーナは、ふと怒りに震える僕の顔を見て、溜め息を吐く。
「何を興奮しているの? さっきヤリたいのかって聞いたけど、私は自分より強い男としかヤリたくないの。だから弱小ヤロウのあなたとは……絶対にお断りよ? 時間と労力の無駄なのよね」
僕はそんな理由で興奮しているわけではない!
この子は本当にラーナか?
彼女はこんなにも人の心を理解できず、人の心に配慮をしない人間だったのか?
僕は目まぐるしい思考の中で、自問自答を繰り返す。
答えは言ってしまえば、まさしくそうである。
愛は盲目、僕は彼女のことを客観的に見ることができていなかっただけなのだ。
強さのみを追い求める理由は、上昇志向が強いからだ。
少し乱暴な性格は、彼女の力強さだ。
心ない発言は、彼女の照れ隠しだ。
わがままな言葉は、僕の愛を試す為だ。
いや……そんなことはないのだ。
彼女は――ラーナは『強いモノは何をしても良いと考えている節があり、暴力的で、人の心の機微を感じたことがなく、容赦なく人を傷つけ、自身の思い通りにならなければ機嫌が悪くなる……ただの気まぐれで、奔放で、わがままな女』だっただけだ。
他人から見れば、何であいつはあんなに我慢するんだと疑問に感じていたとしても、本人が我慢と思っていなければ、大したストレスは発生しない。
僕は自分の見たいモノを見たいように見て、自分の聞きたいモノを聞きたいように聞いていただけだ。
そして、今……僕は気付いてしまったんだ。
彼女は僕を――
愛してなんかいなかったんだと……!
「この力は素晴らしいわよ? ハーレー王と橋渡しをしたおかげで、前よりもっと強くなれた……いえ、私はこれからもっと強くなれるわ! あんたなんかとヤラなくて本当によかった!」
でなければ、こんな言葉が吐けるわけがない。
僕のことを心配しないわけがない。
見下した目で僕を見るわけがないんだ!
ほころびを見せた愛は崩れ去るのも早い。
ナーラの今までの行動全てが、疑わしく、わずらわしく、汚らわしい!
コレも、ソレも。アレも? ドレも!
それが事実であるのなら、僕はなんの為に……!
なんの為に彼女に尽くしてきたというんだ!
「でも、そう考えると、今まで本当に無駄な時間を過ごしてきたわよね……。将来冒険者として生計を立てる練習として、レイムの家で過ごしてきたけど、あなたのその眼鏡……! 維持費がかかり過ぎて全然金は貯められないし……。まあ、そのおかげで優秀な相棒を手に入れられたし、使用人もいたから楽はできたわね。でもやっぱり、優秀な使用人と比べると粗が目立つわ。あなたも精進なさいよ?」
ジャンネが相棒で、僕は、使用、人、だって……?
は、はっ、ははは……。
こいつは……こいつはこいつはこいつはこいつは!
こいつは何を言ってやがるんだああああああああぁあっァァァァぁぁア!
「お、前……お前わぁあぁぁ!」
護身用の剣を抜き放ち、僕は目の前のクソ女に切りかかる。
「まあ、怖い」
防御もしない、反撃もしない。
ただ僕の剣を素手で掴んで止めただけ。
「何で切れねえんだよおォォ!」
「へえ、あなたって怒ることもあるのね? 初めて知ったわ」
余裕に塗れたクソ女の顔と声が、俺の怒りに更に火をつける。
しかし、この場で眠れる力が目覚めるはずもなく――
「でもねぇ、あなた、弱過ぎるのよ!」
ラーナは掴んだ剣を振りまわし、僕を壁へと投げつけた。
「ぐああああぁぁ! っかは……!」
壁に強かに叩きつけられ、肺の空気が全て吐き出される。
「じゃあ、もう構わないでね? 元使用人さん?」
朦朧とする意識の中、クソ女の声が聞こえる。
湧きおこる怒りに任せ、なんとか立ち上がろうともがくが、一向に足に力が入らない。
僕は……!
僕は……『使用人』なんかじゃない……!
僕は…………レイムだーー!
ラーナが近くの大きな扉へと入り、それを見届けた後、僕の意識は真っ暗な闇の底へと落ちていった。
次回は妹の出番です。
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