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式直後の大騒動


ヴェルト・ラウディ公爵令息と婚姻したセルファは、ゆったりとした仕草で扇子を口に当てた。

かすかに首を傾げた艷めくピンクブロンドの絹髪が、陽を浴びて輝く。


まあ。と小さく漏らした声は、軽やかに歌うようだ。

彼女の視線の先では、涙を流す女性を抱きしめる、先ほど夫となったヴェルト。

婚姻式の直後、参列した方々に改めて挨拶をするため、身支度を整えて教会の庭園へ向かおうという時だった。


「……あら、まあ」


もう一度呟く。


ヴェルトには、学生時代から懇意にしている男爵令嬢がいるというのは、社交界では有名な話だった。

男爵令嬢が、身分を弁えず王太子殿下や宰相閣下の子息、並み居る高位貴族の男性に粉をかけていたことも。


ほとんどの者は見向きもしなかったが、唯一男爵令嬢に傾倒したのが、ヴェルトだった。

公爵家の嫡子、次期公爵である。

これはまずいことになったと慌てたのは、公爵夫妻。


どんどんと深い仲になっていく息子と男爵令嬢を引き離すため、王妹である公爵夫人は兄王に泣きついた。

そうして王命により婚姻相手に選ばれてしまったのが、隣国に留学していたデュクロ侯爵令嬢セルファであった。


王命のため突如国に呼び戻されたセルファは、三ヶ月の婚約期間を経て先ほど婚姻した。

長兄であるデュクロ侯爵はあらん限りの手を尽くしたが、ありとあらゆる条件と引き換えに、婚姻を承諾するしかなかったのだ。


婚約期間に一度も顔を見せず手紙も寄越さないヴェルトであったが、貴族の婚姻などこんなものだとセルファも気にしていない。


とはいえ。


よろ、と狼狽えたように一歩後ろに下がり、ウェディングドレスの長すぎる裾を踏んだセルファは、意識も覚束ないように大きく体勢を崩した。


「きゃあああ! 奥様! セルファ様!!」


すかさず、傍に付き従っていた幼少期からの侍女が、悲痛な声を庭園中に響き渡らせる。

足を踏ん張り腹に力を込めた、それはもう見事な発声だった。


(また腕を上げたのね、ミルアったら……)


ふらふらとしゃがみこみ、はらり、はらり、とセルファは真珠のような涙をこぼす。

一番美しい涙のこぼし方など、身体に叩き込んだ教養科目だ。自信がある。


騒然とする場内、駆けつける足音、悲鳴に驚いてさらに強く抱き合う男女。

神殿内は瞬く間に修羅場と化した。


「わ、わたくし……」


結い上げたピンクブロンドのほつれが陽を反射して輝きながら、ほっそりと色香を纏う首に流れる。

角度、タイミング、声量、すべて完璧だ。


「だ、旦那様が……っ!」


ひゅっと息を吸って喉が鳴る。

全員の視線が、未だ抱き合う男女に鋭く向けられた。


「わっ、私は、彼女を愛している!」


馬鹿か。馬鹿なのか。

せっかくセルファがここまでしたのだから、何か言い訳でもしてこちらに駆け寄れば事実にしてやるものを。


自分を抱きしめる侍女の口から、ふ、とため息が漏れた。

わかるわ。同じ気持ちよ。


セルファは華奢ながら豊満な身体を震わせ、侍女の腕に縋りついた。


「み、ミルア、わたくし、修道院に、まいりますわ」


「白い婚姻を貫くと誓うなら、我が家に迎えてやるさ! 私の真実の愛は、彼女だけのものなのだから!」


いやもう本当に馬鹿なのか。黙ってほしい。舞台俳優のつもりか。

カタカタと怒りに身を震わせるセルファに、しかし周囲からは気の毒そうな視線が注がれた。


「なんてこと……! ミルア、どうしましょう! わたくしの旦那様は、女神様の御前で、偽りの誓いを立てたのだわ……っ!」


「奥様! なんてお可哀想に……」


この国は、女神信仰である。女神様は、愛と罪の神。

もう一度言う。愛と、罪の、神だ。


その昔、身を焦がすほど愛した夫に手酷く裏切られ、夫と愛人に死ぬことのない呪いをかけた上、今もなお死を願うほどの拷問を与え続けているという女神だ。


愛し合う者たちには祝福を、裏切りという罪には死ぬよりつらい復讐を。

その御前で愛を誓うことを婚姻と呼び、不義には罰を与えると言い伝えられている女神。


実際に女神が罰を与えるか否かは別として、この国では女神への誓いを尊ぶ傾向が非常に強い。

ゆえに。


「なんて恐ろしいことを……」


「ああ、女神様、花嫁様にお慈悲を!」


「あの女は誰だ! 男の親をすぐ連れて来い!」


という流れになるのは当然のことで。


喚き散らす男女はすぐさま拘束され、セルファは侍女に促されて控え室へ引き返した。




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