Ep.16 印象操作〜クララside
Ep.15の一部、表現が分かりにくいとの指摘を受けまして
『事実だけれど、事実でもない
嘘だけれど、嘘でもない』
↓
『事実だけれど、真実ではない
偽りだけれど、嘘ではない』
変更しております。
私は徐々にお姉様の評価を下げていく。
まずは家族や屋敷の人間をターゲットにした。
それには朝食の席が、絶好の舞台だった。
お父様とお母様、そしてお兄様も揃っている場で、私はわざと少しだけ姿勢を崩した。
「クララ。背筋が曲がっているわ。ちゃんと姿勢を正しなさい」
案の定、お姉様は冷たい視線を一瞬だけ寄越すと、すぐに自分のお皿に視線を戻した。
「……あ、ご、ごめんなさい、お姉様……」
私はビクリと体を震わせたふりをして、それを隠すようにぎゅっと銀のカトラリーを握り締めたけれど、抑えきれずに手を滑らせたように見せかけ、カチャリと音を立ててお皿に落としてみせる。
瞳にじわりと涙を浮かべ、縋るような視線を一瞬だけお父様たちに向けた後、すぐに俯いた。
「下を向くのはお止めなさい。公爵家の令嬢なのだから堂々となさい」
そう、それでいいんですよ……
お姉様が正論を吐けば吐くほど、私が『お姉様に怯えている』ことの真実味が増していく。
髪で顔を隠しながら、私はこっそりとほくそ笑んだ。
「クララ、そんなに怯えなくていいのよ?次からは気を付けたらいいわ。セシリアも、もう少し優しく言ってあげてちょうだい?緊張させすぎてしまったら、失敗を怖がって余計に失敗してしまうわ」
お母様は困ったように眉を寄せ、私を慰めながらお姉様に注意をした。
お父様とお兄様も困ったような顔で見ている。
今までは『お姉様によく叱られている』と告げ口をしていただけだったけれど、実際に目にしたことで『厳しい姉と萎縮する妹』という印象を植え付けられることができただろう。
「……はい、お母様……」
「……分かりましたわ」
私は、まだ失敗を引きずっているかのように返事をしたけれど、お姉様は表情を変えずに淡々と答えた。
今日は上手くいった。
でも、この手は何度も使えないだろう……
私は手を替えながら、少しずつ、少しずつお姉様の印象を変えていった。
でも、そんな私の完璧な計画に、余計なものが混じり込んできた。
私が9歳になった頃、お姉様は突然、一人の男の子を連れて帰って来た。
お父様たちが話を聞くと、孤児院から引き取った子で名前は『ノイン』だそうだ。
年はお姉様より一つ上の12歳。
お姉様は自分で給金を払うから専属執事にすると言い出した。
綺麗に整った容姿に、さらさらとした黒髪、そして射抜くような緋色の瞳……
平民特有の訛りもなく、平民とは思えない洗練されている所作……
でも、それよりも癇に障ったのは、私がどんなに『お姉様に虐げられる妹』を演じても、彼は見向きもしなかった。
お姉様は自分の身の回りのことは、ほぼノインに任せ、常に側に置くようになったせいで、屋敷の中でお姉様のせいにすることが難しくなってしまった。
クビにしてやりたくても、お姉様が個人で雇っている使用人だから、お父様たちでもどうにもできない……
何だか悔しかったけれど、一人くらい仕方ないか……と諦めるしかなかった。
それでも、これを利用しない手はないことに気付き、定期交流でハインリヒ様が屋敷に訪れた時に仕掛けることにした。
「……ハインリヒ様、あの……」
「クララ嬢?セシリアなら授業が長引いているから、まだ来ていないよ?」
ハインリヒ様は、私が言いづらそうに視線を彷徨わせている姿を見ると、心配そうにテーブルまでエスコートしてくれる。
もちろん、お姉様の授業が長引いている事は確認済み。
ノインは授業中も部屋の隅で待機しているから、こちらには来ない。
「いえ……その、あまり、お姉様を責めないであげてください……」
「急にどうしたんだい?セシリアから、また何か「いいえ!!」」
「また、お姉様に怒られたのか?」と続けようとしたのだろう。
そんなハインリヒ様の言葉をわざと遮って、少し大きめの声で否定する。
本当は無礼な行為だけれど、それにも気付かないくらい焦っているように演出してみせた。
「その、お姉様は……ただ、執事のノインをとても信頼なさっているだけなんです。ノインも孤児とは思えないくらいに言葉遣いも、所作も完璧で……それで、常に傍に置いているだけなんです!」
ハインリヒ様が、ノインのことを知っているのかどうかは分からない。
知っていても、孤児だという事までは知らなかったかもしれないし、そこまで常に傍に置いているとは思っていなかったかもしれない。
「……セシリアは、素性の知れない男をそこまで重用していると言うのか?」
ハインリヒ様の顔に、不快感と嫉妬が混じった影が落ちた。
「あ……すみません!今の言葉は忘れてください!その、信頼できる相手がいることは良いことですよね!……なので、ハインリヒ様もお姉様を信じてあげてください……」
私はハインリヒ様の袖をほんの少し、震える指先で掴みながら、表情に複雑な色を滲ませてみせた。
思った通り、ハインリヒ様はお姉様に不信感を募らせ、二人の間に溝ができた。
更にお兄様が、ハインリヒ様に愚痴を零してくれたおかげで、私の言葉を疑うこともなくなった。
16歳になり、貴族学院に入った頃にはお姉様とハインリヒ様の仲は、もはや修復が難しいほど悪化していた。
さすがのお姉様も、学園の中にまでノインを連れて来ることはできず、おかげで、他の生徒の前で『私が虐げられている』という印象を植え付けられた。
「クララ、卒業パーティーで私のパートナーになってくれないか?」
「えっ、でも……お姉様は……」
ハインリヒ様と一緒に過ごす時間は着実に増え、卒業式を間近に控えたある日のこと。
ついに、卒業パーティーのパートナーとして私を選んでくれた!!
「……セシリアとは婚約破棄をする。クララを長年虐げてきたり、あんな素性の知れない執事や他の男との交流を広げるような者は、いくら優秀だろうと王太子妃には相応しくない」
「だから、クララ。卒業パーティーの場でセシリアとの婚約破棄を宣言し、君を私の新たな婚約者として紹介したい。……受けてくれるね?」と、私の手を取り、熱のこもった瞳でそう告げた。
そして、卒業パーティーの時……ハインリヒ様は、お姉様に婚約破棄を告げ、私と婚約する事を発表した。
……ようやく、ようやく私の願いが叶った!!
徹底的に排除する為に、ハインリヒ様に懇願して王都からも追い出した。
……全部……全部、私の計画通りだったのに……
やっと、お姉様もいなくなったのに……
何で、知らない皇女に取られなきゃいけないの!?
……許さない、絶対に取り返してやる……




