第9話 贄の痣
ジェイク様たちのおかげで、少し気力を取り戻したが……根本的な解決には至っていないのは当然なので。
翌日から、魔力脈の異常事態などへの対処をどうするかを、シスファ様中心となって動くことになった。まずは、私の身体をうろうろする『呪詛の痣』をナーディア様と再確認するところからだけど。
「……やはり、『破邪』を持つ人間を嫌っているのでしょう」
右腕に今日はいるけれど、シスファ様が顔を近づけるだけうろうろしている。痛みがないからこの前まで気づけなかったが……ジェイク様でもなかなか気づけないくらいだったので、本当にどこまで隠れていたのか。
今回、ジェイク様はさすがに除外だとシスファ様たちに追い出されたので廊下で待機されているはず? お仕事もおありだろうから、もしかしたらいないかもしれないが。
「あの、『はじゃ』ってなんでしょうか?」
「ああ、そこからですね。簡潔に申し上げますと、『呪詛』の嫌いな魔術家系の人間です」
「嫌い?」
「そうですね。呪詛自身が呪い、それをはね退ける力を持つものなので……綺麗な言葉でいうなら、『浄化』が得意な血を持つ者です」
「……じょうか」
「ええ。と言っても、私からしたら使い勝手がいいとかで駆り出されるゴミ清掃業者と思われがちですよ。仕事が多くて、目もここまで悪くなりました」
「自分には使えんの?だっけ、たしか」
「ええ。内包する魔力が混乱するので、危険視されているのです」
「……使い勝手、ですか」
「そこはご心配なく。きちんと報酬はもらっていますから。……姫のように、ただただ搾取していたのとは違うんです」
「あ、はい」
ついつい、考えがあの『箱庭』に居た頃を思い出してしまう。まだひと月も経っていないため、感覚がおぼろげなのも仕方ないかもしれない。しかし、痣は逃げるだけで消えも何もない。シスファ様も私に影響が出ないように、無理やりに痣を消そうとはしなかった。
むしろ、眼鏡ごしにじっくりと観察していらっしゃる。
「……小さい呪いでも、今魔力は姫のを喰らってはいない? 魔力脈の瘤から離れたせいか」
「こぶ?」
「特別に魔力が貯まった場所とでも言いましょうか。破邪の能力で剥がすよりも……各地の瘤に影響を与えていた呪いの可能性があるので、むしろそこで『魔力を食わせた』方がいいかもしれないですね」
「……おでかけ、ですか?」
「ん? ああ、そうですね。姫にとってはおでかけかもしれません。瘤の場所も様々なので、綺麗な観光地もありますよ」
「お! それいいね!! レティの痣無くすついでに、観光しまくるとか!!」
「それ! 俺も連れてって!!?」
「団長? 聞き耳立てるのはレディに失礼じゃないですか?? お仕事に行かれてください。あとできちんとお伝えしますので」
「ぇえぇ……」
足音が聞こえたので、本当に今まで扉向こうにいたのだろう。覗かれてはいなくても、上だけ下着なので突撃されなくてよかったと思ってしまった。
「では、まず。観光名所から順に回りましょう。むしろ、人の往来が多い地域こそ安全を確保しないといけません」
シスファ様はもう大丈夫とドレスを着るのを手伝ってくださった。侍女たちは、少しこういう場のときは別室にいるそうなので、今はいないから。
「レティはまだ十六くらいだよねぇ? 酒は十八からしかダメだから、食べ物でも甘いものいっぱい食べさせてあげたい!!」
「それは可ですね。城の食事では間食を適度にさせていますから、たまには多めもいいでしょう」
「え、満足していますが」
「いえ。本来の女性の食事量より、だいぶ少ないのです。『箱庭』での生活は軽く聞いていましたが、節約のやり過ぎでしたよ。頑張られた方には、ご褒美も当然」
「牛乳と卵が好きなら、ケーキとか揚げ菓子とかいいんじゃない?」
「ああ、たしかに。あれはなかなかに美味しいですから」
「……お、美味しいものですか?」
「もしかしたら作ったことあるかもだけど。……出来立てとかの、食べたくない?」
「た……食べたい、です」
お城での最初の食事は療養にちなんだものばかりだったが。普通の食事になってから、牛乳の濃厚な甘さとふわふわの卵が大好きになった。『箱庭』で自分が管理して調理していただけでは、周りに誰もなにもないから……美味しくないと感じていたかもしれない。本来なら、亡国の王女でもひとりでの食事だろうに、ジェイク様が取り計らってくださり……騎士団の皆様といっしょに食事を取れているだけだから。
なので、全部は食べれていなくてもたくさん食べようと頑張っていた。それを知ってくれているのか、おふたりもいろんな話題を出してくれているのかもしれない。まだ『箱庭』と『シュディス帝国のお城』以外、どこにも行っていないし……捕虜ではなく『保護対象』なので、扱いが違うのだろう。
「よーし! シスファ、瘤の位置で一番近いそーゆーとこってどこ??」
「ルリルアの湖畔ですね。水脈に乗じて魔力の吹き溜まりがいくつかある場所ですが、岸辺でも私たちが居れば痣に瘤の魔力を循環させられるでしょう」
「あ、湖なら野営して焼き魚とかいいね!」
「……ナーディア。姫の食事事情を知ってても、魚を焼くのは」
「お、お魚……ここの、好きです」
「あ、いえ。姫? 無理に合わせずとも」
「……そうですか?」
『箱庭』だと魚は基本的に食べれないので、こちらでソテーというものを食べた時のふわふわしたのは美味しいから好きになれた。庶民の味みたいな生活をしていたから、特に気にしていなかったけれど……そこは、やはり元王女ということで気を遣われてしまったみたいだ。
出発は、騎士団の遠征名目も兼ね、三日後になった。
次回はまた明日〜




