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『箱庭の贄姫』は呪い以上の愛を知ることに  作者: 櫛田こころ


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第5話 日常のやり直しを

 私の『養育』のやり直しは、思った以上に大変だというのがわかった。



「読めますか?」

「……あまり」



 言葉はなんとか話せていても、文字を読むことなど『箱庭』では必要がなかった。家畜の世話などに、いちいちメモなどする必要もなかったし……文字を学んだとしてもかなり昔だ。使わなければ覚えていないのは仕方がないが、養育係のハリージア夫人は怒ることなく苦笑いするだけだった。



「では、基本的な共通語の識字から勉強し直しましょう。文字の書き方もいっしょに」

「……はい」

「気を落とさずとも。姫様は特殊な環境に居たとお聞きしてますわ。お気になさらず」

「けど、姫らしくはないです」

「そうでしょうか? 身なりが整った今では、私の目で見ても『姫様』ですわ」

「あ、りがとう……ございます」



 外見だけは、亡き母の容姿を受け継いだのかもしれない。髪も伸ばしっぱなしだったが、毎日湯に入って髪を洗い続けたおかげでくすみが抜けてきたのもあるかも。今は、侍女がつくようになったので、ジェイク様がしてくれたのと違うまとめ髪で勉学をやらせてもらっている。


 ペンを使うのも相当久しぶりだったが、手を汚さないように一文字ずつ書くところから……頑張ってみたが、やはり最初なのでいびつだった。ある程度書くのに慣れてからは、夫人は違うことをしようと言ってくれて。



「あら、お裁縫はお上手ですね?」

「……繕いはよくしてたので」



 刺繍、などと大それたことではないが。ステッチを覚えれば、ハンカチに簡単な刺繍を施すのも早かった。せっかくなので、と夫人は『大きい宿題』として刺繍の課題を出してくれた。大きめのハンカチに、好きな刺繍をするものだ。



「せっかくなので、団長へプレゼントはいかがかしら?」

「……ジェイク様に?」

「可愛らしい姫様のお手製となれば、喜ばれますよ?」

「……お世話になっています、し」

「ふふ。まずはそのお気持ちだけでも」

「……だと、騎士団の皆様にも」

「まずは、でいいですわ。ゆっくり過ごされるのが姫様の今のお務めです」

「……十分ですが」



 家畜の世話もなく、起こされるまで寝てもいい。ご飯もたっぷりと食べていい……夢のような生活が毎日ある。それだけで幸せと言っていいかわからないが、ジェイク様へお礼の品を渡すように提案されたら……ちょっとだけ、頑張ってみようと思えた。


 朝のあの時間は、結局しばらくないまま五日くらいが過ぎた。食堂での時間はあるが、ジェイク様は騎士団のお仕事もあるので、ナーディア様たちとお仕事の話をされることも多い。無視、されているわけではないが……ご飯を食べても、少し美味しく感じないと思ってしまう。


 何が、これ以上寂しいのだろうか。分け隔てなく、場を与えてもらっているのに……。


 でも、時間を自分で作る理由になるかもしれない。向こうへお願いするわけではなく、自分からちゃんと。ジェイク様は『箱庭』から出してくださった恩人なのだから、お礼の言葉だけでは足りないのだと気づいたのもあった。手に何も持っていないと思ったら、魔力以外で何か出来るのであれば……男性が持っていてもおかしくない柄を夫人に教わり、丁寧に縫うところから始めていると。



「レティ! 来ちゃった!!」



 暇の時間を使い、刺繍をしていると……ジェイク様ご本人が来てくださった。時間を作ると言っていたのは本当のようだったが、お仕事が大丈夫なのか半分心配になったけれど……なぜか、少しうれしいと思った。普段から明るくて優しいから、多分……これが『刷り込み』というのかもしれない。同じ女性のナーディア様とシスファ様との接し方にも慣れてきたと思うけど、やはり最初に出会ったこの方とが。



「……お仕事、大丈夫ですか?」

「うん。めちゃくちゃ早く終わらせてきたよ! シスファにも文句言わせないくらいにね!!」

「……それは、いつも同じにすれば?」

「手痛いね。……え? 毎日来てもいいのかい?」

「……嫌、とは言っていないので」

「言質もらったよ!! そうか。では、お茶の相手に俺がなってあげよう」

「……ありがとうございます」



 控えていた侍女に準備をお願いして、私は刺繍を片付けようとしたのだが。なぜか、ジェイク様に枠をつかまれたので片付けられなかった。



「……男物の柄」



 少し、怖い声音だったが……まさか、なにか怒るようなことでもしてしまったのか。だが、すぐに『作る理由』を言えばいいのではと単純なことを思い出した。別に、先に言っても悪いことではないから。



「ジェイク様……へのお礼の品に」

「……俺に?」

「夫人に……どうですか、と」

「……そっか!」



 満面の笑み、というのは目の前にある輝いた笑顔なのだろうか。


 その素敵な笑顔を見ると、胸の奥が焦げ付くように痛むのに嫌な感じはしない。喜んでもらえたのに、私もうれしくなったのだろう。もう一度頷けば、ジェイク様は木枠から手を放してくださった。



「……ご迷惑では」

「ない! 絶対ない!! あ~……レティが俺に!って思うと嬉しいな~~」

「……拙い刺繍ですが」

「そんなことないよ? こことか結構難しそうなのに、綺麗に整ってる」

「……そう、ですか」



 何故だろう。やはり、夫人に褒められた以上にうれしく感じてしまう。懐を少し許した相手に、私はこんなにも単純に感情がこみ上げてくるのだろうか。


 とりあえず、休憩も兼ねてお茶の時間になると……時間を見ていたかのように、シスファ様とナーディア様もこの部屋へ入ってきた。態と、だろうか?

次回はまた明日〜

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