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『箱庭の贄姫』は呪い以上の愛を知ることに  作者: 櫛田こころ


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第30話 しばしふたりきり

 お城に戻ってきたあと、なぜか部屋でジェイク様とふたりきりに?


『魔王』は邪魔をしないからとさっきから静かになってくれているけど、私はこの場がどうして設けられたかの意味が分からなかった。シスファ様たちはあの捕らえた方の魔族への対応に忙しいのはわかる。


 けどそれに、ジェイク様が同席しない意味が分からない。団長であるのなら、責任者とやらでいなくていけないのでは? 


 なんとなく、ベッドの隅に座っているとジェイク様はその間くらいに腰かけてくるし!? 意味が分かりません!!



「……レティ。少し、聞きたいんだが」



 沈黙を破ってくれたのはジェイク様だった。顔を上げたところ、彼は少し困った様子で私を見下ろしていた。なにか失礼なことでもしてしまったと焦りが出たが、ひとまず頷くことにした。



「あ、はい」

「『魔王』の望み。本当に、叶えてあげるつもりかい?」

「望み。……私が母親に、のことですか?」

「そう。君は父親を誰にとか言わなかった。……望む相手とかいたりするの?」

「は?」



 またいきなりな質問に、変な声が出てしまった。たしかに、『魔王』とは念話の中で約束したかもしれない。『魔王』自身も、ジェイク様に私が母親であることを切に望んでいるのを告げていた。


 しかし、人間が子を産むには『親』が必要。片親だけでは無理なので、私の場合男性から……そういう関係になるときのモノをいただく必要があると、シスファ様たちにはなんとなくだが教わっていた。


 だから、余計にジェイク様が気にされる意味がわからなかった。この方が、何故私の相手なんかを気にされるのかを。



(だって、私が望んでジェイク様が頷いてくださることなんて……ないと思う)



 側妃の娘でも、亡国の王女。


 騎士団の団長という身分をジェイク様は持っていらっしゃる。そのふたりが結ばれてもいいとまで、学の少ない私でも受け止めてしまいそうな言い方を……困った様子のジェイク様はご自身で口にされた。


 そんなこと、私の妄想とかが見せたものじゃないかと思いたいくらい。


 だけど、距離を詰めて後ろに置こうとした手を掴まれた。ぬくもり、以上に熱いと感じたからこれは夢じゃなかった。



「なんで、逃げるの?」

「じぇ、ジェイク様……が少し、変ですし」

「俺はいたって、平常だよ? ただ……俺の気持ちがあふれていることは、間違いない」

「気持ち?」

「うーん。学が少ないとかそれよりも、交流が少ないレティにはちゃんと言おうか?」

「ひゃ!」



 掴んでいた手から腕を。そして、ご自分の懐に引き寄せて私を抱きしめてくださった。びっくりしてまた変な声が出たのに、ジェイク様は気にせずに私の背にも腕を回してきた。



「君は幼いだなんて、みくびっていた。自分の考えをしっかり持っているし、相手にぎこちなくともちゃんと伝えられている。だから、俺は最初に出会ったときは驚いたけど……手元に置いておきたいわがままが出たから連れてきたんだ。……俺の、レディになってほしくて」



 一人前どころか、半人前の学でも……ジェイク様の言いたいことがわかってきた。


『魔王』を宿している私とかそんなの関係なしに、『エルディーヌ()』だけを見てくれていたのだ。最初から今まで。


 それは執着に近い、愛情よりも深いものかもしれない。ほしいと駄々をこねる子どものような感情とは真逆の、真摯な感情とは違うのかもしれないが。


 今のように身綺麗にもしていない、あのぼろぼろだった『私』ですら見てくださった上での答え。この言葉を信じていいかどうかの感情は……あったと思う。私ですら。


 最初は言い訳にしても、好きな相手の下着を見て身だしなみも整えてくれた、少し情緒の欠ける行為を嫌だと思うことがなかった。


 むしろ、この方なら……くらいに、思っていたではないだろうか?


 衣服越しに伝わる、温もりとトクトク打つ音の速さはなんなのかも、わからない私はもういない。それに、『魔王』とはきちんと約束したのだから……欲しいと思う相手のことも。


 だから、私は思い切って体の力を抜いてみて、ジェイク様の胸板に頬を当ててみた。当然、ジェイク様は驚かれて体が震えていた。



「……怖く、ないのかい? 無理やり引き寄せたのに」

「…………いいんです。ジェイク様だから」

「レティ?」

「色々見られているとか、そんなの関係ないです。ジェイク様のお隣に立っていい資格……私なんかになくても、貴方様が望んでいただけるのなら」

「……レティ」



 髪を撫でられ、そこから顎を少し上に。


 今まで以上に近い距離に、少し目を逸らそうにもジェイク様からは『ダメ』とかわかうようにして前を向かされた。


 深い色合いの瞳の奥に、真っ赤になっているであろう私の顔がある。こんな慌てた表情、鏡でも見たことがないから恥ずかしくてたまらない。


 だけど、ジェイク様は一向に放してくれなくて……むしろ、自分のお顔を近づけてきた? 軽い音とともに、自分の口に何かやわらかいものが当たった気がする。ふわっとしていてやわらかいのに、しっとりもしてて……もう一度確かめたかったが、やっと放してくれたジェイク様がにこにこ笑っている方に見惚れてしまった。



「……なんで、笑っていらっしゃるんですか?」

「だって。キスしたのに、物足りなさそうな顔して可愛いから」

「キス?」

「こういうこと」



 今度はしっかり、といった具合に唇を合わされたので危うく呼吸を忘れそうになった。少し苦しかったが、さっきよりもはっきりわかる合わせ方に……胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。


 ああ、つまり、これは。



「……その。お慕い申し上げて……いいんですよね?」

「もちろん。俺も君を女性として慈しんでいる」



 キスはしなかったけど、もう一度抱きしめ合うことで気持ちを確認したまではよかったのだが。


 このあとに、実は身分を大きく偽っていたことの謝罪をされ……皇太子だという真実を耳にした途端、意識を『魔王』に譲りたくなるくらい逃げたい気持ちにはなった。当然、ジェイク様は逃がしてくれずに、一晩中抱っこしてくれたのだが。

次回は土曜日〜

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