第27話 言い出したのは意外にも
奴らが笑い転げるのも無理はない。俺だって、エルディーヌの意識の奥に潜んでいるものだから……そりゃあ、笑い転げたものだ。
(壊す、か。『俺』を産み直すことで固めてきた『胤』の礎を)
エルディーヌの意識に宿ったのは、先代の贄姫が没して割とすぐのこと。妾腹だったあいつは、幼いころから魔王の『俺』に必要な魔力は蕩けるように美味かった。美味かったのだが、同時にエルディーヌの周りに起こる不幸とやらに感化されたのか。
『魔王』を目覚めさせて、魔族の連中はなにを望むのだろうかと思った。
いくつもの『胤』の記憶を引き継いでいた『俺』も存在があやふやになっていたせいもある。
『魔王』として復活したいのか。ただの、『俺』として生きることをやり直したいのか。
エルディーヌが贄姫に据えたのは、魔力だけでなく生き様を見て豚王が決めたそうだが。はっきり言って、王族の末でも姫にやらせていい日常ではなかった。
(腐ってる。この国を基盤に魔族らを集めて……『俺』が『魔王』に君臨したとしても)
糧を得るのに、やりたくもない毒獣の解体を自分で行い。
糧を得るのに、それこそ村人以下の生活を虐げられ。
そのうえで、最後は『胤』を育てるだけの苗床にさせられるだと??
いくつもの『胤』も『俺』に伝えたかったのか……その虚しい感情でエルディーヌの意識の傍らを覗き見ることしか出来ない。この娘はいずれ死ぬにしても『苗床』をつなぐために老婆になるだけしか、ほとんどいる理由にされていなかった。
(だったら、『箱庭』から出してやりたい! 『俺』もこんな土地で君臨もごめんだ)
このときは、まだ『魔王』への意識が強かったのだが。魔族連中が周辺の国々をラジール王国に襲撃するように甘言を唆したように見えたが、帝国だけは違った。
あの闇に浮かぶ海を思わせる深い青の瞳の男。皇太子の身分を隠し、騎士団の団長としてエルディーヌをかっさらったジェイクは違っていた。
エルディーヌの嘆きを聞き、心に寄り添うように手を差し伸べ……しまいには、惚れたのかで小柄な身体を抱き上げて連れて行くという始末。完全に予想外だったが、『俺』はこの展開を悪いとは思わなかった。
エルディーヌの生活を整えてくれたのもあるが、惚れた欲目もあるのかで必要以上に近づくあいつを『俺』は男側では仕方ないと思うくらいに……気を許していたんだよな?
だから、エルディーヌの初潮のあとに『胤』を『俺』だけにすべくすべて吐き出し。
『俺』の意識が整ってから……まあ、自己紹介というか面倒な魔族連中をどうにかすべく『魔王』をやめる宣言をしたんだ。
とはいえ、エルディーヌの意識と同調しかけていた今の今で。笑い転げる『俺』はなかなか止められない。声を聞こえないようにしてはみたが、パスが届いたのかで念話のような振動が『俺』に届いてきた。
エルディーヌの前ではジェイクらがまだ笑いをこらえていたが、仕方がないと返事をしてやることにした。
『……おかしかった?』
『いや。あんな生活をしていた場所を、遠慮なく壊すと言い出した贄姫はお前が初めてだよ』
『そうなの? 今までの贄姫はどうしてたの??』
『……最後には『胤』にすべてを持ってかれるからな。枯れていくのを受け入れてただけだ』
『……私、まだ大丈夫?』
『逆に、ジェイクらに協力してもらってんだ。順調すぎだぜ』
温もりと同じくらいの喜びを知ったこの姫なら。
かつての贄姫らは最後の最後で諦め、魔力と魂ごと『胤』の中に吸収されて終わりだった。『魔王』が討伐されてから幾百年。『俺』が成長するまではここ百年以内だったとしても、エルディーヌのようにまだ幼いうちから贄姫でいたことが……この場合、意見として口に出たのがよかったのか。
『俺』を自分の子どもにしてくれることを受け入れてくれ、ジェイクへの淡い恋心も自覚し始めたからこそ。外堀を埋め、ジェイクにも改めて告げてほしいのだろうな? 毎回、ほとんど告白じみた言葉を挟み込んであるのに、これまでの経験の無さのせいで気づいていないとみた。
『俺』も少しぼかして告げてもだいたい似た反応だったし……面倒だが、まだ母になるための肉体ではないからな? ゆっくり発育させるのには、ジェイクのように好いてくれる人間の傍にいた方がいい。
女らも、まあエルディーヌの素直な性格を好ましく思っているようだから、悪いようには扱わんだろう。
「え、レティ!? あたしはあんま見てないけど、自分の住んでいたとこ壊していいの??」
炎帝の娘は笑いが落ち着いたのか、ようやくエルディーヌに質問を投げかけてきた。ジェイクの方も何回か咳払いしたから……もう大丈夫だろう。『俺』としてはジェイクと話があるんだが……今はエルディーヌの意見が優先なので引っ込むことにした。
「あ……はい。私が食べてた獣たちは、身体に悪いものたちだと聞いてましたし」
「それはまだ捕らえたままの魔族が言っていましたね? たしかに、毒獣の毒素が沁みついた土地というのは……炎帝の焔でも焼き切れるでしょうか?」
「あたし以外の能力者もいないと、一軒家以上の土地全部はしんどい~」
「それはもちろん。それと、沁みついた魔力を焼くのは」
「『魔王』がレティを介してやってくれたが……レティ、『彼』とは今話せるかい?」
「……変わっていいのなら」
たしかに、ここは『俺』の判断だけで言い切らないと納得しないだろう。意識を引き寄せるようにして『表裏』を入れ替える。この方法だけなら、エルディーヌの意識も無事だ。特に今は移動だけで、阿呆な魔族らも近づいてくる気配はない。
「簡単に言えば、出来るぜ。『俺』よりもエルディーヌが受け継いできた『贄姫の魔力』全部だからな? 『俺』の中にもあった『胤』を各地に散らばせたのは魔族連中だが……諸悪の根源とやらを潰せば、悪魔の卵も供給源の魔力が来ないからいずれ死滅する」
「魔力脈に、姫の魔力を流していたのが『箱庭』そのもの?」
「シスファ、正解。最終的な浄化はもちろん必要だが……『魔王』になりかけだった『俺』をエルディーヌの子どもにするのだけは赦してくれ」
「……私だけの判断では」
「というか、レティに許可取っているんだろう?」
「それも正解。男か女になるかはわかんないしな」
ただ魔族の長というだけで、性別を決めていいかわからない。そのため、エルディーヌが話しやすいように魔王の中でも多かった『俺』として魂の『胤』を形成しているだけだ。歴代のとやらに、魔王は女もいたらしいからな? 『俺』の最後の言葉でぽかんとしてたナーディアのように勇ましいのもいたそうだが。
今は、エルディーヌの悲願ともなった『箱庭』破壊が優先だ。ある程度話し合いをしたところで、エルディーヌの体力が限界だったのか……あいつも『俺』も城に着くまで寝ることにした。髪をあたたかな手で撫でられたまでは覚えていたが、エルディーヌが喜んでいるあたりジェイクだろうな?
ほんと、『俺』を産むのにちゃんと結ばれろよ? 一目惚れ同士!
次回は土曜日〜




