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『箱庭の贄姫』は呪い以上の愛を知ることに  作者: 櫛田こころ


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第25話 『胤』が苗床に

 姫の持つ『胤』ではない、『胤のかけら』があの魔族の中で……なにかしらの苗床として育ってしまったのでしょうか。簡易的な牢獄を蹴破るだけならまだしも、覚醒に等しい魔力の放出には……さすがに、眼の封印具を外して武器化するしかありませんでした。


 破邪矢に仕立てて射貫きましたが、あまり効果はないようです。母のように洗練された矢を創るにはまだまだ修行不足ということでしょう。今はそれを悔やんでいるよりも、目の前の異形と化した魔族をここで消滅させることが先決。


 エルディーヌ姫をもし連れ出され、『閃光』の工作部隊が捜索中の『箱庭』にまた生活させる以上の『何か』をされたら……我々が生きる保証がありません。魔力の瘤の悪魔どころではなく、もっと厄介なことです。



(……殿下の怒りが怒髪天どころで済まなくなりますからね。今までの令嬢とは違った態度をとるからには、あの甘々な態度は『本気』ですし)



『箱庭』で贄姫の発見をしたときには、必要価値がなければ殺すのも厭わないあの方が……お姫様抱っこしながら、妹姫よりもことさら愛おしいという雰囲気を醸し出していましたからね。あの上機嫌を壊さない程度の会話術を毎回考えるこっちの身にもなっていただきたい。


 でも、私も今は。



「姫を渡すなど、絶対させません。我が破邪の矢を受けなさい」



 深層の令嬢以下の生活をさせられていた、貧相な体つき。されど、魔力脈が瘤へと成長しやすいくらい極上の魔力を持つ彼女は。他人と隔絶させられた生活を送っていたのに、殿下からの好意的な気遣いのおかげで……少しずつ、優しさを出してよいのだとわかりはじめたばかり。


 あの愛らしさは殿下の隣にいてもなんら問題ありません。養育もほかもなにもかも、これから学び直し、身体も整えていけばいいこと。私たち軍人を今は怖がらない可愛らしいあの空気をこれ以上壊したくはない。



『「はぁ? 破邪矢なんて、あんま美味しくないのよねぇ?」』



 魔族は、少し意識を取り戻したのかあの気色悪い話し方に戻って……刺さっていた破邪の光の矢を音を立てて食べ始めた。やはり、まだ修行不足と内心落ち込みそうになるが、ここで出来得る限りの足止めをしなければ。姫のため、殿下のため。



「破邪が美味しくない? 当然だ。魔を消滅させるための、礎の力だからな!!」



 少し眼に負担は大きいが、複数精製してから射貫くように放つ。能力者は特化した身体の部位に負担を強いるデメリットがある分、鍛えれば効能が増すとは言われているものの……結局、破邪の能力者は失明手前まで駆使してしまうパターンが多いとされていた。私はそのために、筆頭候補の座を得たときはこの封印具を所望したものの……今酷使すれば、失明手前にまで行くだろう。既に視力は破邪の能力発揮をするたびに衰えている。


 だが、主となる姫のために動くことに後悔はない。



「おい。止まれ、シスファ」



 肩より下を軽く叩かれただけなのに、能力の中断の操作をされてしまった。


 物言いは殿下と同じような態度のはずなのに、声は殿下のそれではない。


 がくんと膝をついた私の横に立っていたのは、エルディーヌ姫。口調から察するに、さっきの『胤』だった『彼』が表側に出てきてしまったのか。こんな短時間でそれを繰り返せば、呪詛の痣にも影響があるはずなのに!!



「止めたんだよ、俺も」



 今度は背後に殿下が。ということはナーディアもいるはず。そこに気づいたときには魔族の方で交戦の鍔迫り合いみたいな音が聞こえていたので、この会話ができるように時間稼ぎをしているのか。



「ジェイクに『俺』は言ったんだ。エルディーヌのために、この場を収める手伝いをしたいって。どーせ、『俺』を復活させたいとか阿保抜かす連中が増えたかと思ったが……さっき、エルディーヌの魔力吸った奴か。『俺』の塵の一部まで吸ったらしい」

「……ごみ、ですか?」



 魔族にとってもご馳走の魔力。呪詛が育ちやすいための、痣から排出されたそれ。


 そして、『彼』の一部が『胤』から絞られ……あの魔族が吸った?


 なら考えられるこの『彼』の正体は!!?



「おっと。『俺』の正体を簡単に口にするな。エルディーヌの意識は保っているから、混乱以上に怖がらせてしまう」

「けど、レティもなんとなくわかっているのにかい?」

「あとで。の方がいいだろう。今意識も守りながら、あの阿呆止めんの考えているからな」

「……どうされるのです?」

「元は『俺』だったが。塵は塵だしな? そこだけ……燃やす。だから、ナーディアに協力してもらってんだ」



 言葉の終わりと同時に、炎帝特有の焔を出す音が私の耳にも届いてきた。振り返れば、ナーディアがこちらに戻ってくるのが見え……あの魔族は、焔の中で焼かれながらも喚いているだけだ。ぎりぎりの火力で燃えカスにならないように、ナーディアが調整したのか。



「で? あそこからどうするんだい?」

「あいつから、塵だけ抜いて焼き尽くす。簡単だろ? 阿呆はすぐ外出すから、もういっぺんぐるぐる巻きしといてくれ」



 指を軽く鳴らし、『彼』はすぐに指示通りのことをやり遂げた。魔族は焔の中から引っ張られるように倒れ、そこから黒い糸のようなものが全身から出てきて……まだ消えない炎帝の焔の中に投じていく。殿下が騎士団の長として魔族の回収を始めながらも、その糸は抜き切るまで焔の中で焼かれていく。


『魔王』が自らの『魔』を焼いているのが……破邪の者として信じがたかった。




「……姫は、今。意識があるんですよね?」



 この光景を見て、どう思われるのか。最初に『魔王』が表側にきたときにもなんとなく意識はあったとおっしゃっていたが……誤魔化しは利かない事実が目の前にあるのに。また、酷くふさぎ込みはしないか心配になった。



「大丈夫、だ。ジェイクのためになんか自分でしたいって正義感が強いんだよ。だから、俺は『胤』として対応しただけだ」

「……御子、として?」

「エルディーヌには、ちゃんと『俺』の親になってほしいからな! っと」



『魔王』が急に振り返ったかと思えば、槍のような閃光を結界みたいな壁で弾くのが見えた。結界の向こうには物凄く不機嫌で変に身綺麗な少年が宙に浮いていたのだった。

次回は火曜日〜

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