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『箱庭の贄姫』は呪い以上の愛を知ることに  作者: 櫛田こころ


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第21話 贄姫の足掻き

 足掻きと言われてもいい。だけど、守られているよりはと何かをせずにいられないこの状況で。


 せめてもと、瘤の中の『卵』を破壊するのはどうすればいいのか、くらいしか頭が回らない。ジェイク様たちを助けるためにも、これくらいしかないと思った。命を捨ててもいいとか馬鹿なことが浮かんでも、今を何とか出来れば。


 そう思ったのに、あの男が簡単に私の方へと詰め寄ってきた。



「打開策? ただの悪足掻きぃ? ……『胤』持ちのやつはただ抱えてればいーんだよ」

「レティ!?」

「姫!!」



 詰め寄られた男に、首根っこをつかまれたことで集中力が途切れた。流していた魔力も、男が吸っているのかなにかを『じゅるじゅる』と嫌なねちゃねちゃした音が耳に響く。私は逃げようにも魔力をたくさん吸われたせいで、意識がぼやんとして動けなくなった。



「レティに触んな!! 変態野郎!! 返しな!?」



 大声のはずなのに、ナーディア様の声も遠くに聞こえるようだった。魔力を吸われたことで、力が入らないのかもしれない。けど、自分で逃げようにも結構しっかり抱えられているのでひ弱な私じゃ多分無理だ。



「やぁねぇ? ちょっと好みの赤毛だけどぉ。破邪交じりの『炎帝』の保持者? 好みじゃないのよねぇ?」

「あたしは、あんたみたいなの大っ嫌いだ!!」

「そりゃどーも。ついでに寄った程度だけど、贄姫もゲットはラッキー!! 『箱庭』はこの間お引越ししたから、もう一回リセットすればいいもの」

「……お前ら、がか」

「おーこっわ! イケメン台無しじゃない、おにーさん」



 少し聞き取れたけど、『箱庭』がある? あれは壊れたんじゃないの?


 もう一度、あそこへ戻されてしまう? ジェイク様たちとの毎日がなくなっちゃう?



(嫌だ。……そんなの、嫌だ)



 せっかく、皇帝のご厚意もあって人間らしい生活を送れるようにしていただけたのに。


 せっかく、あたたかな感情を持つことを覚え始めたのに。


 まだ皆さまに恩返しもほとんどできていない。贄姫であるのなら、それを終わらせるのが私なりの返し方だと思ってた。瘤を無くすこともそのひとつだと、自分なりに意気込みを持てたのに。



(……やだ。もう、あんな……)



 仕方がないことでも、命あるものを奪うばかりの生活には戻りたくない。この男の言っていたことが本当なら、私が食べていた肉や卵は身体によくないもの。そんな食べ物、二度と口にしたくない。


 食べたいのは、ジェイク様たちが勧めてくださったこの帝国でのあたたかいご飯だ。ほかのも食べれるようになるのはこれから。あんな汚いものは、もう食べたくない。そんなの姫関係なく嫌だ。

 


(……『俺』も)



 何かが浮かんだ途端、ぼやけていた意識が起きあがってくる感じがした。そこで『私』の感覚が固まる。代わりに『違う自分』が身体の力を込めるかのように動いていた。



「……だ」

「あん?」

「……やだっつってんだろうが!!」

「いだだだだ!!?」



 自分の中の強い何かが、『私』ではなく『俺』に切り替わると。混ざった感情が露わになり言葉づかいも男のようになった。男の懐の中で暴れ、何回か蹴ることで抜け出せれたが……地面に降りても、まだ怒りはそのままだった。


 この感情というか、『私』でないこれは『何』なのだろうか?



「あ~あ。『胤』とかうっさいんだよ。『俺』を生み出すとかじょーだんじゃねぇ。『俺』もこいつと同じように嫌だから拒否すんぜ」

「「「……へ??」」」



 魔力が流れているわけではないが、ぐるぐると背中を中心に戻っていこういとしている。『俺』になったことで、身体が変に軽かった。意識自身はエルディーヌ姫のままだが、性格が少し気性の荒い男の子のようになっているような……けど、頭の中はすっきりしている。すごく不思議な感じだ。



「……だだだ。は? 『胤』が少し芽吹いてる!? もうそんな段階!!?」

「そういうやつかもな? けど、『俺』はお前らの目論見通りに生み出されるなんざ、お断りだ。エルディーヌ姫として誰かと番う中での『子』で生まれることを望む」

「いやぁねぇ? あたしらがそれを許すと思って?」

「知るか、ドアホ連中のことは知らね」

「ど、どあ!?」



 言いたいことが言える。したくないことははっきりと言えることがこんなにもすっきりすることだなんて思ってもみなかった。だけど、目的はこの男を言い負かすことじゃないから、背中の魔力を手に移動させて玉のようなものを作り出した。それをすぐにシスファ様の前に飛ばした。



「え、姫。これ……は」

「こいつは『俺』が止めておくから、代わりにあの卵を潰しといてくれ。ジェイクはこっち手伝ってくんね?」

「……レティ、だよね?」

「身体は一応な? 意識の一部は『俺』にちゃんと混ざってる。今は味方だ」

「……わかった。シスファとナディ。向こうは頼んだ」

「「了解」」

「させない、わ」

「バーカ!!」



 魔力はまだ流れ出ていたので、それを男にぶつけていく。攻撃魔法とか習ったことなんて、一度もないのに『俺』は全部知っているかのように、声とか指の動作だけで男を止めようとしていた。ジェイク様は剣を構えていても、そんな『俺』を見て苦笑いされているだけだ。



「勇ましいレティだけど。それ、どうにかならない?」

「あ? 今んとこ無理だな。『俺』が強く出ているせいだ。愛しいあいつを見たいだろうが、あとでたっぷり宥めてやってくれ」

「……それは楽しそうだな」

「だろ? 『俺』はジェイクを気に入ってっから、共闘しようぜ? あの変態野郎をぼこぼこにしねぇか?」

「お。それはいいねー?」

「ちょっと!? 十分あたし!! ぼこぼこだけどぉ!?」

「「足りない」」

「えぇええ!!?」



 意識のすみっこみたいなところで、目の前で繰り広げられる『八つ当たり攻撃』みたいなのを観察してはいたが。『俺』とジェイク様の一方的な攻撃で死なない程度にぼこぼこしていくのは……少し、面白く見えてしまった。ひと通り終わって、男がジェイク様の縄でぐるぐるにしていくのを『俺』はけらけら笑いながら見ていた。男は攻撃途中であっさりと気を失ったからだ。意外に弱かったので、あの言葉は威勢がいいとでもいうのだろうか?



「『胤』のことをエルディーヌも知っちまった。あとのフォロー、頼んでもいいか?」

「……瘤と卵のことではなく?」

「それはみそっかす程度。『俺』のことだ。だいたいわかってんだろ?」

「……望みは?」

「……ちゃんと、エルディーヌが母であること」

「……わかった」



 『私』が母であるということはなんなのか。誰かと子どもを産めということにしても……それをジェイク様に知ってもらえと言うのは保護してくださった方への報告に近い。もっと聞きたいが『俺』の感覚が少しずつ薄れていき、『私』へと切り替わっていく。


 気が付いたら、ジェイク様が別の騎士たちにあの男を運ばせているところだった。



「レティ、もう大丈夫ー?」

「……姫、ですよね?」

「あ、はい」



 祠から戻ってきたシスファ様たちにもおそるおそるという感じに聞かれても無理もない。あの『俺』は近寄りがたいようでいて、はっきりと好き嫌いを口にする性格だったから……騎士団で男慣れしているおふたりでもびっくりされたのだろう。


 とりあえず、シスファ様に痣の位置を見ていただいたが首の後ろに移動しているらしい。『俺』が痣の中にある呪詛にしては不思議だと思われているので、これはあとでジェイク様と相談だ。



「いただいた玉のおかげで、瘤と内部の卵は無事に破壊出来ました。……御覧になります?」

「はい」



 本来の目的であるそっちに行けば、『炎帝』の焔に包まれながらも、焦げ臭いにおいのする『獣だったもの』がきちんとあった。これが完全に焼けて無くなるまで、この近くで待機しなければなので……戻ってきたジェイク様が野営でもしようと提案をしてくださるが。


 臭いが臭いなので、私たちだけは湖畔の端への移動となった。


次回はまた明日〜


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