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『箱庭の贄姫』は呪い以上の愛を知ることに  作者: 櫛田こころ


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第18話 蜜のような甘さを

 明日ルリルア湖畔へ行くということにはなったが、夕飯のあとにジェイク様がお話しようと部屋を訪れてくださった。トレーに二つの飲み物。はちみつとレモンをお湯で割っただけだが、甘くてほんのり酸っぱいのが美味しい。



「レティ。怖い思いをさせてばかりでごめんね?」

「……いえ」



 今日はたくさん色々なことがあり過ぎて、ゆっくり出来なかったけれど。ジェイク様との時間はひどく穏やかに感じた。ミンナたちは少し仕事があるからと隣にも控えていない。よくはわからいが、なにか気を遣われてしまったみたいだ。


 ジェイク様も同じ飲み物を飲まれているが、所作が優雅だと思った。不思議だが、騎士様とは養育が行き届いている方々だと思っておく。爵位について詳しくないが、シスファ様たちもひょっとしたらお家柄がいい方々かもしれないから。



「気分は悪くない? これは体があったまるから作ってきたけど」

「……ジェイク様が?」

「母がね。あまり料理をする人じゃないけど、寝る前に心を落ち着かせるのにはこういうのがいいと教えてくれたんだ。レティは牛乳が好きなのは知っているけど、話途中に寝られると困るから」



 ね、と私の顔を見る視線が……どこか熱い気がした。気のせいでないそれは、髪にキスされたときのあの視線と同じような甘さを含んだそれ。好意的なのはわかっているのだが、ナーディア様が言っていたように……私を、傍に置きたいからの理由か。


 それでも側妃の娘だから……愛人かなにかしかなれないだろう。そもそも、亡国にした姫は戦利品という考えがまだ拭えていない。抱えている呪詛で、世界全土を脅かしているよくない存在でもあるのに。


 遊びたいにしても、こんな焦げそうに熱い視線を寄越してくださる意味が……やはり、よくわからない。今も、ほら。流しているだけの髪をひとふさ掴み、くるくると遊んでいる手が優しいのも。



「……その。楽しいですか?」

「うん。今日はたくさん手入れしたんだろう? すごく綺麗になっているね」

「……皆様のおかげです」

「俺も手伝いたかったけど、お風呂で鼻血出したらかっこわるいし」

「はぁ……?」

「……レティ。俺の気持ち、伝わってない?」



 かっこいいとか悪いとかはわからないが、気持ちと言われても『本気』にしていいのかがわからないのだ。何度考えても、捕虜同然の王女と仲良くしていてなにか得られるものがあるかと言えば……事実上なかった。今日までは。


 ラジール王国を中心に各地の魔力脈に、点々と存在していた瘤のひとつを破壊できたのだ。それがこの帝国内の重要箇所だというのがよかった。なので、まったく役に立たないわけではないらしいが……仲良くする以上の何かを、この方に返せばいいのもうまく思い浮かばない。


 騎士様への無礼になるようなことはしたくないから、色仕掛けなどとんでもなかった。私は……下手にこの方との会話できる時間をなくしたくなかった。



(……なくしたくない?)



『箱庭』から連れ出てもらったが。


 勝手に人の素肌(下着有り)を見るし。


 勝手に身支度を手伝うし。


 どちらかと言えばうるさいが、基本的に気遣い上手。


 女性の尻に敷かれそうではあっても、ちゃんとしているところはちゃんとしている。


 つまり、何か。


 好意的に思っているのは……私もなのだろうか?


 と行き着いたところで、変なところに飲み物を吸い込んでしまって大きな咳を出してしまった。当然、ジェイク様もびっくりされて背中をさするくらいまで近くに来てくださる。



「気管に入った? 大丈夫???」

「……だ、じょぶ……です」



 距離が近くなったことで、温かさが身体に伝わってきた。装いがあっても、固い胸板とか。細くてもしっかりした大きな腕とか優しくさする手とか。


 かがんでいるので、顔も近い。耳あたりに吐息がかかり、少し温いそれに震えてしまうのはなぜなのか。咳が落ち着いた頃に渡されたハンカチは、私がプレゼントしたものだった。使ったような感じが残っているので、手入れもちゃんとしているのが嬉しく思ってしまう。



「レティのくれたハンカチ、ね。大事にしているよ」



 顔を上げれば、間近にジェイク様が。それ以上近づけば、口づけまでいきそうなくらいに近い。


 しかし、私たちは恋仲でもなんでもない。関係性と言えば、騎士団の団長が保護した元王女という他人だ。少しばかり親しくなったとは言え、特に好意を交わすまでのそれには至っていない。



(……そんなはず、ないと思っていたけれど)



 ナーディア様達から『惚れた女』とか色々いじられるのは冗談だと思っていた。攻め入った敵国の王女なら殺さない理由は呪詛のせいがあっても、常に優しく接してくれているのはこの方が一番。侍女のふたりはまだ最近だし、言い含められている部分が少しあってまだぎこちなさを見せてしまうが。


 素の自分を、この半月でいつもいつも見せてしまうのは……やはり、ジェイク様の前だけではと気づく。


 距離をそれ以上詰めないが、ジェイク様は私の髪を梳いたあとに右の頬を撫でてくださった。痣が移動しているかどうかの確認にしては、手つきがひどく優しいし温かい。



「……いいの? 『男』にここまで触らせて」



 以前にも似た言葉を言われた。襲うとかどうとか言われたが、今の雰囲気を見ても必要以上に迫ろうとはしてこない。言葉はジェイク様自身に言い聞かせているのかもしれないが……私は、怖いとか嫌とかの気持ちは出てこなかった。


 むしろ、なにか『欲しい』と思う気持ちがめぶいてきたというか。じっとジェイク様の瞳を見上げても、撫でる以外の動作はない……はずが。頬の手を移動させ、親指でゆっくりと唇をなぞられた。その熱さに、胸の奥からどくどくと流れてくるのは魔力とは違うなにかなのだろうか。怖い、以上に嫌ではなかった。


 まさか、口づけられるのではと身構えていたら……固くなっていたのがバレて、ふっと吐息をかけられたあとには、目元に口づけを施された。少しかさついたなにかが、片側だけではなく両側に。


 その熱さに身体がしびれて、『あ』とか『う』みたいな変な返事しかできない。



「……甘さはこれくらいに。少し休んだ方がいいよ? さっき飲んだので寝れると思うから」

「……なんの、甘さですかっ」



 既に、痺れ薬でも盛られたかのように暑くて動けない。しかし、口が動くからこれは薬でもなんでもないのだろう。ジェイク様はもう一度私に近づくと、前にしたように髪に口づけてきた。



「恋する男がその相手に伝えたい熱、さ」



 それを最後に、部屋から出て行くのは姿は……『箱庭』に置いてあった先代らの書物にあった夢物語のそれに近い。


 もてあそんでいるようには見えないが、本心かもわかりにくい。私も私で、本当にこの甘さに浸って幻影を見せられているのではと思うくらいだった。



「……『恋』……じゃない、よね?」



 もしそうだとしたら、やはり愛人にしかなれないと諦めるしかない。周囲はよくとも、我が身の卑しさゆえにそれしか無理だと思った。

次回はまた明日〜

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