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『箱庭の贄姫』は呪い以上の愛を知ることに  作者: 櫛田こころ


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第15話 贄姫の魔力譲渡

 水の上で、なにか跳ねる音と似ていたかもしれない。


 レティの髪が、いきなり水で濡れたかのようにオレンジ色に染まっていく。それはよく見ると粘土の高い水かなにかに見えた。蕩けていくそれは、髪ではなくて下の革袋の中にしゅるしゅると入っていく。


 それに呼応するかのように茨模様の痣は蠢いていた。シスファの破邪眼から逃げていたときとは違う動き方。蛇が防衛のときに蜷局を巻くあれに近い。


 だとすると、レティから流れていく『魔力』を逃がさないようにしたいのか? だとしたら、この痣を消すためにはちょうどいいだろうが。


 そんな簡単ではないのは、横で封印具の眼鏡を外していたシスファの顔色を見てわかった。



「……シスファ。レティは大丈夫なのか?」

「……安全、とは言い難いですが。贄姫の魔力を侮っていました」

「というと?」

「……破邪の家系の伝承にあった。『胤』の魔力を姫が抱えていただなんて」

「たね?」

「……魔物より最悪な、魔を『産む』根源を身体に根付いている状態。ラジールでは、おそらく数代前の贄姫から、その儀式を『箱庭』でさせていたのでしょう。あそこで精製されていたとは!!」

「え? あたしはよくわかんないけど……レティがめっちゃやばい?」

「……シスファ。正直に言ってくれ。レティは、大丈夫なのか?」

「…………生きて、はいます」

「「……」」



 ラジールに攻め入るのがもう少し遅ければ、『箱庭』に俺が向かわなければ。レティもだが、魔力脈に繋がる国々は滅んでいたかもしれない。レティの意識がまだあるかもしれないだろうと、シスファは出来るだけ言葉を選んでいた。


 蕩けた液体は革袋に沁み込むだけ入っていく。この前馬車で感じたとき以上の甘い匂いが漂うが、気にしてはいけない。おそらく、この香りは男には誘惑の作用に繋がるだろう。やむを得ないが、終わるまでレティがくれたハンカチで鼻と口を覆うことにした。



(……下手すると、悪魔よりも最悪な『厄災』を産む呪いを? あんな小さな身体で、あの『箱庭』で生活させていただなんて!!)



 腸が煮えくりかえりそうなくらいの、黒い感情が表に出そうだ。だけど、レティのくれたハンカチのお陰で、わずかに香る爽やかなフレグランスが怒りを蕩かせてくれる。シスファは『タネ』とやらの魔力が下手に広がらないように、破邪眼で操作しているのか僕にもナディにも声をかけてこない。もしくは、当主候補でも操作が出来ないのかで……黙っているかもしれない。


 レティの髪がいつもの銀色に戻るまで、液体が革袋の中に入ったあと。ようやく、顔に移動していた痣が腹部に移動していくようにしゅるりといなくなった。レティは魔力を出した関係で疲労が出たのか、そのまま眠ってしまっていた。



「……エルディーヌ姫は、生きています。大丈夫です、殿下」

「……今は、団長でいいよ」



 いつ、レティが起きるかわからないからまだ皇太子の身分は明かさない方がいい。


 ハンカチで額を拭いてあげたが、特に汗が流れているわけではなかった。髪の方もあの粘液があったにしてはべたつきもなにもなかった。



「シスファ。レティは侍女らに任せてもいいなら……こいつ、どうにかしよう。あの子たちにはこれ以上聞いててほしくない」

「そうしましょう。……ナーディアなら触れても大丈夫のはずです」

「換気だけはしようか」



 俺が窓をいくつか開けている間に、侍女ふたりを呼んだシスファが今までの出来事についての口止めをし。ナディが例の革袋をレティからゆっくり外しても……レティはやはり起きはしなかった。それくらい、自分の魔力をあの痣を経由して革袋に吸わせたのか。もしくは、逆に痣が食った残り滓なのか。


 場所を移動し、シスファが語ってくれるまでは解決に至らない。革袋はもう燃やす前提なのか、シスファが次に神殿に行こうと言い出したので付いていくことにした。



「贄姫の魔力をたらふく吸わせても……この瘤が解決するかどうか」



『瘤』と言っても、見た目は綺麗な結晶の塊。青いそれはラジールに攻め入る前からあったものだが……久しぶりに見るが、レティが贄姫にあてがわれた時期くらいから相当肥大しているらしい。これの中には、悪魔の卵がいると俺は皇太子になる前に教わったが……持ってきた革袋で対処できるのか、まだ不安だった。



「楽観的には出来んでしょうね。この中に悪魔の卵ってのがほんとにあるのなら」

「ええ。その卵を流したのが……『箱庭の贄姫』が受け継いだ呪詛の本体です。伝承がうまく結びついたので、私もようやく納得出来ました」

「それで、毒には毒ってことでレティの魔力を?」

「はい、殿下。『炎帝の焔』を扱えるナーディアの能力も込め……ここで、燃やすことをお許し願えますでしょうか? 本来なら、皇帝陛下へ進言すべきことでしょうが」

「許すも何も。俺もそう思うよ」

「まったくだ」

「「「!!?」」」



 後ろには、いつの間にか父上が。皇帝自身が神殿に来るのは珍しい、俺たちがここへ来るのに、伝令もなにも寄越していないのに? わざわざ、自分の勘とかで来たのか?



「炎帝の焔の許可は出す。ナーディア、すぐにやってくれ」

「は、はい! 『くゆる焔よ。滅びの証となり、焼き尽くせ!!』」



 革袋に能力の焔を宿らせ、それを素手で瘤にぶつける。荒業だが、ナディにしかできない芸当だ。俺の能力は具体的に開花してないので、そんなのは無理だ。


 父上は燃えていく瘤の様子を確認してから、次の発言をするのに俺の前へと立った。



「……ラジールの『箱庭』だが。何者かによって、土地ごとくり抜かれていた」

「……奪った、ではなく?」

「遠征隊を念のために向かわせたが、文字通り『くり抜いて』いたんだ。庭の敷地である『北の区域』もろともな」

「それはいつ?」



 俺が言えば、さらに大きなため息。まさか、と俺の背筋に悪寒が走った気がした。



「報告はついさっき。国民側の証言は、三日前だ。お前たちがルリルア湖畔の瘤を浄化しようとした日に、区域ごと消えたとの証言がいくつもあったらしい」

「……誰が」

「さあ?としか俺でも言えんな。しかし、呪詛を受け継いだ贄姫がいないのに『箱庭』を必要とする……ど阿呆な連中のせいだろう。瘤の消滅を急がないと、厄災以上の最悪が生み出されかねん。エルディーヌ姫も呪詛として取り込む可能性が高い」

「させるか!!」



 やっと、人らしい生活を送れるように俺たちが尽くしてあげていたのに。


 好きな食べ物がわかって、これから大人になっていくのを見届ければ……のついでで、呪詛を剥がしていけばいいとぬるい考えは持っていた。


 だけど、それが余計に遅いと知れば。泣き虫のあの子は泣く以上の絶望を持ってしまう。国が攻め入られたと知って、俺と出会ったときのあの光のない瞳はもう見たくないのに。


 父上はまたため息を吐いてから、俺の額を軽く弾く。少し痛いが、冷静を取り戻すにはちょうどいい痛みだった。



「惚れた女のためになら、さっさと次期皇帝として動け。騎士団長の隠れ蓑も存分に奮って……先の過ごし方を与えてやりたいんなら、奔りな」

「……はい」



 これまでのラジールが犯してきた所業を見抜いた皇帝。そんな父上にはまだ当然敵わないが……俺も俺で、レティのためになら解決への道しるべは見抜いていきたい。これ以上、利用され続けてきたあの子の未来を愚か者に奪われたくないからだ。



「陛下、殿下! これ、どーします!?」



 忘れかけていたが、瘤の方だけれど。炎帝の焔で溶かす勢いで燃やしたら……本当に悪魔の卵と名の付くくらいの、魔物か何かが焦げて出てきた。当然、シスファの破邪眼も使い、消滅と浄化を同時に行ったのだった。



「……このサイズ。あとほかにいくつも?」

「……レティの魔力。ほかのに吸わせる?」



 流石にこれは、親子で茫然するしかなかった。


次回はまた明日〜

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