第14話 痣の移動は
月のものが完全に止まっても、まだ『おでかけ』するには私の体調を優先することになった。肉だけでなく、野菜や果物もまんべんなく。ジェイク様たちとのご飯もごいっしょ出来るようになったので、特にナーディア様を含める女性騎士の方々が交互に『これどう?』と色々料理を勧めてくださった。
量はまだそんなに食べれないので、ほんのひと口ずつ。それを繰り返すたびに、もっと欲しいが出てきたせいか、次第に食べられるものも増えてきた。好き嫌い、というのもよくわかっていないが相変わらず牛乳と卵は大好きのまま。
なので、今日は異国の料理を……と、目の前に出されたのは変わったオムレツ。
「レティ、それは『コメ』って穀物が隠れている料理なんだ。ちなみに、俺お手製」
「……ジェイク様が?」
「団長の野営料理とか、結構人気なんですよね~? それ、オムライスですか?」
「そうそう。色々食べられるようになったし、卵と牛乳好きならきっと好きになると思ってさ?」
「しかし、姫のために子どもサイズ。その配慮は優ですね?」
「……シスファ。俺に手厳しくない? さらに」
「確認したまでです」
「……い、ただきます」
スプーンだけで食べるようなので、まずは卵から。ふんわりとろとろでこれがジェイク様の手作り?以上に、いつもの料理長の手作りと言ってもわからないくらいに美味しい。卵の下には少し薄い赤の穀物があったのでひと口食べてみたが……少し甘いのに、酸っぱくて濃い。不思議な味だけど、ほかにも具材があるのかいっしょに食べればまろやかになる。なら、卵と……も全く似た感じだった。
あまりにも美味しい料理だったので、つい、ついと思いながらスプーンを動かしていく。
「……すっごく、がっついてる」
「……いつも以上ですね。卵料理でも、余程好みに入ったのでしょうか」
「俺の手製だからね! お代わり欲しいなら、いつでも言ってよ!! レティ」
「……あ。はい」
「「「!!?」」」
きちんと飲み込んでから答えたのだが、皆様のお顔がびっくりしたものになった。 何かおかしいのかときょろきょろしても、ほかの騎士団の方々まで同じような表情をしていた。
「……どう、されました?」
「……エルディーヌ姫の痣、が顔に」
「え?」
腕とお腹。あとたまに、首に移動するらしい茨の蔦模様。それが顔にまで動いていたとしたら、たしかにびっくりするだろう。今もまだ動いているのか、険しい顔のシスファ様がこちらに来てくださった。
「宿主の好物が、魔力に影響が出たのでしょうか? 姫、痛みなどは感じませんか?」
「? いえ、今はどこも」
「……逆に、痣が混乱しているのか」
「レティの感情次第で、なんか移動してるという感じか? シスファ」
「ええ、団長。その可能性も捨て難いです。……エルディーヌ姫、申し訳ないですが。残りのオムライスも食べてみてくださいませんか。我々は黙っていますので」
「あ、はい」
見られながら食べるのは問題ないけれど……少しだけ、緊張してしまう。ジェイク様が右に、シスファ様が左にいてそれぞれ観察してくださっているが……美味しいはずのオムライスが少し味が薄いように感じてしまう。おかわりは流石に満腹に近いのでいらないが、最後まできれいに食べることが出来ると。
しゅるん、と何かが身体の中をぐるぐる移動する感じがあって気持ちが悪かった。
「……姫、顔色が」
「レティ、何か痛みが」
「……痛い、というかぐるぐるされて。変、です」
「……そうですね。顔以外にもあちこち移動しています」
「部屋に行こう。ナディとシスファ以外は職務に戻るように」
『はっ!』
ジェイク様に抱えられ、自室に戻ることになったが。移動している途中でも、しゅるしゅるする感覚が気持ちわるかった。痛いというより、変としか思わないけど……なにがきっかけで、こんな状況になったのだろうか?
自室に戻ると、侍女のふたりは慌てていたが隣室で待つようにシスファ様に言われ……ちらっと見えたが、私を心配そうに見てくれていた。怖がってはいないのに、少しだけ安心した。せっかく話す機会が増えた、年の近い女の子には怖い見た目になっているだろうから。
「……処分しかけていた、あの毛布たちをここに持ってくるべきか」
シスファ様は私の痣の移動を見ながらも、まだなにか出来ないか考えてくださっていたようだ。破邪の能力があって逃げているだけではないらしいから、それ以上のなにかをしないと痣は服の内側に移動しないのかもしれない。
「あー。封印の魔法とかで閉じ込めておいたあれ?」
「ナーディア、至急持って来ていただけませんか?」
「あいよ」
「俺はレティを抱えていればいいかい?」
「……仕方ありませんが、同席お願いします」
「……上司として役に立たないのかい?」
「レディのエチケットをきちんと守ってくだされば、の話です!」
「こんな緊急事態のときに、襲わないって」
「軟派な言い方はよしてください。……姫、今痣は顔の表面を移動していますが、痛みは?」
「……ない、です」
シスファ様が色々怒ってくださるのに、びっくりしていると右のほほが少しうねうねした感じがした。彼女の視線もそっちに向いたので、痣はそこで動きを止めたのかもしれない。ナーディア様が戻ってくるまでシスファ様は痣の動きをしっかり確認しているのか無言だったが、ジェイク様は私を落ち着かせるのに髪を撫でてくださっていた。
「ほいよ。この袋だったね!」
駆け足で取りに行かれていたのか、ほんの少しの間で戻って来られた。あのとき、私でも嗅げた独特の臭いはさすがにしなかったが、重そうな毛布といっしょになった服が革袋に入っているようだ。
それをどうするのかと思えば、なんと私がその上に座るという方法をとることになった。
「大変申し訳ないのですが。姫のおっしゃっていた『抜ける魔力』とやらをこれに吸わせたくて」
「あとで使い方教えるけど。あたしたちもいるから、その方法やってみて!!」
「……え。これ、どこで処分するんだい?」
「神殿の泉の方で」
人前であの方法を実際にするのは初めてだが……うまく出来るかどうかが問題だ。瘤とやらはこのお城にもあるらしいから、なんとかしなくてはいけないことに変わりない。
顔に痣があるのなら、今回は頭の下に革袋を敷き。寝転がるようにしてベッドの上に横になる。
そして、頭の中に『水の音』が聞こえたら……出来るだけ、眠るように意識を閉ざす。
あとは、『箱庭』にいたときのように魔力を『吸わせる』と同様に動かなかった。
次回はまた明日〜




