第12話『破邪賢者』の次期当主候補
エルディーヌ姫に初潮がなにもなかった、これまでを思うと……ラジール王国の元国王は、どこまでも己の益にならないこと以外何もしてこなかったとは。側妃との子どもでも実の娘に変わりはないのに。
「……まったくにもって、反吐が出そうになりますね」
「あたしも同意見」
姫のところに、殿下が赴いていらっしゃる今。私とナーディアは姫の初潮で汚れ切ってしまった毛布などを洗わずに『見聞』しているところです。悪趣味とかではなく、『呪詛』との関りが本当かどうか。
もしくは、私が『破邪眼』を起動したことでこの初潮が促されたかどうか。色々確かめるための証拠として処分せずにいたのです。次期当主候補のひとりよりも『女』の中で眼を持つのは私だけですから。
「魔力脈。その瘤。姫に内包されている膨大な魔力。……それらでなければ、『栄養失調』だけで初潮が遅れていたか」
「女でしか確かめられないからねぇ?」
「ナーディアは広げるなどの手伝いだけお願いできますか? 私は眼を使用していると集中しなくてはいけないので」
「あいよ」
鮮血の色がまだぎりぎり残る、姫の着ていらした服と毛布。
血には魔力が宿ると、古来から今日まで言い伝えられていますが……排出されたこの血にはまだ魔力が宿っているのか、私の眼で確かめなくてはいけません。封印具の眼鏡を外し、破邪の意識を集中すると。目に映るものが『薄青』の靄の中に重なるようでした。
(……抜け出たにしても、まだエルディーヌ姫の魔力が血にこびりついている)
魔力の色は、姫の目の色。
破邪の能力を持つ者は、『破邪眼』をさらに開花した者であればそれを見抜くことが出来る。女でそれを持つ者は現当主の母以外では私だけだ。だからこそ、次代候補としてだけでなく、騎士団の部隊長としても任を果たさなくては。
申し訳ないが、殿下に『破邪の能力』があってもこの光景は見せにくい。女の血液の香りがむせ返るくらい漂っているのだから……今清めた姫を宥めてくださっていても、襲わない保証はない。飽き性の多いあの方が、わざわざ全力で挑むと言い切ったのだから……こちらはこちらで対処はしましょう。
「ナーディア、毛布を平らに。その上に服を」
「ほいほい。いや~、同じ女でもなんか甘い匂いだねぇ?」
「乾いてもこれくらいとは。……さて、魔力は」
眼で魔力の残滓の中を探り、『呪詛』に少しでも繋がるものはないかどうか。こちらには光る箇所がいくつか見えましたが、それらは排出されたモノとしての滓でしかありませんね。あとで浄化の焔で焼いてしまえば問題ない程度。
しかし、瘤に近いあの水脈での循環は……いささかやり過ぎましたね。まさか、少しずつ慣らすために破邪眼ごしに魔力を食わせてみても、『枯渇』していたのか姫にまで影響が大きく出てしまうとは。
「呪詛、あるのかい?」
「……いいえ。ない……ですね」
ナーディアに声をかけられるまで、眼を使って集中的に探りましたが。姫の身体にかかった呪詛の残滓でもわずかに出ているかと思ったものの……肝心の『核』に関する塊は血の中でも流れていなかったようです。姫の腹部に移動した隙に、と思いましたがそう簡単には抜けさせてくれなかった。
「だとこれ、焼いて処分程度?」
「ええ。贄姫の魔力は美味しいですが、これは排出物として出した魔力と呪詛の残滓が混ざっている程度。肝心の痣を抜く意味での浄化には至っていませんね」
「ふーん? 初潮に紛れ込んで、捨てるもん捨てただけ?」
「そのとおりです」
女同士でも、姫のことなのでわざわざ言葉選びをナーディアがするくらいですから。エルディーヌ姫の初潮は、単純に数日の食事で栄養が取り戻せたことへの循環が整ったからでしょう。その報告は姫には明日以降にするとして……。これを『焼く』ことが出来るかがこのあとの問題なのです。
ナーディアが持つ『炎帝』の能力の一端でも、焼却可能かどうか。それを実行できるかを確かめるのに、ここにいていただいている理由もあります。
「焼く……ね。破邪は祓うことは出来ても、消滅は無理か」
「仕方がありません。私もまだまだ未熟ですし、得意分野以外の鍛錬も習得途中ですから」
「魔物が欲しがれば……いや、待って。これやっぱ、城の瘤とやらに使えるんじゃない?」
「は?」
「いや、良くないものだけど。城のもどうにかするんじゃって言ってたでしょ? だったら、あんたのいう『循環』とやらの前で焼けば……綺麗な魔力になって、少しは落ち着くんじゃない?」
この、地震。
と同時に、足元がわずかに揺れを感じましたが。たしかに言われてみればその通りかもしれないですね。城の中に存在する『瘤』は魔力脈の中でもかなりの中継地点ですので、少し後回しにした方がいいと考えておりましたが。
『喰わせる』意味では、この血と魔力を焼いたものを与えればいい。聞こえはよろしくありませんが、負の魔力同士を合わせるときに、浄化の能力を解放すれば。完全とは言い難いですが、脈の流れを少しは安定させることが可能かもしれません。
しかし、それを自己判断で行ってはいけません。私は現当主の母からそのようにして良い許可は得ていませんから。最低、殿下にはお聞きしませんと。
「……対策案としては、候補にいれておくしか出来ませんね。となると、これも無闇に焼けません」
「面倒くさいけど、許可多いもんね? マジで」
「殿下に進言しても、やろうとおっしゃるでしょうが……そうなると皇帝陛下にもご許可が必要となってきます。手続きは大変ですが、今日は保管すると報告しましょうか」
「……でも、香り凄いけど。どーすんの?」
「……出来るだけ、清潔な箱を何重にするくらいでしょうか」
女としては久しぶりに焦りましたが、甘くて濃い花の香りに似たこれを……匂いが漏れぬよう、どこで保管しておくべきか。次はそれに悩みますね。大したことしか出来ないのが歯がゆいです!!
次回はまた明日〜




