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『箱庭の贄姫』は呪い以上の愛を知ることに  作者: 櫛田こころ


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第10話 蠢くモノはなにか

 千々りに千々り……我らは『贄』を求めていた。


 ただただ、喰らうだけの『贄』ではない。


 『姫』がいい。『姫』でなければならない。


 多くの『胤』を広げねば、我らそのモノを広げられない。


 『箱庭』はただの休み処。


 『胤』を育てに育て、ただただ小さくしたと偽りの『種』を見せただけに過ぎぬ。


 『贄の姫』を排出してきたあの愚かな王は、この企みにまったく気づかないでいた。しかししかし、かの帝国とやらの皇太子はそれなりに聡いゆえに、この企みに気づいているやもしれん。


 だがだが、我らは諦めぬ。


 これまで集めた『胤』を世界の先々に広げるためにも、瘤を通じてさらに広めようではないか。『破邪賢者』たちはたしかに苦手ではあるが、今代の若い女はまだ気づいておらん。であれば、今はその足搔きをゆっくりと見ていようではないか。




 *・*・*





 お約束通り、私はお城の外に出ることが出来た。皇帝陛下にはまだまみえたことはないのに、良いかと思ったが騎士団がいっしょなので大丈夫だとジェイク様がきっぱりと言ってくださった。



「レティ? リンゴ水はもういい?」

「あ、はい」



 名目は騎士団の遠征でも『贄姫()』は特別な訓練を受けていないから、馬には乗れない。なので、団長のジェイク様とシスファ様が護衛も兼ねていっしょに馬車に乗ってくださっている。今回は侍女がつけられないので、お世話も皆様がしてくださるのだ。畏れ多いのも今更なので、せっかくだからと杯を手渡した。



「この調子ですと、二時間ほどでルリルアの湖畔には到着するでしょう。クッションは大丈夫ですか? 姫」

「……大丈夫です。十分ですよ?」

「しかし、我々とは違い馬車旅には慣れていませんから。もう少し、下に詰めますね」

「あ、はい」



 シスファ様はあまり笑顔はないけれど、お世話好きなのかよく気遣ってくださる。痣のことも心配してくださっているし、最初ほどそんなに怖くない。今更ながら、失礼な感情を持っていたがシスファ様も勘違いされることが多いから……と言っていたのを思い出した。


 では、私はどうなのだろうか? よく泣いてしまってはいるが笑顔なんてしたことが無いよう気がした。クッションを多めに詰めていただき、杯も受け取ってからもジェイク様たちのお話は続いていく。



「痣は今のところ、腕の周辺かい?」

「そうですね。退避範囲が多いからと、今姫の首元を確認しても見えませんね。ただ、魔力を込めて確認すると腹部に移動するときもありますが」

「……それで、空腹になることも?」

「ゼロ、とは言い難いですが。魔力は心臓や内臓に含まれていることが多いので……おそらく」

「レティ? お腹空いてない?」

「……いいえ、特に」

「この前見たときはなかったですが。今は逆に、姫の魔力を捕食しているかもしれないですね」

「それに慣れ過ぎて、空腹かどうかもわからない……かも?」

「おそらく」



 痣の正体は、『呪詛』。つまりは、呪いということは教えてもらってはいたけど。空腹と感じることが増えたのは、『箱庭』のときより帝国に移ってからだ。多分、『箱庭』にはこれまでの『贄姫』の魔力が多く溜まっていたから……痣はそれを食べていて、少なくなってきたところで身体に逃げてきたのか。


 もしくは、帝国に襲撃されたときに『箱庭』がなくなることを察知してか。どちらにしても気持ち悪いものに変わりないが、痛みもなにも感じないので本当にお腹周りにいるのかどうか。さすってみても特にわからなかった。


 とりあえず、少し甘酸っぱいリンゴ水は何度飲んでも美味しかった。



「団長ー。水場がいくつか見えてきたよ~」



 馬車沿いに馬を走らせているナーディア様の声が聞こえてきたので、そろそろ目的地が近づいているのだろうか。二時間にしては時間の流れを早く感じるのは、『誰か』がいっしょだからというのが大きいかもしれない。お城の部屋で、夫人に出された刺繍の課題はもうすぐ出来上がるが今日は持ってこなかった。出来上がったものをきちんと夫人にも見ていただきたいし、そのうえでジェイク様にプレゼントしたかったから。



「そうか。あと少しというところだね」

「瘤が近いというのであれば……姫、少し私の目を見てくださいませんか?」

「目、ですか?」

「私の『破邪』がどこまで呪詛に通用するかはわかりませんが……少し、たしかめたいことが」

「……わかりました」



 右に座っているシスファ様の方へ向き、出来るだけじっと見つめるよう顔を上げてみる。綺麗なシスファ様のお顔が真剣なものになるのと、なぜか眼鏡を外されると……瞳が銀に染まっていくのを見つめると、すぐにお腹の奥が痛み出した。びっくりして、反対に座っていたジェイク様が抱き留めてくださったが……悶えても引かないくらいの激痛だった。



「レティ、レティ!? しっかりして!!」

「……っだ!!」

「……瘤手前で、この反応。団長、馬車を止めましょう。ここで少しずつ呪詛に瘤の負の力を食わせるのです」

「……レティが、こんなに痛がっているのにか」

「荒業ですが……ここまでとは私も予想外でした」



 殴られるどころか、何かを押し込まれたかのようにぐるぐる回っていく感覚に意識が遠のいていきそうだ。けれど、シスファ様たちの声が遠くても聞こえたので……私はジェイク様の腕に手を置きながら、ゆっくりと身体を起き上がらせてみた。痛いが、まだなんとか耐えれると深呼吸して。



「……すみ、ません。ここでいいのなら……お、ねがいします」

「レティ! めちゃくちゃ痛いんだろう?! 今なら引き返しても」

「だめ……です。お城、以外にも……迷惑、かけてますから。……耐えてれば、いいですか? シスファ様」

「……はい。私が破邪の能力で痣に力を送っているので……出来るだけ、ゆっくりにしますが。しばらくは」

「わかり……ました。……ぐっ!?」

「……俺たちがいるから。ごめん、レティ」



 抱きしめてくださるぬくもりが、今は救いだ。温かで、やわらかくて……お腹の痛みが、ほんの少しだけ緩くなっていく気はしたけれど。そこから二時間は耐えるくらい、痛くて悶えていたため……最後には気を失ってしまった。


 目が覚めたときには、馬車の中には私とジェイク様だけで……私は膝枕で横になっていて、ジェイク様は背中を撫でてくださっていた。


次回はまた明日〜

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