エピソード 2ー2
回帰した悪逆皇女は黒歴史を塗り替える 一巻 好評発売中!
闇ギルドに接触してから一ヶ月、アリアドネは様々な策謀を巡らせた。そのうちの一つが、魔術アカデミーで行われる発表会を観覧すると表明することだ。
これはアルノルトにお願いして、二人で観覧すると表明してもらった。
前提として、王侯貴族が魔術の発表会に足を運ぶことは珍しくない。アヴェリア教国が宗教国家であるとするならば、グランヘイム国は魔術に重きを置く国だから。
だが、それでも、二人の挙動に注目している人間の興味を引くには十分だった。
耳聡い第二王子派の者達は、あえて表明するのにはなにか理由があるはずだと、様々な憶測を始めた。
そうして訪れた発表会の当日。
アリアドネは王都にあるコロシアムへとやってきた。
日常的に様々なイベントが行われるその会場で、今日は魔術アカデミーの生徒による発表会が行われている。
魔術の腕前を披露する生徒や、魔導具や様々な研究の発表をする生徒達。
多種多様の発表を、アリアドネは貴賓席で鑑賞する。そんな彼女の隣の席には婚約者のアルノルトが座っている。
その少し離れた席には、ジークベルトやカルラの姿があった。
アリアドネ達がこの発表会に参加すると聞いて、牽制のために姿を現したのだ。そして、それは回帰前とは違う――アリアドネが望んだ通りの状況だ。
あとは機が熟すのを待つだけ。
アリアドネはそのときを待ちながら、魔術の発表会に意識を向ける。
(優秀な生徒はいるかしら?)
優秀な魔術師の卵を見つけて、自分の陣営に引き入れる。それは魔術発表会に足を運んだ建前上の理由ではあるが、アリアドネにとっての急務でもある。
魔術師は武器を持たずとも強力な攻撃力と防御力を併せ持つ。武装が禁止されている場所に赴くことが多いアリアドネにとって、魔術師の護衛は欠かせない存在だから。
けれど、回帰前のアリアドネが部下にしていた者達は皆、第二王子派に属している。
雇った魔術師が信用できなければ、逆に自分の身を危険にさらすことになる。魔術師を仲間に引き込む上で、信用できるかどうかは大きな問題だ。
「何人か、魔術師を雇いたいと思っているのですが……」
「新しい魔導具でも作るのですか? それならば、私の部下を貸しましょうか?」
「いいえ、アルノルト殿下から優秀な人材を奪う訳には参りません。それに、理想の人材が簡単に見つからないのは想定のうちです」
そう口にして、コロシアムで研究発表をしている生徒へと視線を向ける。
アリアドネの動向をうかがっていた周囲の者達には、『だから、ある程度は妥協してでも魔術師を雇用したい』――という心の声が聞こえただろう。
むろん、アリアドネはそんなこと、少しも思っていないのだけれど。
とにもかくにも、アリアドネは魔術発表会の鑑賞を続ける。その中で使えそうな人材を記憶にとどめていると、シビラが二人の学生を連れてきた。
一人は学生の制服を身につけたアシュリーで、もう一人は男子学生だ。
「アリアドネ皇女殿下にご挨拶申し上げます」
「アシュリー、その姿も様になっているわよ」
アリアドネの侍女を務めるアシュリーは、ピンクゴールドのツインテールがトレードマークの気の強そうな少女である。
彼女は魔術アカデミーを休学中の身だが、元々は優秀な魔術師の卵だった。そんな彼女が学生の制服を身に纏っているのは、一時的に復学して発表会に参加するためである。
もちろん、建前なのだけれど。
「発表会に参加を許してくださってありがとうございます」
「気にする必要はないわ。貴方の活躍は、私にとっても利のあることだもの。それに貴方の発表を見ていたけど、また一段と魔術の腕を上げたようね」
「アリアドネ皇女殿下が指導してくださったおかげですわ」
アシュリーが無邪気に微笑んだ。初対面では突っかかってきたのに、いまやすっかり師匠に心酔する弟子そのものである。
しかし、彼女がこうしてここにいるのには訳がある。
「ところで、貴方のお友達を紹介してくれるのではなかったかしら?」
話を振れば、アシュリーは即座に「はい、紹介したい学生がいます」と応じた。そうして、彼女の隣に並び立つ男子学生に視線を向ける。
つられて、アリアドネも視線を向けた。
ブラウンの瞳と髪を持つ、これといった特徴のない少年。だが、それは特徴がないように変装をしているからだ。彼の正体はアヴェリア教国の第二王子である。
復学させたアシュリーに接触させ、アリアドネが優秀な魔術師の卵を探しているというていで連れてこさせたのだ。
さきほどの仕込みもあって、周囲はその建前を信じるだろう。
「アリアドネ皇女殿下にご紹介いたします。彼はオリヴァー。平民の生まれながら、将来有望な魔術師の卵なんですよ」
「お目にかかれて光栄です、アリアドネ皇女殿下。僕は……その、ご紹介にあずかりましたオリヴァーと申します」
アシュリーはそつのない紹介をしたが、オスカーの態度には緊張が滲んでいる。
王族である彼は、本来なら挨拶程度で緊張することはないはずだ。なのに彼が緊張しているのは、アリアドネに正体がばれていることを知っているからだ。
直前に指摘するようにと、アシュリーに指示を出しておいたのだ。
(予想通り、動揺した内心を隠すことが出来なかったわね。でもそのおかげで、王族に招かれて緊張している平民の魔術師に見せかけられたんじゃないかしら?)
平民であるはずの彼が堂々としていたら、そこに違和感を覚える者が大勢いる。だが、アリアドネを前に動揺する彼を見て、お忍びの王族だと疑う者はいないだろう。
「アシュリーから聞いているわ。なかなか優秀な魔術師の卵だそうね。一度、私の離宮を訪ねなさい。貴方の将来について話したいことがあるの」
周囲で耳をそばだてている者には仕官のお誘いに聞こえただろう。だが、隣国の王子であるオスカーには別の意味に聞こえたはずだ。それを踏まえ、アリアドネはレストゥール皇国の紋章が入ったペンダントを掲げてみせた。
「これがあれば、いつでも私に会うことが出来るわ」
そう言って、オスカーがペンダントを受け取るように仕向ける。
そうして彼が近づいた瞬間――
「私は仲良くしたいと思っているの。貴方だけじゃなくて、貴方のお姉さんとも、ね。だから、私からの伝言……伝えてくれるかしら?」
彼にだけ聞こえるように呟いた。
彼の姉、アヴェリア教国の第一王女へのメッセージを託されたと気付いたオスカーは目を見張る。だが、アリアドネは話は終わりだとばかりに身を離した。
アシュリーがその意図を察し、オスカーを連れて下がる。この後は、カルラとアリアドネが襲撃されるその瞬間まで、アシュリーが彼を足止めしてくれる手はずである。
それを横目で見守っていると、「アリアドネ皇女殿下」と別の声が降って下りた。アリアドネは即座に立ち上がり、声の主に向かって頭を垂れる。
「カルラ王妃殿下、ご無沙汰しております」
「そうね。貴女の婚約式以来ね」
二人は挨拶を交わしただけだ。
にもかかわらず、周囲の気温がわずかに下がった。
周囲から見れば、二人は派閥が違う割には良好な関係を築いているように見える。だがその裏では、容赦なく互いを相手の命を取りにいっている。
それが二人にとっての現実だ。
「少し話が聞こえたのだけれど、貴女は新たな魔術師を欲しているようね。もしそうなら、私の伝手を紹介しましょうか?」
「あら、カルラ王妃殿下の伝手ですか?」
アリアドネは興味があるという素振りを見せた。
もちろん、本心じゃない。彼女が紹介してくれた魔術師を側に置くなんて、スパイ行為をしてくれと言っているようなものだから。
なのに即座に断らなかったのは、周囲の者達、特にウィルフィードの誤解を加速させるためだ。アリアドネとカルラは裏で繋がっている――と。
情報が足りていないカルラはその思惑に気付けない。だけど、アリアドネの反応に違和感を抱いたのだろう。彼女は即座に「冗談よ」と前言を翻した。
(……カルラ王妃殿下、やはり貴女は油断できない相手ですね)
アリアドネの計画を狂わせる者がいるとすれば、それは彼女を置いて他にいないだろう。そう思わせるほどのすごみが彼女には備わっている。
そんな好敵手と笑顔で睨み合っていると、カルラに同行していたジークベルトがアリアドネの前に立った。彼と向かい合うのは、謀略で陥れてから初めてだ。
ジークベルトがどのような反応を示すか分からず、アリアドネはわずかに身構えた。同時に、隣に並び立つアルノルトも警戒するそぶりを見せる。
一触即発の雰囲気に、互いの背後に控える騎士達も警戒心をあらわにする。けれど、それが暴発するより早く、ジークベルトが手振りで自分の騎士達を宥めた。
「……アリアドネ、俺はおまえを見誤っていた。まずはそれを認めよう」
「まぁ、お兄様。なにをおっしゃるのですか?」
意味が分からないと、無邪気な振りをする。
けれど、その演技はもはや通じなかった。
「まさか、その言動が演技だったとはな。すっかり騙されたぞ。だが、だからこそ言わせてもらおう。次は負けない、と」
宣戦布告とも取れる言葉。
彼が攻撃的な発言をするのは想定のうちだ。
にもかかわらず、アリアドネは想定外の事態に驚いた。次は負けないという言葉の裏には、今回の敗北を認めるという意味が含まれているからだ。
回帰後のジークベルトはまだ若く、未熟さが目立っていた。だが、回帰前のジークベルトは、アリアドネが王にしたいと思うくらいには有能だった。
いまの彼が纏う雰囲気は、回帰前の彼に近付いている。アリアドネに敗北したことで、回帰前よりも早く精神的に成長しているのだ。
放っておけば、彼はいま以上にやっかいな存在になるだろう。
だけど、アリアドネの復讐はただ彼を殺すことじゃない。
ジークベルトを絶望の淵にたたき落とし、最後は殺してくれと懇願させる。そこまでやって初めて、アリアドネの復讐は達成される。
止まるという選択もあり得ない。
回帰前の彼がアリアドネを殺した瞬間、ターニングポイントは超えてしまっている。ジークベルトを破滅させるか、アリアドネが破滅するかの二択。
だから――と、アリアドネは周囲の状況を確認した。
(配置は……終わっているようね)
キース達の配置。そして、オスカーの命を狙う者達の準備も整っている。それらを確認したアリアドネは、そっと開始の合図を送る。
直後、アリアドネの用意した襲撃者達が飛び出してきた。カルラの護衛達が意識を向けたその瞬間、襲撃者達はアリアドネとカルラに向かって毒の短剣を放つ。
そして――
「危ないっ!」
アリアドネはカルラを庇うように抱きよせた。




