99.魔道具作り
魔族の目的についてはひとまずわかったものの、ブラントの母を殺した理由など、不明な点もある。
だが、もし魔王エリシオンの言うとおり、ヨザルードとその側近しか知らないことで、それが学院対抗戦のときに倒した相手だとすれば、もうどうしようもない。
「まあ、思い出した相手がいれば、また殴りに行こう。……ところでそなたたち、子はまだ作らぬのか?」
唐突なエリシオンの質問に、アナスタシアとブラントは固まる。
「魔王の因子を色濃く持っているのは、儂の知る限りではそなたたち二人だけだ。まだ儂も当分は死なぬとは思うが……生きているうちに次代に引き継ぎもせねばならぬしのう……」
「……さっき、邪魔されました」
しみじみと呟くエリシオンを、静かな怒りを秘めたブラントの声が遮る。
すると、今度はエリシオンが固まる番だった。
エリシオンはしばし何かを考え、やがて納得したように長い息を吐き出す。
「……そうか……儂は邪魔をしてしまったのか……それは悪いことをした……」
しゅんとうなだれ、素直にエリシオンは謝る。
あまりにもあっさりと認めたことが予想外だったのか、ブラントはやや怯んだようだった。
アナスタシアも、先ほど甘い雰囲気を邪魔されたことによる苛立ちはあったが、こうも殊勝な態度を取られると、かえって申し訳なくなってしまう。
「……いえ、考えてみれば、途中で止まってよかったかもしれません。まだ婚約にも至っていないわけだし……」
ややばつが悪そうに、ブラントが呟く。
すると、エリシオンは不思議そうに首を傾げた。
「そなたたちは番いではないのか?」
「ええと……アナスタシアさんは王女なので、色々としがらみがあるんです。今、結婚を認めてもらうために条件を出されていて、それを達成するために動いているところです」
ブラントが答えると、エリシオンは顎に手をあてて何かを考え込む。
「……人間には人間の取り決めがあるということか。ならば、儂も手伝ってやろう。その条件とはどのようなものだ?」
思いがけないエリシオンの申し出に、アナスタシアとブラントは顔を見合わせる。
本当に良いのだろうかと思いつつ、二人は条件について説明した。
ジグヴァルド帝国に奪われたマルガリテスという地を取り戻し、壊れた結界を修復することが条件であること。そして、マルガリテスは現在、返還交渉中であり、問題となっているのは結界の魔道具であることを語る。
「マルガリテスという地は人間たちの呼び名だろうから、よくわからぬが……魔道具ならばどうにかなるだろう。今、持っているのか?」
エリシオンから問われ、ブラントは魔道具を取り出して渡す。
受け取ったエリシオンは、一瞬魔力を流したようだった。
「これはセレスティアの作ったものか? セレスティアは魔道具作りが得意だったからな。なかなか複雑だが……これは操作盤か。肝心の本体はどうした?」
これまで調べてきてわかったことを、エリシオンはこの一瞬で見抜いてしまう。
「それが壊されたらしくて……残骸があるかも不明です」
「ならば作り直しか。まあ、この操作盤にある指示命令を見れば、可能だろう」
ブラントが眉をひそめながら答えるが、エリシオンはそれはそれで構わないといった様子だ。
「……できるんですか?」
「儂を誰だと思っている。いくら儂が考えるより殴るほうが得意とはいっても、これくらいは造作もないことだ」
残念な行動が目立つため、忘れがちではあるが、エリシオンは魔王なのだ。
魔族の頂点に立つ存在なのだから、当然魔術に長け、人間の領域を遥かに超えているのは間違いない。
今まで、このような当たり前のことすら忘れかけていたと、アナスタシアは苦笑しそうになってしまう。
「先日、そなたに渡した通信用の魔道具も儂が作ったものだ。故に、修復も容易だ」
エリシオンはそう言って、罅の入った水晶玉を取り出す。
ブラントがもらった通信用の魔道具と同じもののようで、おそらく馬車に轢かれた際に壊れてしまったという魔道具だろう。
手のひらに乗せ、アナスタシアとブラントに見える状態で、エリシオンは水晶玉に魔力を流す。
圧倒的な魔力が繊細な構成で水晶玉に集約していき、あっという間に水晶玉の罅が塞がって綺麗な状態になった。
アナスタシアとブラントは唖然としたまま、それを眺めていた。
流す魔力が多くなれば、それだけコントロールも難しくなってくる。
だが、エリシオンは強大な魔力を流しながら、完璧な術式制御で、しかも素早かった。
前回の人生でも、アナスタシアはエリシオンが魔術を使うのは見たことがあったが、攻撃魔術であった上に戦闘中という状況から、じっくり見る余裕はなかった。
こうして間近で見てみれば、凄まじい魔力と技量に圧倒されてしまう。
「そなた、魔道具作りはどの程度できるのだ?」
「いえ……まったくといっていいほど……」
エリシオンに尋ねられ、ブラントは気後れしたように答える。
だが、それを見下したり馬鹿にしたりするようなことはなく、エリシオンはただ頷いて考える。
「そうだな……ならば、作り方を教えてやるから、そなたが作ってみろ。その方が今後のためにもなるだろう」






