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【書籍化】死に戻り魔術姫は勇者より先に魔王を倒します ~前世から引き継いだチート魔術で未来を変え、新しい恋に生きる~  作者: 葵 すみれ
第4章 マルガリテス

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94.積極的に押せ

「ええと……その……額に……」


 アナスタシアは顔に熱が集まるのを感じながら、ぼそぼそと答える。

 学院対抗戦終了後、本部に報告に行く前に、不意打ちのようにブラントから額に口づけられたのだ。


「額……?」


 だが、レジーナは呆れたような呟きを漏らす。

 そして哀れむような眼差しを向けてくる。

 その眼差しは、魔王エリシオンが別れ際、ブラントに意気地無しだと言いながら向けていたものと同じだった。


「ブラント先輩も案外、意気地無しですのね……」


 レジーナまで、魔王エリシオンと同じ事を言い出す。


「あ、それと、手の甲に。この間、実家で騎士と手合わせしたときに、勝利を捧げようって騎士の真似をして……」


 ジェイミーとのお茶会にて、ブラントが騎士ヘクターと手合わせをしたときのことを思い出し、アナスタシアは付け加える。

 それでも、レジーナの表情は晴れない。


「それはそれで良い場面だとは思いますけれど……でも、違いますわ」


 ため息混じりに、レジーナは呟く。


「こうなったら、ステイシィから積極的に押すべきですわ」


「えっ……?」


 真剣なレジーナの声に、アナスタシアは怯む。

 しかし、考えてみればアナスタシアはいつも受け身だった。

 一緒に出かけようと誘ってきたのも、告白してきたのも、全部ブラントだ。

 これまでブラントの好意に甘えすぎていたのではないだろうかと、アナスタシアは心苦しくなってくる。


「……はしたないって思われないかな……」


 それでも、自分から積極的に押すというのには恐怖がある。

 ずっと王妃から植え付けられてきた劣等感に加え、前回の人生でも、自分から何かをしようとして出しゃばるなと怒られた記憶が、アナスタシアの足をすくませる。


「それはあり得ませんわ。あれだけステイシィのことを溺愛しているのですもの。嬉しいに決まっていますわ」


 だが、レジーナは自信満々に答える。

 あまりにも迷いがないので、アナスタシアもそういうものだろうかと思えてきた。


「そうかな……」


「そうですわ。ステイシィから口づけしてみればよろしいのですわ」


「……え!?」


 突然のレジーナの提案に、アナスタシアは目を見開いて驚きの声をあげる。

 その意味が染みこんでくると、顔が燃えているのではないかというくらい熱くなってしまう。

 慌てふためきながら、アナスタシアは口元を押さえて俯く。

 レジーナの言う口づけとは、額にするようなものではなく、唇と唇と触れ合わせるものだろう。


 口づけなど、前回の人生も含めて一回も経験したことがない。

 思えば、勇者シンとは恋人同士だったはずだが、ろくに手を繋いだことすらなかった。

 当時はろくに顧みられることのなかった自分に、恋人ができたということに浮かれて何とも思わなかったが、今にしてみれば何かがおかしい。

 あれは本当に恋人同士だったといえるのだろうか。


 だが、もしかしたらそれも受け身すぎて、まさにでくのぼうだったアナスタシアに問題があったのかもしれない。

 勇者シンは最初からアナスタシアを利用するつもりだったようだが、それもアナスタシアがもっと恋人らしく振る舞うことができていれば、情がわいた可能性だってある。

 裏切られてズタボロになったのは、アナスタシアにも原因があったのかもしれない。


 もしもブラントにも愛想を尽かされ、捨てられてしまったとしたら、今度こそ立ち直れないとアナスタシアは恐怖に苛まれる。

 そのようなことになるくらいなら、勇気を振り絞って玉砕したほうがマシだ。


「う……うん……頑張って……みる……」


 小さく震えながら、アナスタシアは悲壮な決意をかためる。


「ステイシィ……?」


「……捨てられるくらいなら、いっそぶつかって潔く散ったほうが……」


「ちょっ……ちょっと、何を言っていますの!? いったい何がステイシィの中で起こっていますの!? 落ち着いてくださいな!」


 レジーナはぶつぶつと呟くアナスタシアの肩をつかみ、揺さぶる。


「あ……うん、そうだよね……生き残れる可能性のない戦いに向かうわけじゃないものね……」


 つい、前回の人生における最後の戦いと重ねてしまっていた。

 アナスタシアは深呼吸して、心を落ち着かせようとする。


「……そこまで思い詰めるくらいでしたら、最初は頬に口づけからでもよろしいのではありません? 大切なのは、ステイシィから行動を起こすことなのですから、まずは簡単なことからで……」


 あまりにも追い込まれてしまった様子のアナスタシアを見かねたのか、レジーナは少し難易度を下げた提案をしてくる。

 頬に口づけならば、唇にするよりはずっと簡単なはずだ。

 額には口づけされたことがあるのだから、それと似たようなものだろう。


「頬に口づけ……うん……それくらいなら、どうにか……できる……かも……」


 ガチガチに緊張しながら、アナスタシアは呟く。

 いつまでも受け身のままでは良くない。少しはアナスタシアからも動くべきだと、己に言い聞かせて気合を入れようとする。

 レジーナが不安そうな表情を浮かべながら、アナスタシアを見ていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] レジーナさんはアナスタシアが前を見て一歩踏み出すために背を押してくれる大切な存在ですね…
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