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【書籍化】死に戻り魔術姫は勇者より先に魔王を倒します ~前世から引き継いだチート魔術で未来を変え、新しい恋に生きる~  作者: 葵 すみれ
第3章 セレスティア聖王国

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88.人々の希望

 アナスタシアとブラントは瑠璃宮に戻り、魔術学院に戻る準備を始めた。

 マルガリテスの資料もいくらか持ったが、【転移】で行き来ができるようになったことで、それほど持ち物に頭を悩ませる必要がないのが幸いだ。

 そうしているうちに、国王メレディスの言っていた土産も届いた。


「……これを、どうしろと」


 一室を占領するほどの土産の品々を見て、アナスタシアは思わず呟く。

 筆記用具のような実用品から、菓子や茶葉のような食品、ひざ掛けや毛布といった防寒具、果ては椅子や机といった家具までが並んでいた。


「椅子や机は大変かもね。まあ、抱えて何回かに分けて転移すればいけるかな。地下神殿まで運んでもらえれば、どうにかなると思うよ」


「いえ、そこまでしなくても……というか、寮の部屋にこんなに置けません」


 冷静に述べるブラントに、アナスタシアは苦笑する。

 持って行けなければ瑠璃宮に置いておけとも言われたので、そうすることにしよう。

 アナスタシアは筆記具や食品など、すぐに使いそうな物を持って行こうと仕分けする。

 もう少し寒くなれば防寒具も必要になりそうだが、今は置いておく。

 菓子や茶葉はレジーナとホイルへの土産にしてもよいだろう。


「ブラント先輩も、何か欲しい物があったらどうぞ」


「いや、俺は……ああ、でも、このペンもらってもいいかな。ちょうど今のペンがそろそろ駄目になりそうだったんだ」


 こうして二人は、荷物をまとめていった。

 やがて準備も終わり、明日を待つだけとなってアナスタシアとブラントはそれぞれの部屋に戻る。

 寝る支度をしていると、侍女の一人が思いつめたような顔でアナスタシアに近づいてきた。

 最初に瑠璃宮を案内してくれ、先ほどメレディスの執務室から出てきた侍女だ。年齢は二十代半ばといったところだろうか。


「差し出がましいこととは存じますが……アナスタシア王女殿下がマルガリテスを取り戻してくださることを、信じてお待ちしております。私ごとき一介の侍女にできることなど限られておりますが、私にできることでしたら何でもいたします」


 決意を秘めた眼差しを向けられ、アナスタシアは面食らってしまう。


「……あなたは?」


「失礼いたしました。侍女のパメラと申します。私はマルガリテスの出身で、帝国に攻め込まれたときに逃げてまいりました。あの日、多くの者が家族と故郷を失ったのでございます」


 パメラと名乗った侍女は、静かに語る。

 その話によると、どうやら瑠璃宮にはマルガリテスから逃げてきた者たちも多く働いているようだった。

 行き場を失った住民たちのため、当時王子だったメレディスが国王に願い出て、働き口を世話したという。

 彼らは祖先が眠るマルガリテスに帰ることができず、いっときの墓参りすら許されないのだ。


「もちろん、早く取り戻してほしいなどと急かしているわけではございません。これまで二十年、何の希望もないまま過ごしてまいりました。そこに希望が出てきて……今までのことを思えば、何年だろうと長く感じることはございません」


 伏し目がちに語るパメラに、アナスタシアは何も言うことができなかった。


「瑠璃宮に勤めるマルガリテス出身者、皆が同じ気持ちでございます。私どもにできることは何でもいたします。どうぞ何なりとお申し付けくださいませ」


 結局、アナスタシアがかける言葉を見つける前に、パメラは一礼して去っていった。

 残されたアナスタシアは、今の話が重く心に染みこんでくる。


 これまで、マルガリテスに住民がいたという当たり前のことさえ、考えたことがなかったのだ。

 単純に、結婚の条件として取り戻すべき場所としか認識していなかった。

 盤上の駒を動かすのと同じことで、そこに特別な思いは存在しない。

 だが、現実には暮らしていた人々がいて、故郷を失っているのだ。

 彼らの悲しみや苦しみは、いかほどのものだっただろうか。


 アナスタシアは、そういった人々の希望を背負っていることに、初めて気が付いた。

 その重みに、震えそうになってしまう。

 前回の人生でも似たような期待は背負っていたが、当時は勇者シンが主役で、アナスタシアはパーティーの一員に過ぎなかったのだ。

 今は自分が主役となって人々の期待が注がれているのだと思うと、アナスタシアはなかなか寝付けそうになかった。




 翌朝、アナスタシアは準備をして瑠璃宮の庭に出た。

 寝付きが悪くてやや寝不足気味だったが、たいしたことはない。

 それでもブラントは、アナスタシアの様子を見て少し心配そうだった。


「荷物、それくらいだったら一緒に運べると思うから、俺が【転移】を使うよ」


 そう提案してくるブラントに、ちょっと心配しすぎではないかとくすぐったくなりながらも、アナスタシアは頷いた。

 やがてメレディスも昨日言っていた通り、見送りにやってくる。


「では、息災でな。とはいっても、簡単に来ることができるようなので、いつでも来るがよい」


「はい。その……お父さまもお元気で」


 これまで顧みられなかったことの隙間が短期間で埋まることはないものの、少しは父だと思えるようになってきた。

 国王としての立場もあることから、普通の家庭の父のように裏表なくとはいかないだろう。だが、それでもアナスタシアとの距離を縮めようと努力しているのは、伝わってくる。


 温かい気持ちがわきあがってくるのを感じながら、アナスタシアはブラントと共に【転移】で魔術学院に戻ろうとする。

 だが、そのとき、アナスタシアたちの元にふらふらと歩いてくる姿が見えた。


「……ジェイミー?」


 それは謹慎中のはずのジェイミーだった。

 げっそりとやつれ、髪はボサボサで飾り気のないドレスを纏ったジェイミーが、目だけをギラギラと光らせて、やってきたのだ。

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