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【書籍化】死に戻り魔術姫は勇者より先に魔王を倒します ~前世から引き継いだチート魔術で未来を変え、新しい恋に生きる~  作者: 葵 すみれ
第3章 セレスティア聖王国

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84.銀色の翼

「ところで、そなたは何者だ?」


 魔王エリシオンの冷淡な声が、自らの思いに沈み込んでいたアナスタシアを引き戻す。


「人間のようだが、どうも知りすぎていると見える。しかも、魔王の因子を色濃く感じる。何故だ……?」


 射貫くようなエリシオンの眼差しが、アナスタシアに向けられる。

 つい怯みそうになってしまうが、腹に力を入れて立ち続けた。


「アナスタシアさんはセレスティア聖王国の王女で……」


 それをかばうように、ブラントが口を開く。

 すると、セレスティアの名を聞いたエリシオンの厳しい視線が和らいだ。


「セレスティア聖王国? ああ、セレスティアの子孫ということになるのか。それなら何か伝わっていてもおかしくないだろう。まあ……それにしても濃いような気はするが……先祖返りということもあり得るのか……」


 エリシオンは何やらぶつぶつと呟きながら考え込む。

 納得しかかっているようではあるが、アナスタシアは気を抜くことができず、じっと様子を窺う。


「セレスティアは儂の妹だ。先代魔王の娘ということにもなる。だから、魔王の因子を持っていることにはなるのだが……そなたはまるで魔王を殺して奪ったかのように濃いな。だが、これまで殺された魔王などいないのだから、あり得ぬか……。たまたま、先祖返りが濃かっただけだろう」


 どうやら納得したようで、エリシオンは一人頷く。

 だが、その言葉にアナスタシアはびくりとしてしまう。

 前回の人生では、魔王を殺している。自覚はなかったが、魔王の因子を奪っていたというのだろうか。


「あの……魔王の因子とは何ですか?」


「魔王の適性のようなものだな。ダンジョンコアを扱う能力と、強さに関連する。そなたくらい濃ければ、ダンジョンコアの声が聞こえることがあるやもしれぬ。ただ、眠っている部分も多いようだが。……もっとも、魔王の座を狙っているのでもなければ、あまり気にすることもなかろう」


「……狙いません」


 アナスタシアの問いにエリシオンは答えてくれたが、とりあえず気にする必要はなさそうだ。

 セレスティア聖王国の女王にだってなりたくはないのに、魔王の座など間違っても狙うことはないだろう。


 そして、魔王の因子の衝撃が強くて一瞬忘れていたが、天人セレスティアが魔王の妹だという話が、遅れてアナスタシアに驚きをもたらす。

 魔族だとは予想がついていたが、魔王の妹だとは思わなかった。

 以前、ブラントが母はアナスタシアと同じ一族かもしれないと言っていたことがあった。実は、まさにその通りだったのだ。

 アナスタシアもブラントほど濃くないとはいえ、魔王の血を引いていたらしい。ブラントとも遠い親戚になるのだろうかなど、ぼんやりとアナスタシアは考える。


「セレスティアは天人と名乗っていたようだな。その頃には魔族といえば、魔物を人間に仕向けて怨念を集める者たちを指すようになっていたからな。セレスティアは人間自身に始末をさせようとする考え方だった」


「天人セレスティアは、銀色に輝く翼を持っていたと言われています。でも、魔族は黒い翼だったと思うのですが、考え方の違いで翼の色まで変わるのですか?」


 ふと気になり、アナスタシアは尋ねてみる。

 魔に堕ちて翼が黒く染まったという話は聞いたことがあったが、方向性の違いだけで変わってしまうものなのだろうか。


「それは怨念を集めて己の力とするとき、翼が黒く染まってしまうのだ。そういう者同士で番えば、子もそうなる」


 エリシオンの答えを聞きながら、アナスタシアは前回の人生でエリシオンの翼を見たことがなかったと気づく。

 魔族は戦うときには大体翼を出すのだが、エリシオンは結局、最後まで翼を出すことなく戦ったのだ。


「翼は自分の意思で出し入れできるのですか?」


「そうだな。普段は邪魔だからしまっておくことが多い。だが、本気で戦おうとすれば勝手に出てしまう」


 ということは、前回の人生では魔王は本気を出していなかったということになる。

 そのことに、アナスタシアは納得していた。

 当時、魔王はむしろ殺されることを望んでいるようにすら見えたのだ。

 苦悩を抱えた姿が印象的だったが、今のエリシオンには、そういった苦悩の様子が見当たらない。

 今とは違う何らかの出来事があったのだろう。


 もしかしたら、前回の人生ではフォスター研究員ことブラントも命を失ってしまったせいだろうかと、アナスタシアは考える。

 娘は亡くなっていたが、実は孫がいたと希望を抱いたところで、孫まで亡くなっていたと知れば、それは生きる気力も失ってしまうかもしれない。

 まして、これまでのブラントに対する態度を見ていれば、エリシオンは冷血どころか、ごく普通の優しいおじいちゃんといった印象だ。

 苦悩を抱えるのも無理はないだろう。


「そなたは翼を出せぬか?」


「出せません。そもそも、ありません」


 エリシオンはブラントに尋ねるが、ブラントはきっぱりと否定する。

 これまでブラントが本気で戦っているところを見たことはあったが、翼が出たところは見たことがない。

 もっとも、そのようなことになっていれば、信じられないくらい驚いただろう。

 学院対抗戦のときにそうなったとすれば、周囲も大騒ぎになっていたはずだ。


 だが、ブラントが魔族の血を引いていることは、以前から知っていたことだ。

 魔族の翼のことも知っているのに、ブラントが翼を持っていないのかとは考えたことがなかった。


「人間の血が混じっているからか。セレスティアの子はどうであったのか……。こう、背中に魔力を通すように……」


 そう呟くエリシオンの背中から、ばさりと翼が広がる。

 これまで見てきた魔族の黒い翼とは違う、銀色に輝く美しい翼だ。

 伝説として語られる天人セレスティアの翼と、同じ色だった。

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