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【書籍化】死に戻り魔術姫は勇者より先に魔王を倒します ~前世から引き継いだチート魔術で未来を変え、新しい恋に生きる~  作者: 葵 すみれ
第3章 セレスティア聖王国

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79.逃がしてしまった

 ──デライラが魔物に変容して騒ぎとなった頃。


 末席でアナスタシアの晴れ舞台を眺めていたブラントは、突然の出来事に驚いて駆け寄ろうとしたが、思い留まる。

 今の場所からでは遠すぎる。魔術を使うにしても、周囲の人間を巻き添えにしてしまう可能性が高いだろう。

 何より、アナスタシアが冷静に魔物を見据えているのがわかった。

 下手にブラントが手出ししないほうがよいだろう。


 ブラントは、他にも魔物が潜んでいないだろうかと周囲の様子を窺う。

 すると、ざわめきの中にありながら、落ち着いて様子を窺っている侍女を見つけて違和感を覚える。

 単に冷静というわけではなく、魔物と化した王妃を眺めてほっとしているようにも見えたのだ。


 周囲は逃げ出そうとして腰を抜かしている者もいて、混乱した状態になっている。

 ブラントは人々の間を縫って、怪しい侍女にそっと近づいていく。

 すると、もう少しというところで気づかれた。

 ブラントを見た侍女の顔が驚きに彩られ、続いて怯えが滲んでいく。


 これは間違いなく、普通の侍女の反応ではない。

 もしかしたら占い師をしていた魔族ではないかと直感したブラントは、魔術阻害の檻で侍女を取り囲んだ。


「きゃあぁぁぁ!」


 うっすらと淡い光の檻に囚われ、侍女が悲鳴をあげる。

 周囲にいた人々が、何が起こったのかと視線を向けてきた。


 魔術阻害の檻は魔術を封じ込めるだけで、その他のダメージはない。

 逃げられないよう【転移】を封じ込めただけだ。

 捕らえるのは別の方法が必要となる。

 ブラントは続いて相手の動きを封じようと、術式を編み上げようとする。


「……何をしている! そいつを取り押さえろ!」


 そこに一人の偉そうな騎士がやってきて、周囲の騎士たちに命じる。

 だが、取り押さえられたのは侍女ではなく、ブラントだった。


「ちょっ……その女は魔……ぐっ……!」


 抗議しようとするブラントだが、頭をつかんで床に押さえつけられ、何も言えなくなってしまう。


「卑しい魔術師風情が! どさくさに紛れて何をしようとした!」


 偉そうな騎士が、高圧的に叫ぶ。

 だが、ブラントは騎士たちに押さえつけられて答えることができない。

 肉体的な力だけで振りほどくのは無理だ。

 魔術を使えばどうにかなるが、この状態ではまともに術式を編み上げることができず、魔力を叩きつけることになる。

 そうすれば騎士たちに怪我をさせてしまうと思えば、ブラントは戸惑って次の手を打てずにいた。


「……助かったわ」


 侍女はそう呟き、背中からバサリと黒い翼を生やす。

 床に押さえつけられたまま、わずかに見えた姿に、やはり魔族だったかとブラントは思うが、何もできない。

 その隙に魔族は黒い翼を広げて天窓に向かって飛んでいく。

 魔術阻害の檻は纏ったままだったが、翼で飛ぶのは魔術ではないらしい。


「きちんと見届けろって言われたから来たけれど、危なかったわ。ヨザルードさまを倒したような化け物と戦うなんてごめんよ。馬鹿な人間さん、ありがとう……!」


 人々が突然の魔族の登場を信じられず、あっけにとられているうちに、魔族は天窓を突き破って逃げていってしまった。

 ブラントを押さえつける騎士たちの力も緩んでいたが、抜け出す気力もなく、ブラントはうなだれる。

 せっかく捕らえる機会に恵まれたのに、取り逃がしてしまったことが悔しい。


「い……今のは……魔族……?」


「そんな……魔物に魔族まで……」


 やっと人々が気を取り直してざわめきだした頃、ブラントに近づいてくる姿があった。


「……陛下!」


「その手を放してやれ。何があったのだ?」


 国王メレディスがブラントの元までやってきたのだ。

 メレディスの命令により、ブラントを押さえつけていた騎士たちが離れていく。


「そ……その魔術師がこの騒ぎに乗じて、侍女の一人に乱暴をしようと……」


 ブラントが何か言うよりも早く、先ほどブラントを取り押さえろと命令した偉そうな騎士が、慌てたように口を開く。


「ならば、その侍女はどうなった?」


「そ……それは……」


 騎士は一瞬、天窓を見上げてから、視線を泳がせる。


「……つまり、彼が魔族をいち早く見抜き、捕らえようとしていたところを、そなたが邪魔して逃がしたということか」


 冷たい声でメレディスが言い放つと、騎士はびくりと身をすくませた。


「しかも、近衛騎士であるそなたが、何故このような入口近くにおるのだ? まさか、魔物が現れたから逃げたわけではあるまいな」


「ま……まさか、そのようなこと……」


 メレディスに問い詰められ、騎士はしどろもどろになりながら俯く。

 どうやら図星のようだ。


 そういえば魔物はどうなったのだと、ブラントは玉座の方向に視線を向ける。

 すると、魔物は仰向けに倒れていて、魔術の檻で拘束されているようだった。

 アナスタシアが無事に生け捕りにしたらしい。


「確か、そなたはデライラのいとこだっただろうか。まさか、そなたも魔族と通じていて、だから魔族を逃したということか?」


「めっ……滅相もございません……! 生意気な魔術師が気に入らなかったのと、狼藉者を捕らえたことが、持ち場から遠ざかった言い訳になると思っただけでございます! 魔族となど、一切何も関わっておりません!」


 あまりにも素直に騎士は答えた。

 それはそれで問題となるような内容だったが、魔族と通じていると疑われるよりはマシだと思ったらしい。

 メレディスは額を押さえて、盛大なため息を吐き出した。


「……こやつをひっ捕らえろ。後ほど、ゆっくりと話を聞かせてもらおうか」


 メレディスの命令により、騎士は連れ去られていった。

 ブラントはメレディスに促され、メレディスの後をついていく。

 そして、倒れた魔物が拘束されている場所までやってきた。

 魔物の側にはアナスタシアが一人で立っていて、それを人々が少し遠巻きに眺めている。

 青いドレスも頭のティアラも乱れているところなどなく、凛と立つアナスタシアの姿に、ブラントは見とれる。


「……ブラント先輩」


 すると、アナスタシアがブラントに気づいた。

 厳しかった顔が柔らかく綻び、口元に微笑みが浮かぶのを見て、ブラントは胸が喜びに満たされる。

 ブラントも微笑み返しながら、続いてアナスタシアの足下に拘束されている魔物に視線を向ける。


 魔物は硬質な皮膚に覆われているようだったが、その顔面部分に罅が入っていた。

 きっとアナスタシアが殴りつけたのだろうと、ブラントは予想する。

 その場面を見逃してしまったことが、悔しい。

 魔族を逃がしてしまったことといい、アナスタシアの雄姿を見逃してしまったことといい、どうもうまくいかないと、ブラントはため息をそっと漏らした。

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