77.王妃の断罪
ざわめきが起こる中、騎士たちに連れられて、王妃デライラが謁見の間に現れた。
灰色の簡素なドレス姿のデライラは、やつれているようだった。
まだ三十になるかならないかのはずだが、まるで老婆であるかのように、足下がおぼつかない。
縄をかけられてはいないが、武装した騎士たちがしっかりと見張っている。
デライラはおとなしく絨毯の上をのろのろと進み、段の手前で立ち止まった。
アナスタシアからは見下ろす形となり、デライラが悔しそうにアナスタシアを睨みつけてくる。
先ほど、メレディスが安堵を見せていたのは、母が裁かれる姿をジェイミーに見せたくなかったからだろうかと、アナスタシアはふと思う。
「さて……デライラ。そなたはアナスタシアに呪いをかけ、美しさを奪い、不快感を植え付けて、他人から顧みられぬように仕向けていた。また、余にもそなたを重用するよう呪いをかけていたとわかっておる。何か、申し開きはあるか」
よく通る声でメレディスが言い放つと、会場が一瞬、どよめきに包まれる。
だが、メレディスが会場を見回すと、ぴたりと止んだ。
「……私は国王陛下に愛を捧げ、また愛を得ようと努力してまいりました。その結果、愛で縛ってしまったとも言えましょう。それを呪いというのならば、そうなのかもいたしません」
見る者の同情を誘うように、デライラはしおらしく答える。
「アナスタシアに関しては、むしろ逆でございます。アナスタシアが、ジェイミーの美しさを奪ったのです。そうでなければ、あの醜い娘がこうも美しくなるはずがございません。アナスタシアこそが、呪いをかけた魔女でございます!」
デライラは棘のある声を張り上げ、アナスタシアを指差す。
とんでもないことを言い出すものだと、アナスタシアは呆れる。
「……ほう。ジェイミーの美しさを奪ったというのならば、いつだ? 半年ほど前から変化があったが、アナスタシアは留学した後だ。セレスティア聖王国にはいなかったはずだが」
「それは、留学する前に仕込んでいったのでしょう。自分が疑われぬようにするための、小賢しい手段にございます」
「そのような呪いをかけられるのならば、何故もっと早くにしなかったのだ? アナスタシアは随分とそなたに虐げられていたようだが、それに対しては何もしなかったのは何故だ? 呪いをかけられるのならば、もっとやりようがあったであろう」
「それは……自分が疑われぬようにするためで……そうです、きっと留学するように陛下に呪いをかけたのでございましょう。そして、私から逃げだそうと……」
「つまり、アナスタシアを虐げていたことに関しては認めるのだな」
冷たい声でメレディスが指摘すると、デライラははっとして口をつぐんだ。
「そなたが小宮殿にアナスタシアを押し込め、侍女たちに命じてろくな扱いをしてこなかったことはわかっておる。これに対して申し開きはあるか?」
「…………」
唇を噛みしめ、デライラはぷるぷると震える。
これに関してはメレディスも黙認してきたのだが、公式の場でこうして取り上げてしまえば問題になることだ。
「ないようだな。そなたが重用している占い師に命じて、呪いをかけさせたことは証言も取れている。ところで、そなたはあの占い師が何者であるか、知っておるのか?」
「……小国出身のただの占い師にございます」
まだどうにか言い逃れようとしているのか、デライラは当たり障りのない内容しか答えない。
「人ならざる存在だということについては?」
「……どういうことでございましょう?」
メレディスの問いに対して、デライラは不思議そうに問い返す。
まだごまかそうとしているのかともアナスタシアは思ったが、よく見てみれば本当にわからないのかもしれない。
隠そうとしているのは、呪術を扱うという点についてで、もしかしたら魔族だということはデライラも知らないのかもしれないと、アナスタシアは思い始める。
「そなたが、魔族と通じていたという証言が出ておる」
メレディスがそう言った途端、会場に動揺が走る。
これまでの、言ってしまえば身内のいざこざともいえる内容とは種類が異なる、大罪の疑いが出てきたのだ。
デライラも愕然として、言葉を失っている。
「……そっ……そのような馬鹿げたことを、いったい誰が……陛下! 私は、誓ってそのようなことはしておりません!」
慌てふためき、すがるような眼差しをメレディスに向けながら、デライラは否定する。
その切羽詰まった姿は、演技ではなく本気で否定しているようだった。
「そうか……お前か、アナスタシア! 私を貶めようと、そのような虚言を……! すぐに殺せたものをわざわざ生かしてやった恩を忘れて……恥を知れ! お前など、さっさと殺しておくべきだった!」
悪鬼のような形相で、デライラはアナスタシアに向かって叫ぶ。
いったい何を言っているのかわからず、アナスタシアは唖然としてしまう。
恩など受けた覚えはない。恥を知るのはどちらだと、あまりにも呆れ返って何も言えない。
「アナスタシア……殺す……殺す……ころ……す……」
誰もが何も言えずに静まり返る会場に、デライラの呟きだけが響く。
目は血走って焦点が合わず、口から出てくるくぐもった声も、正気を失っているとしか思えない。
さすがに様子がおかしいと、アナスタシアは身構える。
すると、デライラの背中から六本の長い鎌のようなものが突き出してきた。目は真っ赤に光り、体全体が短い毛に覆われる。
人々は信じられない思いで、デライラが変容していくのを見つめる。
やがて蜘蛛にも似た魔物が、そこに現れたのだ。






